恥さらしの島流し #11

 遺棄現場付近から歩く事六、七分ほどの位置に、被害者の篠崎真由子が住んでいたアパート『メゾン木内きうち』があった。鴨居と甲山は管理人を訪ねて被害者の部屋の鍵を借り、部屋に向かった。

 スティールの階段を昇った先の二〇三号室が、被害者の部屋だった。白手袋鴨居が先に立って、室内に入った。

「お邪魔しま~す」

 鴨居の声が、無人の室内に響く。

 目の前に短い廊下があり、左手に小さめのシューズクローゼットが置かれ、その奥にキッチンが見える。右手は風呂場とトイレの様だ。鴨居と甲山は廊下を進み、突き当たりに嵌まった扉を引き開けた。その先は六畳ほどのフローリングの洋室だった。向かい側の壁にはサッシが嵌まり、薄い桃色のカーテンが引かれていた。

 右側の壁にはスーツやコート等が掛かっていて、角には液晶テレビとDVDレコーダーが置かれていた。部屋の中央に小さめのテーブルが鎮座している。

 左側の壁に木製のタラップが掛けられているのを見つけた鴨居が頭上をふり仰ぐと、玄関の方にロフトが延びていた。どうやら衣類や趣味の品等はロフトに収まっている様だ。

 壁のスーツ等を物色していた甲山が、タラップを指差して鴨居に指示した。

「上がってみよう」

「ウッス」

 頷いた鴨居がタラップをロフトの縁に掛けて先に上った。部屋全体を見れば天井は高いが、ロフトに上がると途端に空間が圧縮される。思わず鴨居が「うぉ狭っ!」と漏らす。そこへ、後から上って来た甲山が鴨居の尻を叩いて言う。

「当たり前だろ、ホラ早く上がれよ後がつかえてんだから」

「はいはい」

 険しい表情で頷いた鴨居が、四つん這いでロフトに入った。最も奥、つまり玄関側に薄めのマットレスが敷かれ、その上に羽毛布団が掛かっている。その傍らに座卓があり、隅にスタンドライトが設置されていた。左右はほぼ本棚が占領し、種々雑多な物が詰め込まれていた。座卓の陰にCDラジカセが置いてあり、その周りに数枚のCDが無造作に積んであった。

「若い女の子らしい部屋ッスね」

 鴨居が周囲を見回しながら言うと、本棚を物色しながら甲山が応えた。

「ま、部屋だけじゃどんな女かは判断できんがね」

「そりゃまぁ、そうッスけど、あ」

 承服しかねる様子の鴨居が、座卓の上に伏せられた写真立てを見つけた。取り上げて写真を見ると、被害者と男性のツーショットだった。その男性は、被害者とはひと回りくらい年齢が離れていそうな外見だった。

「ん? 父親か?」

「何だ?」

 興味を示した甲山が覗き込み、数秒見つめてから言った。

「いや、こりゃ付き合ってるな」

「何で判るんスか?」

 口を尖らせて訊く鴨居に、甲山は写真のある部分を指差して答えた。

「親子ってのはな、こういう手の繋ぎ方はしねぇもんだ」

 指摘を受けて鴨居が改めて写真を見ると、被害者と男性は互いの指を組み合わせる様にして手を繋いでいた。

「そうなんスか?」

 疑問が解けない鴨居が更に訊くと、甲山が面倒臭そうに右手を出し、鴨居の左手を写真と同じ様に掴んでみせた。途端に鴨居が手を振りほどく。

「何スか急に? 気持ち悪っ」

「だろ? 付き合ってなきゃこんな風にできねぇよ」

「あー、なるほど」

 白手袋の上から掌をさすりながら、鴨居は渋い顔で頷いた。

 本棚を物色していた甲山が、動きを止めて溜息を吐いた。

「あ~、最近の若い連中は手書きの日記なんてつけねぇか」

「そりゃそうでしょ、今はブログとかSNSじゃないスか?」

 鴨居の意見に、甲山が大きく頷く。

「そうか、じゃあ遺留品のスマホ調べるしかねぇか」

 鴨居は写真立てを戻し、座卓の引き出しを調べ始めた。すると、いくつかの小さな封筒を見つけた。その封筒には宛先もリターンアドレスも記載されていない。中身を出して見て、鴨居は思わず声を出した。

「あ、これって」

「何だ今度は?」

 背中を丸めて近づいた甲山に、鴨居は封筒から出した便箋を開いて見せた。そこには、男の文字で愛の告白めいた言葉や、配偶者との離婚をほのめかす記述等がしたためられていた。つまり、不倫相手からの手紙だ。ひと通り目を通した甲山が、鴨居に向かって口角を吊り上げて言った。

「な? 部屋だけじゃ判断できねぇだろ」


《続く》


 

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