恥さらしの島流し #17

 程なく鑑識が現場に到着した。甲山と草加が立ち会う為に残り、鴨居と仲町は覆面パトカーで関川を分署に連行した。ほぼ無人の地域課分室を抜けて刑事課分室へ入ると、自分のデスクで微睡んでいた目黒が跳ね起きた。

「お! お帰り。御苦労さん」

「室長? まだいらしたんスか?」

 瞠目する鴨居に右手を振って応えると、目黒は立ち上がって言った。

「いや~本署の連中の相手してたら帰りそびれちゃって」

「すみません、オレの所為で」

「そぉ~だよもぉ、全くとんでもない事しでかしてくれたもんだよ」

 目黒が鴨居に抗議するが、その顔は笑っていた。つられて鴨居も笑顔になる。

「じゃ、改めて調書取りま~す」

 気の抜けた様な言い回しで仲町が告げ、関川を連れて行った。

「あ、じゃあオレも――」

「ちよっと待て」

 追随しかけた鴨居を呼び止めて、目黒が真剣な眼差しを向けて言った。

「よくやった」

 一瞬緊張しかけた鴨居の顔が、安堵で綻んだ。

「ありがとうございます!」

 鴨居は目黒に深々と頭を下げて、仲町の後を追った。


 鴨居と仲町が関川の供述調書を作り終えた頃、鑑識作業に立ち会っていた甲山と草加が揃って大欠伸をしながら戻って来た。

「あ~終わった」

「眠ぃ~」

「お疲れ様ッス」

 鴨居の労いに右手を挙げて応えた甲山が、目黒の姿を見つけて微笑した。

「室長! 徹夜は身体に悪いですよ」

「知ってるよ。でももうこれじゃ帰るに帰れないよ」

 目黒が腕時計に目を落としてぼやく。既に午前六時を過ぎていた。同じく時間を確認した草加が、全員を見回して提案した。

「じゃあ朝メシと行きますか。まぁ今だとファーストフードの朝メニューッスけど」

「おぉ、Delicoでも頼むのか?」

 甲山が訊くと、草加は激しくかぶりを振った。

「いやいやまさか、あれ手数料ベラボーに高いんスから!」

「じゃどうすんだ?」

「そりゃ勿論」

 草加は一旦言葉を切り、右拳を力強く突き出した。いち早く察した甲山が「乗った! 負けた奴が全員分奢りだ!」と言って草加と同じく右拳を出した。その台詞で察した仲町があからさまに嫌な顔をする。

「え~ジャンケン?」

 その一方で、鴨居は薄笑いを浮かべて甲山達に近づいた。

「いいスよ。悪いッスけど、オレこういうの負けた事ありませんから」

「お、言ったな!」

「絶対負かしてやる」

 甲山と草加が顔を紅潮させた。目黒は少し離れてその様子を眺めていたが、草加に見つかって手招きされる。最初はとぼけた目黒だったが、結局参加する事になった。言い出しっぺの草加が、未だに乗り気でない仲町を一瞥してから大声で言った。

「行くぞ! 出さなきゃ負けよ~」

「えぇ? ちょっと待って!」

 草加の号令を聞いて、慌てて仲町も寄って来た。

「ジャンケンポイ!」

 五回のあいこの果て、使い走り役は鴨居に決まった。


 その日の昼間、鴨居と甲山は再び『金山コーポレーション』の前に来ていた。鴨居は覆面パトカーの運転席から外を観察し、甲山は車外に出て煙草を吸っている。

 目をしばたたかせて欠伸を噛み殺した鴨居の頭上でルーフを叩く音がした。鴨居が窓を開けて顔を出すと、甲山が煙草を捨てながら告げた。

「来たぞ」

「あ、ウッス」

 鴨居は慌ててシートベルトを外し、甲山の後に続いた。その先に、昼食を終えて社に戻る宮尾の姿があった。鴨居が呼び止めると、宮尾は表情を曇らせて応じた。

「刑事さん、何か用ですか?」

「あ、ちょっとお話が。ここじゃ何なんで」

 鴨居は宮尾を覆面パトカーの方へ促した。宮尾は少し逡巡したが、軽く頷いて要請に従った。

 前回同様、鴨居が運転席に陣取り、後部座席に宮尾と甲山が並ぶ形で座った。苛立ちを滲ませて宮尾が尋ねた。

「それで、今日は何なんですか?」

 鴨居は質問には答えず、肩越しに振り返りつつ告げた。

「篠崎真由子さんを死なせてしまった犯人、逮捕しました」

「そうですか」

 宮尾の素っ気ない返事に、甲山が反応した。

「随分あっさりだな? まるで知ってたみてぇだ」

「は? 何言ってるんです?」

 不快感を露わに訊き返す宮尾に、甲山は一枚の写真を提示して言った。

「これあんただろ」

 その写真は、篠崎真由子が関川隆太と接触した場面を映した防犯カメラの映像の一部を鮮明化したものだった。手前に映る男性の顔が、トリミングされてハッキリと見えていた。

 突如自分の顔を見せられた宮尾が目を泳がせた。鴨居が身を乗り出して問いかける。

「アンタ、篠崎さんが自転車と接触した瞬間を目撃しましたよね? 何ですぐ彼女を助けなかったんです?」

「そ、それは……」

 口ごもる宮尾に、鴨居が更に詰め寄る。

「この自転車に乗ってた彼もそうだけど、アンタもこの時すぐに駆けつけて介抱するなり、すぐ救急車呼ぶなりしてたら、もしかしたら彼女は助かってたかも知れないでしょ!?」

 答に窮する宮尾に、甲山が低い声で言った。

「奥さんにバレるのが恐かったって所か」

 すると宮尾は忙しなく頷いてから喋り始めた。

「ええ、以前に浮気が妻にバレた時は滅茶苦茶怒って、宥めるのにひと苦労だったもので」

「そりゃアンタが悪いんでしょうが」

 鴨居の横槍に首をすくめつつ、宮尾が続ける。

「あいつ、真由子は営業部の新歓で見かけてから気になってて、試しに誘ってみたらえらく喜ばれて、それで妻に内緒で付き合う様になって」

「それで奥さんと別れる事まで考えたか?」

 今度は甲山が訊いた。宮尾は一瞬戸惑った顔をするが、すぐに思い出したらしく数度頷いた。

「真由子は、今までの女と違って割と素直に言う事聞いたし、私も一緒に居て居心地良かったから、妻と別れるつもりがあるって言っとけば暫く何とかなると思って」

「何ィ? じゃあ彼女への手紙に書いてあったのは、あれ嘘か?」

 鴨居が如何にも不快そうな顔で訊くと、何故か宮尾は薄笑いを浮かべた。

「全部が嘘じゃありませんけど、少なくとも私は妻と別れる気はありませんよ。だって妻はウチの常務の娘ですよ? 私が営業部長になれたのも何割かは妻のおかげですからね。手放す理由は今の所ありませんよ」

「アンタねぇ――」

 宮尾に掴みかからんばかりの勢いの鴨居を手で制して、甲山が険しい表情で訊いた。

「何で彼女を見捨てた? あの時彼女との間に何があった?」


《続く》

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