恥さらしの島流し #7

 困惑顔で見返す鴨居に、石倉が尚も言った。

「は、じゃなくて、御遺体を分署に運ぶから手ぇ貸してっての」

「え、何でオレが?」

 素直に疑問を呈した鴨居の耳に、妙に間抜けな男の声が聞こえて来た。

「遅くなりましたぁ~ぁ」

 その途端、石倉が反応して大声を出した。

「お、丁度いい所に来た! トオル! お前も手伝え!」

「トオル?」

 鴨居が振り返ると、二十代後半と思しき若い男が欠伸を噛み殺しながらこちらに近づくのが見えた。

「あ、あの、彼は?」

 鴨居は現場検証の様子を見守っている目黒に訊いた。目黒は鴨居の指差す方を見るなり数度頷いて答えた。

「ああ、あれがウチのもうひとりの刑事。仲町享なかまちとおる君」

 自分が紹介されているとも知らず、仲町は嫌に現場に馴染んでいる見慣れない男に向かって訊いた。

「あんた誰?」

 最初に分署で会った地域課分室の竹田とほぼ同じ調子で質問をされた鴨居は、目黒が喋ろうとするのを制して自ら身分証を提示した。

「今日、じゃなくて昨日から分署に配属になった鴨居だ」

 仲町は眠そうな目で身分証と鴨居を交互に見て、数秒後に素っ頓狂な声を上げた。

「あ~、あの人質!」

 またしても竹田と同じ様なリアクションに鴨居がうんざりしていると、苛立った様子の石倉が割って入った。

「それはもう終わってんだよトオル! いいから手を貸せ。御遺体運び出すぞ」

「あ、はぁい」

 仲町がつまらなそうに返事して石倉の後に続き、鴨居も仲町の後頭部を睨みつけながらついて行く。

 廃屋に入り、死体を見た仲町が思わず「お、結構美人じゃん」と口走って石倉に叩かれていた。それを横目に鴨居は予め廃屋の中に入れられていた担架を広げた。仲町は慌てて白手袋を嵌めて死体の脚を抱え、頭の方に回って脇の下に手を入れた石倉と息を合わせて担架に乗せた。最後に石倉が死体の上にシートを被せて作業は終了し、鴨居と仲町が担架の前後を持って廃屋を出た。石倉は後ろから検視用キットの入ったジュラルミンケースを持って悠然とついて来る。

 鴨居と仲町は、分署のプレハブの裏へ回り、鑑識係専用の小さなプレハブ小屋に死体を運び入れた。後から来た石倉の指示で奥のベッドの上に死体を寝かせて、鴨居は担架を畳んで側の壁に立て掛けた。

「ご苦労さん、んじゃふたりとも外で待ってな」

 石倉の指示に、仲町が口を尖らせた。

「え? 中に居ちゃダメなんですか?」

「当たり前だろ。御遺体は女性だぞ、ちったぁ慎めよ」

 石倉が言うと、仲町は不満げな顔で「はぁい」と返事して部屋を出た。鴨居も石倉に軽く会釈して後に続く。

 外に出た途端、仲町が悪態を吐いた。

「何だよ石倉さん偉そうに、自分だって男じゃんか」

 黙殺する鴨居に、仲町が水を向けた。

「いいじゃんねー別に見たってさぁ?」

「いや、オレは別に――」

「ちぇっ、カッコつけちゃって」

「何だと?」

 険悪になりそうな雰囲気のふたりを、遅れて戻って来た目黒が止めた。

「おい何やってんだふたりとも!? こんな所でケンカするな」

「……すみません」

 異口同音に謝る鴨居と仲町に、目黒が指示を出した。

「鴨居君は、すまんがここで検視結果を待ってくれ。トオルは甲山達と合流しろ」

「はぁい」

 不貞腐れた様に返事をして、仲町はその場を離れた。目黒は鑑識係の小屋を見ながら鴨居に説明した。

「ウチの鑑識は石さん含めてたった四人しか居ないから、こういう時は石さんがひとりで検視せざるを得ないんだよ。それに石さんは検視中に邪魔が入るのが嫌いでね。やる時はいつもああやって、誰も部屋に入れないんだ」

「そうなんスか」

 相槌を打つ鴨居に、改めて目黒が言った。

「それで、結果が出たら甲山達に無線で知らせてやってくれ。聞き込みするから」

「えっ、あの、オレは?」

 鴨居が戸惑い気味に訊くと、目黒は煙草を取り出して火を点けてから答えた。

「検視報告書持って待機だ、よろしく」

「待機、スか」

 捜査に出られない事に失望しつつ、鴨居は目黒に頭を下げた。目黒は煙草を持った手を軽く振ると、分署に裏口から入った。


 空が白み始めて間もなく、小屋から石倉が出て来た。首にかけたタオルで頻りに顔を拭きながら鴨居を呼ぶ。

「おい鴨居、終わったぜぇ」

「あ、検屍官、お疲れ様ッス」

 鴨居の会釈に手を振って応えると、石倉は数枚の紙の束を鴨居に差し出して言った。

「えー、死亡推定時刻は一昨日の午後十一時から昨日の午前一時の間、後頭部に外傷があって、死因はそれが原因のショック死、現場にマル害が頭をぶつけた様な痕跡は見当たらなかったから、死んだのは別の場所で、そこからあのボロ屋に遺棄されたんだろうな」

「そうスか、ありがとうございます」

「後は現場検証が終わればOKだな。んじゃ、俺ぁちっと寝るわ」

 鴨居が紙束を受け取って頭を下げると、石倉は右手を頭の上で振りながら踵を返した。鴨居は手にした紙束に目を落としてから、分署に戻った。


《続く》

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