恥さらしの島流し #14

 鴨居が窓越しに外を見ると、えらく嬉しそうに煙草を咥えた甲山が車内を覗き込んでいた。鴨居は右手親指で助手席を指して「開いてますよ」と大声で告げた。甲山は頷いて助手席側に回り込み、ドアを開けて乗り込んだ。途端に車内に副流煙が流れ込み、鴨居と宮尾は顔をしかめた。だが甲山はお構い無しとばかりに今度は口から大量の主流煙をまき散らしながら喋った。

「あぁ~やっと一服できたぜ」

「それより、話聞けたんスか?」

 しかめ面のまま鴨居が尋ねると、甲山は微笑混じりに答えた。

「当たり前よ。課長と部下の証言は一致、まぁこれは後で飲み屋に裏取るけどな。それと、篠崎真由子は会社じゃそんなに目立つ存在じゃなかった様だな。同僚の印象を聞く限りじゃ、誰かに恨まれる様な話も出なけりゃ、不倫するタマでもねぇって感じだ」

 言い終えた甲山が後ろの宮尾をチラリと見た。一瞬目が合った宮尾は、気まずそうに目を逸らす。

「で、コーさん、いい女居た?」

 草加が身を乗り出して訊くと、甲山は楽しげに返した。

「ああ、ちょっと年が若いがな、結構美人が居たぜ。さすがにデートに誘う暇は無かったがね」

「そりゃ残念」

 ふたりが盛り上がりかけた所へ鴨居が割り込む。

「何言ってんスか? ちょっとは真面目にやってくださいよ」

「へいへい」

 草加がおどけて返事し、甲山は煙草を吸い殻入れに突っ込んでから宮尾の方に首をねじ向けて訊いた。

「で、あんたさ、彼女が殺されたとして、何か心当たりあるか? 何でもいいんだがね」

「いや、さぁ……」

 口ごもる宮尾を見て、甲山は首を戻して告げた。

「あそぉ。じゃ今日はもういいや」

「えっ?」

 何故か驚いて振り向く鴨居をよそに、甲山は草加に向けて顎をしゃくった。頷いた草加が後部座席のドアを開けて車を降り、宮尾を促した。

「また何かあったら連絡しますから。ご協力どうも」

 車を降りかけた宮尾が、鴨居に向かって懇願した。

「あの、お願いですから真由子との事は会社には内密にしてください」

 厳しい表情で頷く鴨居に何度も頭を下げて、宮尾は足早に会社へ戻った。その後ろ姿を見送った鴨居が漏らした。

「そんなに都合悪いんなら不倫なんかしなけりゃいいのに」

 すると隣の甲山が鼻を鳴らした。

「不倫する奴ってなぁ、好みの女見つけると見境なくなるもんだ。病気みてぇなもんだよ」

 後部座席に戻った草加が口を挟む。

「あいつ、ちょっと顔が良いからって調子乗っちゃってる感じだしね」

「そんなもんスかね、で、これからどうします?」

 鴨居が横目で甲山を見て尋ねた。甲山は宙を睨んで数秒思案してから、バックミラー越しに草加を見て言った。

「草加、すまんが残ってあの不倫男の事調べてくれねぇか?」

「え? あ、いいッスけど」

 怪訝そうな草加に、甲山が続けた。

「やっこさん、どうも何か隠してる気がしてよ」

「ああ、確かにアリバイ訊いた時にちょっと考え込んでましたよね?」

 同調した鴨居が草加を振り返って訊いた。指摘を受けた草加は視線を彷徨わせて考えてから答えた。

「あ~、そう言えば変な間があったな。それで、コーさんは?」

「課長さん達のアリバイの裏取りだ」

 甲山の答に頷き、草加は車を降りた。鴨居は草加が離れたのを確認してから車を出そうとした。そこへ「危ねえ!」と甲山が叫んだ。即座にブレーキペダルを踏み込んだ鴨居の目の前で、大きなリュックを背負って自転車に乗った若い男性がバランスを崩して転倒した。鴨居と甲山は同時に車を降りて男性に駆け寄った。ブレーキ音に気づいた草加も戻って来る。

「大丈夫ですか?」

 男性に屈み込んで声をかける鴨居の横で、甲山が鋭い口調で言った。

「おい! 急に飛び出して来るなよ!」

 男性は「痛てて」と漏らしながら上半身を起こそうとした。鴨居が助けようとして、ふと男性の足を見た。その瞬間、鴨居が瞠目して喚いた。

「こ、甲山さん! これ!」

「あ? 何だ?」

 訝しげな顔で反応した甲山に、鴨居は男性の足首を掴んで見せた。男性が履いている靴の裏に、三角形の金具が着けられていた。鴨居は痛そうにする男性を無視して自分のスマートフォンを取り出し、土手で撮影した独特な足跡の写真を表示して甲山に見せた。

「似てませんか?」

 甲山は男性の靴と写真を見比べて頷く。

「ああ」

「悪いね兄ちゃん、これ何?」

 草加が身分証を提示しながら笑顔で男性に訊くと、男性は驚いて鴨居と甲山を見てから答えた。

「あ、これはクリートと言って、シューズをペダルに固定する為の物です」

「ほぉ。スキーのビンディングみてぇなもんか」

 甲山の言葉に男性が頷く。傍らで感心していた鴨居は、草加に肩を叩かれて我に返り、慌てて男性と自転車を起こした。男性は一旦自転車のサイドスタンドを下ろして自立させると、背負っていたリュックを下ろして中身を確認し始めた。そのリュックには、食品宅配代行サービス『Delico』のロゴマークが記されていた。

「あ、お怪我ありませんか?」

 鴨居の問いに無言で頷いた男性は、中身の確認を終えて立ち上がると、「すみませんでした」と鴨居達に頭を下げて自転車に跨がった。

 猛スピードで走り去る男性を見送った草加が言った。

「死体を運んだ奴は、自転車乗りって事ッスね」

「そうだな。検屍官に知らせといてくれ。おい鴨居」

 甲山に呼ばれて、鴨居は咄嗟に振り返った。

「はい?」

「あの手のチャリンコに乗ってる奴はそんなに沢山居ねえだろ、その線から当たるぞ」

「あ、ウッス」

 頷いた鴨居は、草加に頭を下げて車に戻った。


《続く》

 

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