恥さらしの島流し #15
『金山コーポレーション』を後にした鴨居と甲山は、鬼頭達が篠崎真由子の死亡推定時刻に入っていたという居酒屋に立ち寄って証言の裏を取ってから遺棄現場付近へ戻った。その最中、甲山のスマートフォンに仲町から電話が入った。
「トオルか、どうした?」
『あぁコーさん、やっと抜け出せましたよもぉ~本署の人達圧が強くて』
心底疲れた口調で喋る仲町に、甲山が早口で指示した。
「でかした、じゃあお前はそっから付近の自転車屋を片っ端から当たれ」
『はぁ? 何で自転車屋?』
突然の指示に仲町が素っ頓狂な声を上げるが、甲山はお構い無しに続ける。
「鴨居が見つけた例のゲソ痕の変なへこみな、ありゃチャリンコのペダルに足を固定する物らしいんだ。もしかしたら犯人は近くに住んでるチャリンコ乗りかも知れねぇから、そういうのを扱ってる店を中心に聞き込みかけろ、判ったな!」
『あ、了解』
仲町の応答を聞き終えて電話を切った甲山に、鴨居が尋ねる。
「え、何で近くに住んでるって思うんスか?」
「ん? ちょっとゲソ痕の写真見せてみな」
甲山に言われるまま、鴨居が自分のスマートフォンを取り出して写真を表示させると、映し出された足跡を指差しながら甲山が言った。
「このゲソ痕、ボロ屋との往復に迷いがねぇだろ。て事はあのボロ屋の存在をよく知ってるってこった。つまり、この周辺によく来てる奴」
「あ、なるほど」
頷く鴨居に、甲山が指示する。
「店の方はトオルに任せて、俺達は現場周辺の聞き込みのやり直しだ。それと、一般の家に付いてる防犯カメラのチェックだ」
「ウッス」
請け合った鴨居がアクセルを踏み込んだ。
分署に戻る訳には行かなかったので、鴨居は覆面パトカーを駅近くのコインパーキングに停めた。そこへ、甲山のスマートフォンに草加から電話が入った。
『コーさん、あの宮尾って奴、とんでもない野郎ッスよ』
電話が繋がるなりまくし立てる草加に辟易しつつ、甲山が訊く。
「何だ? どうとんでもないんだ?」
『いや、あいつ以前から何人もの女と同時に付き合ってたらしくて、浮気性は知らない人は居ないくらいの勢いッスよ。さすがにマル害との関係は漏れてなかったみたいスけど』
草加の答に、甲山も表情を曇らせる。
「そうか、判った。じゃ悪いがこっち戻ってトオルと合流してくれ。今チャリンコ屋に聞き込みかけてるから」
『了解っ』
甲山は電話を切ると、鴨居を促してパーキングを出た。歩きながら鴨居が訊く。
「あの宮尾って人、どんな人だったんスか?」
「スーパー浮気野郎だってよ」
吐き捨てる様に答えた甲山は、自動販売機の前で立ち止まって缶コーヒーを二本購入し、一本を鴨居に放った。キャッチして軽く会釈した鴨居に、甲山が微笑して告げた。
「本当はそこらのカフェで一服してぇ所だが、あんまり時間がねぇからこれで我慢だ」
ふたりは遺棄現場から比較的近い民家から聞き込みを始め、同時に防犯カメラを設置している家庭には死亡推定時刻前後の映像のチェックも依頼した。だがなかなか有用な証言は得られず、また防犯カメラの映像にも犯人に繋がる手掛かりは見当たらなかった。
何軒目かの聞き込みを終えた鴨居が、険しい表情で空を見上げた。既に大きく陽は傾き、空の色はトーンを落とし始めていた。点灯し始めた電柱の照明が、鴨居の焦燥を煽る。
「甲山さん、もう陽暮れちゃいますよ」
「焦るな! まだ時間はある」
自らにも言い聞かせる様に発破をかけると、甲山は先に立って歩き出した。
それから数軒回ったふたりは、現場から三十メートルほど離れた家でチェックした防犯カメラの映像に、気になる光景を発見した。
死亡推定時刻に近い時刻、カメラの画角の端にダークカラーの乗用車がハザードランプを点灯させて停まった。数分後、車の方から人影がフレームインした。そのシルエットから女性だと認識できる。女性は早足で車と防犯カメラから遠ざかる。数秒後、車の方から別の人影が見えた。こちらは男性だった。男性は女性を追いかける素振りを見せたが、数歩進んだだけで足を止める。その先で女性が角を曲がった直後、画面から消えた女性の姿が突如角から飛び出し、上半身が路上に崩れ落ちた。
「あ!」
映像を観ていた鴨居が、思わず声を上げた。甲山も顔をしかめる。
その直後、角から別の人影が現れて女性に屈み込んだ。一方で車から出て来た男性は、慌てた様子で踵を返した。その時に映った男性の顔を見て、鴨居がまた「あ!」と声を上げて映像を止めた。
「どうした?」
甲山の問いに、鴨居は男性の顔を指差して言った。
「これ、あの宮尾って男じゃ?」
指摘を受けた甲山が、眉間に皺を寄せて画面を覗き込む。数秒凝視してから低く唸った。
「ウーン、まぁ似てると言えば似てるが、こう暗くちゃなぁ」
「え、ええ」
鴨居が曖昧に返事して再び映像を再生すると、角から現れた人影が倒れた女性を抱え上げていた。人影の頭部は不自然に大きく、また照明を反射して白く光っていた。
「これ、ヘルメット被ってるみたいスね」
鴨居が画面を指差して言うと、甲山も頷く。
「この女がマル害だとすれば、犯人がチャリンコ乗りってのは当たりだな」
その人影は、女性を抱えたまま姿を消した。鴨居は映像を止めると、立ち会っていた住人に映像の提供を求めた。
ふたりが家を出た頃には、すっかり夜の帳が落ちていた。鴨居が腕時計を見ると、午後八時を過ぎていた。そこへ、甲山のスマートフォンに草加から電話が入った。
「どうだ?」
『コーさん、居ましたよクサいのが』
《続く》
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