恥さらしの島流し #10

 自転車に戻って来た鴨居の耳を、短いクラクションが襲った。険しい顔で音のした方向を向くと、仲町が乗っていた覆面パトカーがハザードランプを点灯して舗装路上に停まっていた。その傍らには咥え煙草の甲山と缶コーヒーを飲む草加が立ち、運転席には面倒臭そうな表情の仲町が座っていた。

「え……?」

 困惑する鴨居を、草加が手招きして呼んだ。一瞬躊躇したものの、鴨居は自転車を押して車に歩み寄った。

「何スか?」

 ぶっきらぼうに問いかけた鴨居に、草加が上着のポケットから缶コーヒーをもうひとつ取り出して放った。反射的に受け取った鴨居が更に戸惑っていると、甲山が近寄って言った。

「何で辞めないか、って訊いたよな?」

「あ、ええ」

 若干目を泳がせる鴨居を真っ直ぐ見つめていた甲山が、突如口角を吊り上げた。

「他に取り柄がねぇんだよ」

「は?」

 いよいよ困惑を極めた鴨居に、草加が車のルーフを叩いて告げた。

「まぁとにかく、一旦ここで捜査会議しようぜ」

「捜査会議?」

 オウム返しに訊く鴨居の手から捜査資料を引ったくった甲山が告げた。

「新入りにばっかり活躍させねぇってこった、まぁ乗れ」

 煙草を地面に落として踏み消した甲山が後部座席に入り、続けて草加が助手席に収まった。鴨居は仕方なく自転車を再び道路の隅に停めて、甲山の隣に座った。

「さて、改めて現場に来て、何か出たか?」

 捜査資料を捲りながら尋ねる甲山に、鴨居は渋い顔で答える。

「あ、現場そのものには特に……ただ」

「ただ?」

「ちょっと離れた所なんスけど、現場を往復した様な変なゲソ痕が」

「ほぅ」

 興味を示した甲山に、鴨居は先程撮った足跡の写真を見せた。草加と仲町も身を乗り出して覗き込む。

「あぁ~、こりゃ確かに変だな」

 甲山の反応に、草加も同調する。

「何だこの三角のへこみ?」

「見たところ、この辺は遊歩道とかも整備されてないし、廃屋以外に建物も見当たりませんから、ここをこういう方向で歩く理由がなさそうなんスよ」

 鴨居の説明を聞いて、甲山が窓越しに周辺を見回す。

「ああ、確かにな」

「て事は、これは死体をあのボロ屋に遺棄したホシのゲソ痕の可能性が高いな」

 草加の言葉に頷き、鴨居が続ける。

「ですから、このゲソ痕の付近の土を採取して、現場から見つかった微量の土を照合しようと思って」

 鴨居がポケットから土を採取したハンカチを取り出した。受け取った甲山が土を確認してから仲町に向けて突き出した。

「よし、トオル! 後で鑑識に持ってけ」

「えぇ~俺?」

 顔を歪めつつ、仲町は渋々ハンカチを受け取った。尚も捜査資料を見る甲山に、鴨居はふと思い出した疑問をぶつけた。

「そう言えば、マル害の死亡推定時刻は一昨日の午後十一時くらいでしたよね? あそこに住み着いてた源さん、でしたっけ? あの人は一昨日の夜はあそこに居なかったんスか?」

 資料に目を落とす甲山の代わりに、草加が答えた。

「ああ、一昨日って水曜だったろ? この辺は毎週木曜が資源ゴミの回収日なんだよ、だから源さんは回収される前に夜通し空き缶を集めて回ってんの、売って金にする為にね」

 貝塚に限らず、集めたアルミ缶の換金を数少ない収入源にするホームレスは多い。資源ゴミを勝手に持って行くのは違法行為だが、どこの警察もそこまで目くじらを立てて取り締まったりはしない。さすがの鴨居も、貝塚を責める気にはならなかった。

 資料から目を上げた甲山が、再び周辺を見回して言った。

「この辺は、防犯カメラがねぇんだよな。となると、個人宅とかで着けてる所を当たるか」

「そうっスね」

 助手席の草加が同調する。鴨居は何故か軽く挙手して言った。

「あの、オレは今からマル害の自宅へ行こうと思ってるんスけど」

「何? ああ、確かにここから近いな」

 資料を見た甲山が頷き、顔を上げて全員を見回してから言った。

「いいか、本署の方は今室長がごまかしてくれてるが、それも今日一日が限度だ。こっからスピーディーに行くぞ」

「ウッス」

 草加の返事に、鴨居も頷く。甲山も頷き返して更に言った。

「マル害の自宅には、俺と鴨居で行く。草加とトオルは一旦分署に戻って鑑識にさっきの土の照合を依頼、それからゲソ痕の調査だ」

「了解っ、じゃ鴨居ちゃん、写真くれる?」

「え? あ、はい」

 草加から突然ちゃん付けで呼ばれて戸惑いながらも、鴨居は草加から提示されたアドレスに向けてゲソ痕の写真を添付したメールを送った。受信を確認した草加が仲町に告げた。

「おし、じゃ分署に戻るか。ついでにあのチャリ返すからトランクに積め」

「え~?」

 あからさまに嫌そうな顔をして、仲町は車から降りて自転車を回収し、トランクに積んで戻って来た。

「よぉし、んじゃ頼むぞ」

 前のふたりに告げて、甲山が素早く後部座席から降りた。鴨居も慌てて降りる。

 Uターンして分署へ向かう覆面パトカーを見送ってから、鴨居と甲山は篠崎真由子の自宅へ歩を進めた。


《続く》


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