恥さらしの島流し #6

「ほら早く!」

 中年男性に急かされて鴨居が走った先に、今にも崩れそうな廃屋がひっそりと建っていた。土が多い分署周辺の地面と異なり、この辺りは地面を砂利が占めている為にしばしば走る足を取られた。

「ほら、ここだよ」

「ちょ、ちょっと待った!」

 廃屋を指差した中年男性を制止してから、鴨居はフライトジャケットのポケットから白手袋を取り出して嵌め、カーゴパンツのポケットに入れていたハンドライトを抜き出して点灯させた。光の強さに中年が顔をしかめる。

 鴨居はライトで足元を確かめながら廃屋に近づいた。砂利の所為で足跡は見えない。半開きになっている朽ちかけた扉に手を伸ばしかけて、鴨居は中年を振り返って扉の中を指差して確認した。

「この中?」

 中年が忙しなく頷くのを確認すると、鴨居は唾を飲み込んで扉に手を掛けた。蝶番も外れているらしく、扉は音を立てて軋んだ。後ろから中年が注意する。

「おぉい、あんまり乱暴にしないでくれよ、壊れちまうからさぁ」

「アンタの持ちもんじゃないでしょ」

 正面を向いたまま言い返して、鴨居は扉を開けた。木屑が舞い上がり、思わず顔を背ける。

 この廃屋は元々釣具店だったらしく、所々に釣具メーカーのロゴが入ったプレートや、餌を入れるザル等が散乱していた。奥には大きな冷蔵ケースが見える。錆の浮いた側面に飲料メーカーのロゴらしき模様が見えた。

 更に奥は小上がりになっていて、恐らく店主の居住スペースだったのだろう。敷き詰められた畳はすっかり腐っていた。その畳の上に、人がひとり横たわっている。まがりなりにも本庁捜査一課に居て、死体と対面する事は慣れていた筈なのに、それでも一瞬息を飲んでしまった。

 カジュアルなパンツスーツに身を包んだ若い女性が、身体を捻る様に仰向けに倒れていた。着衣に乱れは見られず、鴨居の位置からは外傷らしきものは見当たらない。

 扉の向こうから覗き込んでいた中年が声をかけた。

「おぉ~い兄ちゃん」

「ちょっと静かに。そこ動かないでよ」

 鴨居は顔を死体に向けたまま指示し、カーゴパンツのポケットからスマートフォンを取り出し、目黒に電話をかけた。


 死体発見の報に、分署は俄に騒がしくなった。

 目黒からの連絡で石倉も現場に駆けつけ、更に甲山と草加もやって来た。鴨居に当直を押しつけてまで赴いた大事な用事が上手く行かなかったのか、草加はかなり不満そうだ。

「悪い事ぁできねぇもんだな草加、え?」

 甲山の言葉に、草加は口をへの字にして頷く。

 廃屋では、石倉率いる鑑識係が検証を行っていた。その脇で、鴨居と中年が様子を見守っている。中年が汚れた上着のポケットからくちゃくちゃの煙草のボックスを取り出して吸おうとしたので、鴨居は慌てて止めた。

「ちょっとオジサン! ここで吸っちゃダメだよ今現場検証中なんだから!」

「え~いいだろちょっとぐらい、あ、コーさん! 草加ちゃん!」

 文句を言いかけた中年が、近づいて来る甲山と草加を見て手を振った。ふたりも笑顔で応える。

「いよ~ぉげんさぁん、大変だったなぁ、どうだい第一発見者になった気分は?」

草加の問いに、中年は困り顔で答えた。

「最悪だよ草加ちゃ~ん、これじゃ今晩寝らんないよぉ~」

 やけに親しげな三人を見て戸惑う鴨居に、やっと現場に到着した目黒が話しかけた。

「御苦労さん、初日からえらい事になったな」

「あぁ室長、あの、こちらの方はお知り合い、ですか?」

 鴨居が源さんと呼ばれた中年を指して訊くと、目黒は微笑して答えた。

「ああ。貝塚源太郎かいづかげんたろうさん、通称源さん。この辺りをねぐらにしてるホームレスで、もう三十年以上住み着いてるそうだから、あたし等なんかよりよっぽどこの辺に詳しいんだよ。甲山達としょっちゅうその辺で飲んでるしな。でも、地域のボランティア活動に協力もしてくれてるんだよ」

「はぁ、そうなんスか」

「そうなんスよ!」

 横合いから源太郎が茶々を入れた。驚く鴨居に微笑みかけると、源太郎は目黒に向けて言った。

「んじゃ室長さん、わたしゃここで失礼してもいいかね?」

「え? ダメッスよ、アナタはこれから事情聴取――」

「まぁまぁ硬い事言うなって!」

 止めようとする鴨居を草加が制した。納得行かない鴨居が抗弁しようとするが、機先を制して甲山が告げた。

「源さんには後で俺達が話聞くから心配すんな」

「え、でも」

「そういうこった、源さんの相手はふたりに任しときな」

 横から目黒が割って入ったので、鴨居は自分の主張を引っ込めざるを得なくなった。

 そこへ、廃屋から出て来た石倉が鴨居を見るなり言った。

「お、えっと、鴨居っつったっけか、ちょっと手伝ってくれ」

「は?」


《続く》

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