Hello! あぶない新署長 #2

 鴨居と仲町がふたりがかりで運び入れた荷物は、プレハブの二階の半分以上を侵蝕した。

 元々二階は分署長の執務スペースと来客用の応接スペースを併設していて、簡素なパーテーション一枚で仕切られているのみだった。だが今は、どちらの機能も満足に扱えない状態だ。

「あぁ〜やっと終わったぁ」

 仲町がネクタイを緩めながら応接用のソファにどっかりと腰を下ろし、鴨居も運んだばかりの大きなダンボール箱に寄りかかって大きく息を吐いた。

「しっかし、一体何が入ってるんだこの中?」

 誰に言うでもなく鴨居が漏らすと、仲町が前腕で額の汗を拭いながら答えた。

「さぁ。本人が来るまで開けない方がいいですよ」

「触らぬ神に祟りなし、か」

 鴨居かが笑顔で返し、仲町もつられて笑う。そこへ、咥え煙草で目黒が入って来た。

「おぉ、ふたりともご苦労さん。まぁ、下でひと休みして」

「ウッス」

「はぁ〜い」

 鴨居と仲町は同時に返事して、のろい動きで階段へ向かった。

 三人が一階の刑事課分室へ降りると、奥のソファで甲山宏こうやまひろし草加正則くさかまさのりが呑気に食事を摂っていた。

「あー! ふたりとも遅いですよ来るの!」

 仲町がふたりを見つけるなり責めるが、甲山も草加もまるでこたえていない顔で返した。

「よぉトオル、いつから引っ越し業者になったんだ?」

「俺より先に転職決めんなよ」

「何言ってんですか、もう大変だったんですから! ねぇ鴨居さん」

 鴨居は急に水を向けられて戸惑いつつ、「あ、あぁ」と調子を合わせた。そのふたりに、外で購入して来た缶コーヒー二本を差し出しながら、目黒が言った。

「はは、この後新しい署長が来たら、その時は甲山と草加が荷解きだな」

「え? 勘弁してくださいよ」

「そうそう、俺達いい年なんだから」

 ふたりが困り顔で反駁し、鴨居と仲町は缶コーヒーを打ち合わせて同時に口に運んだ。


 駅前でタクシーを降りた島津は、横断歩道を渡って河川敷へ降り、周囲を見回した。土曜日の昼間だからか、河川敷周辺には水遊びに興じる家族連れや、釣り糸を垂れる人の姿が多く見られた。

 支流の上に架かる橋を渡り、砂利と下草の入り混じる地面を革靴で踏み締めて、島津は分署がある丘を目指した。途中で大型車両の残した轍を越えた。恐らく、島津の荷物を運んだ国際運送会社のトラックが付けたものだろう。

 丘を登り終え、プレハブが見えて来た所で、島津は足を止めた。

 分署の前に、高校生と思しき男性がひとり、俯き加減で立っていた。

 島津は再び歩をすすめ、男性に並びかけて声をかけた。

「何か、御用ですか?」

 男性は大袈裟に肩をすくめて島津を見返すと、数秒目を泳がせてから「い、いえ」とだけ呟いて素早く踵を返し、足早に去って行った。島津は男性の臆病そうな顔を目に焼き付けて、分署へ向かった。

 正面玄関をくぐると、受付カウンターに座ってスマートフォンを弄っている地域課分室の古賀巡査こがじゅんさに話しかけた。

「失礼、ちょっとお伺いしますが」

 顔を上げた古賀は、面倒臭そうな表情で訊き返した。

「はい、どんな御用ですか?」

「こちらの署長代理の方は、どちらでしょう?」

 島津の質問に、古賀は眉間に皺を寄せた。

「はぁ? 失礼ですけど、あなたは?」

 古賀のやや不躾とも取れる返しにも顔色ひとつ変えず、島津は支給されたばかりの新たな身分証を提示しながら答えた。

「本日付けでここの署長を拝命した、島津です」

 島津の返答と、目の前に出された『警視』と明記された身分証に、古賀は顔色を急変させて立ち上がった。

「し、失礼致しました! ご案内致します!」

 突然の大声に、森本由美子もりもとゆみこ室長もデスクから受付の方を見た。島津の姿を認めるなり、瞠目して独りごちた。

「あの人は」

 その島津は、古賀の後について奥へ進む途中で森本の視線に気付き、微かに目礼した。

 ウェスタンドアを超えて刑事生活安全課に入ると、島津の前で古賀が奥へ向かって呼びかけた。

「め、目黒室長! し、島津警視がいらっしゃいました!」

 最初の古賀の大声は、当然ここまで響いていた為、目黒達も心の準備は整っていた。

 古賀が最敬礼して離れ、代わりに目黒が島津の前に正対した。その後ろに鴨居達が横並びに立つ。

「はじめまして、今日からこちらで署長を勤めさせていただく事になりました、島津光彦です」

「署長代理を勤めておりました、刑事課分室の目黒です」

 ふたりはほぼ同時に会釈した。それから、鴨居達がひとりずつ自己紹介する。

 挨拶を終えた島津は、鴨居達に一礼すると反転し、今度は地域課分室へ入った。森本がデスクから立ち上がって出迎える。

「お久しぶりです。地域課分室の室長の森本です」

「お久しぶりです。確か、以前外事一課がいじいっかにいらした」

「ええ。その節はどうもお世話になりました」

「いえ、こちらこそ」

 ふたりが知り合いらしい事に地域課分室の面々がざわめくが、島津は気にせずに森本に一礼し、再び刑事課分室に足を向けて目黒に尋ねた。

「目黒室長、僕の荷物が届いている筈ですが」

「ああ、はい。全て二階に、今ご案内します」

 答えた目黒が鴨居達を見ると、皆一斉に目を逸らす。

「おい、頼むよ」

 目黒が困り顔で言うと、甲山が握り拳を突き出して提案した。

「よし。じゃあ一発勝負だ」

「負けた奴がご案内ね」

 草加が応じ、鴨居と仲町は無言で頷く。

「せーのっ!」

 甲山の号令でジャンケンが始まった。約二十秒間

の熱戦の末、鴨居が案内役に決まった。

「いってらっしゃい!」

「よろしく!」

「お願いしまぁ〜す」

 他の三人の冷やかし半分の激励に送られて、鴨居は島津の前に立って促した。

「どうぞ」

「どうも」

 鴨居と島津は連れ立って裏の外階段を上り、二階に入った。島津は自分の送り込んだ荷物群をひとつひとつ確かめてから、鴨居を見て言った。

「では、始めましょうか」

「はい? 何をですか?」

 間抜け面で訊く鴨居に向かって、島津は事もなげに答えた。

「勿論、荷解きです。君も、手伝ってください」

「えぇ〜?」


《続く》


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