恥さらしの島流し #9

「何?」

 訊き返す甲山を真っ直ぐ見つめて、鴨居が反論した。

「リストラ小屋だって知ってて、捜査もロクにできないって判ってて、じゃあ何で甲山さんは刑事辞めないんスか? 飼い殺しの身に甘んじて、定年までここで遊んでるつもりッスか?」

「何だと!?」

 怒りを露わにした甲山が、鴨居の胸倉を掴んだ。たまらず草加と目黒が割って入るが、甲山の手はなかなか離れない。それでも鴨居は臆せず、甲山と額を突き合わせる勢いで睨み合い、気迫のこもった声で言い放った。

「オレは! ここに刑事として配属されたからには刑事の仕事をしますよ! それに、オレ達にとってはただのリストラ小屋かも知れないけど、地域の人達からすれば立派な警察なんスよ! 地域の人達を守るのも、警察の務めッスから!」

 歯を食い縛って聞いていた甲山が、ふと胸倉を掴む手の力を緩めた。漸くふたりが離れ、草加と目黒は安堵の溜息を吐いた。居住まいを正した鴨居は、刑事課分室の面々を見回して告げた。

「とにかく、今回のヤマは、オレが解決しますから」

「鴨居君……」

 心配そうな目黒に頭を下げ、俯く甲山を一瞥してから鴨居は分署を走り出た。

 甲山とやり合っていた間に、仲町の姿は何処にも見えなくなっていた。駐車スペースを見ると、覆面パトカーが一台消えていた。恐らく仲町が使っているのだろう。

 鴨居は周囲を見回し、地域課分室所有の自転車を見つけて飛び乗った。

 土手から舗装路へ出て、大通りを爆走して仲町を追った。行き先が判っているので、追跡は容易だった。

 額から大汗を垂らしながらクランクを回していると、彼方に見覚えのあるナンバーの車が見えた。仲町が乗っているとアタリをつけた鴨居は、目標の車が赤信号で止まった隙に急加速して、運転席の真横につけて窓を激しく叩いた。

「えぇ? 鴨居さん?」

 果たして、運転手は仲町だった。瞠目して窓を開けた仲町に、鴨居は左手を出して喚いた。

「捜査資料! 貸して!」

「へ? 何でですか?」

「いいから貸して!」

 鴨居の有無を言わさぬ調子に押されて、仲町は助手席に置いていた資料を手渡す。

「ありがとう!」

 ひったくる様に受け取った鴨居は、仲町の車の前を回って道を引き返した。

「な、何なんだあの人?」

 窓から頭を出して口を尖らせる仲町に、激しいクラクションが浴びせられた。正面を振り返ると、既に信号が青に変わっていた。


 資料を奪った鴨居は、検証を終えた廃屋に向かった。近くで自転車から降りると、下草がはげて土が露出している作る堤の糊面を駆け上がった。その時、ふと足元を見た鴨居が眉間に皺を寄せた。

「ん?」

 鴨居の目が捉えたのは、足の拇指丘の辺りに三角形の凹みがある足跡だった。

「何だこのゲソ痕?」

 ゲソこんとは、足跡の事を表す警察の隠語である。その奇妙な足跡は廃屋に向かって続き、また廃屋から戻って来ている様だ。鴨居はスマートフォンを出して足跡の写真を撮ると、捜査資料を捲った。廃屋の周囲は殆ど砂利で、中の床はコンクリートなので犯人の足跡は見つからなかったが、微量な土が採取されたらしい。鴨居はカーゴパンツのポケットからハンカチを取り出し、足跡の近くの土をひとつまみ取って挟み込んだ。

 鴨居は発見した足跡を消さない様に注意しつつ廃屋へ近づき、改めて周囲を回ってみた。

 廃屋は所々隙間が開いていて、ここをねぐらのひとつにしていた源さんも冬場は寒くてたまらなかっただろう。

 さすがに新たな遺留品は見つからなかったので、鴨居は資料の中から検視報告書を選び出した。仲町に持って行かれるまでずっと目を通していた筈なのに、眠気の所為で全然頭に入っていなかった。

 被害者の名前は篠崎真由子しのざきまゆこ、年齢二十六歳。所持品によると勤め先は『株式会社金山かなやまコーポレーション』、自宅はここから比較的近い場所だった。『金山コーポレーション』は、主にパソコンやスマートフォン等の内部部品やその他の精密機械類を扱う専門商社である。

 検視結果で鴨居の目を引いたのは、右肩の打撲痕と左足首の捻挫だった。死因との因果関係は不明だが、いずれも生前のものらしい。

 鴨居は暫く考えてから、被害者の自宅へ行ってみる事にした。


《続く》

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