恥さらしの島流し #12
「そうッスね」
寂しげに頷いた鴨居は、文の最後に記された「宮尾」という署名を確認してから便箋を戻した。一方の甲山は、このロフトから取れる情報が無いと判断して身を翻しつつ、鴨居に指示した。
「んじゃあ、マル害の勤め先に行くか。そのツーショット、持って来いよ」
「あ、ウッス」
写真立てから写真を取り出した鴨居は、甲山に続いてロフトから降りた。
分署に覆面パトカーを取りに行く時間を惜しんだふたりは、駅前のタクシー乗り場に向かった。途中、甲山のスマートフォンに草加から電話が入った。
「俺だ」
『ああコーさん、鴨居ちゃんが採取した土ね、現場で見つかった土と一致しました』
草加の喋り方が妙に大人しいのを訝った甲山が、鴨居に目配せしながら訊いた。
「おいどうした草加、えらく神妙じゃねぇか」
『いやそれが、本署の連中がカチ込んで来てて、今室長に抑えてもらってんスよ。今俺鑑識の小屋に隠れてて身動き取れなくて』
「何? 本署の奴等が? トオルはどうした?」
甲山のリアクションに鴨居も動揺する。
『トオルは、室長に報告に行った所で本署の連中に見つかって、吊し上げられてます』
「そうか、判った。俺達はこれからマル害の勤め先に行くから、お前何とか面パトで抜け出して来てくれ。頼むぞ」
『了解』
電話が切れたと同時に、鴨居が甲山に尋ねる。
「本署から誰か来てるんスか?」
甲山は大きく頷いて答える。
「ああ。室長のごまかしが効かなかったらしいな。しょうがねぇ、急ぐぞ」
「ウッス」
力強く頷き、鴨居は先に立ってタクシー乗り場へ駆け出した。
鴨居と甲山を乗せたタクシーは、二十分ほどで『金山コーポレーション』本社ビルの前に到着した。料金は鴨居が支払い、キッチリ領収書も貰った。
丁度昼休みの時間らしく、外で昼食を摂る為か多勢の社員がビルから出て来ていた。ふたりは流れに逆らってビルに入り、ロビーの奥の受付カウンターに取りついた。鴨居が身分証を出して、ふたり横並びに座る受付嬢の片方に来意を告げると、彼女は狼狽しつつ内線電話をかけた。その脇で甲山が、もうひとりの受付嬢を口説いていた。
「何してんスか?」
「へへ、まぁまぁ」
ニヤける甲山に呆れつつ、鴨居はロビー内を見回した。すると、篠崎真由子と一緒に写っていた不倫相手によく似た男性が社外へ出て行くのを見かけた。鴨居は甲山の肩を掌で連打する。
「ちょっと、甲山さん」
「何だよ今取り込み中だろ」
「あ、アレ」
苛立ち混じりに振り向いた甲山が、鴨居の指差す先を見て、無言で数度頷いた。
「ほぉ、まぁ後で確かめるさ」
そこへ、内線電話を終えた受付嬢が鴨居に告げた。
「お待たせ致しました。篠崎の上司が対応致しますので、五階の営業部へどうぞ」
「どうも。ホラ行きますよ」
鴨居は受付嬢とのトークを楽しむ甲山を引きずってエレベーターに乗り、五階で降りた。エレベーターホールから近い所に、目指す営業部の出入口が見え、そのすぐ脇に四十代前半くらいの男性が立っていた。歩み寄った鴨居が身分証を見せて名乗ると、男性は最敬礼して名刺を差し出した。
「私、営業部第一営業課課長の
会釈して名刺を受け取った鴨居を、鬼頭は奥の会議室へ促した。頷いた鴨居は、営業部内を覗き込む甲山の袖口を引っ張って一緒に会議室に入った。
「あの、それで、篠崎君が亡くなったというのは本当なんでしょうか?」
切り出した鬼頭に、鴨居は神妙な表情で頷く。
「ええ。それでですね、篠崎さんですが最近何か変わった様子とか、ありませんでしたか? どんな些細な事でもいいんですが」
「男関係とか」
横から口を挟む甲山を横目で睨みつける鴨居に、鬼頭が答えた。
「いや、私は特に感じませんでしたが」
「では、これは形式的な質問なんですが、一昨日の夜十一時頃、何をなさってましたか?」
鴨居の質問に、鬼頭は困惑しながら答える。
「一昨日、ですか? あ~えっとその日は、ああそうだ、部下と飲みに行って、店を出たのがそのくらいです」
「ご一緒した部下の方に確認してもよろしいですか?」
「え、ええ」
鴨居は鬼頭が同席したという部下の名前を聞き取り、更に質問した。
「日頃、篠崎さんと親しくしていた同僚の方にお話を伺いたいのですが?」
「あ、はい。今は昼休みなので殆ど出払っていますので、暫くお待ち頂けますか」
鬼頭の答に鴨居は頷き、側のパイプ椅子に腰を下ろした。部屋を出て行こうとする鬼頭を、甲山が呼び止めた。
「ここ禁煙?」
「え? はい、ウチは全面禁煙なもので」
「喫煙所は?」
「十二階の社員食堂の脇にしかございません」
鬼頭の回答に、甲山は苦虫を噛み潰した様な顔でそっぽを向いた。退室した鬼頭を見送った鴨居が、微笑しつつ甲山に言った。
「愛煙家に厳しい世の中ッスね」
「うるせぇ」
《続く》
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