恥さらしの島流し #4
受付の巡査の台詞から想定された事態ではあったが、それでも訊かれたくない事に変わりは無かったので、鴨居は無言を貫いた。だが草加は遠慮会釈無しに切り込む。
「さっき
次第に、鴨居の眉間の皺が深さを増す。更に質問しようとした草加を甲山が制する。
「やめとけよ」
だがその言葉が逆に鴨居の反抗心を煽った。開けかけの引き出しを音を立てて閉めると、草加に正対して言い放った。
「ええそうですよ! オレが立てこもり犯逮捕に失敗して人質に取られて、全国ネットに間抜け面を晒した『警視庁史上最低の恥さらし』ですよ!」
プレハブ全体に響き渡った鴨居の声は、それまで好奇の目を向けていた署員達を俯かせるには充分な効果があった。
気圧された様に肩をすくめる草加を睨みつける鴨居の前に、煙草を揉み消した甲山が立ち塞がった。
「まぁ落ち着けや。こいつ等も悪気があって言ってるんじゃないんだ」
甲山が後ろの草加と受付の竹田を指し示して言うと、鴨居は怒りで溜め込んだ空気を鼻から大きく吐き出して返した。
「別にいいっスよ。オレはここは長居する気ありませんから」
「あ、そう」
いまいち納得行ってなさそうな顔で頷くと、甲山は草加の肩を叩いて「ちょっと来い」と言って通用口へ向かった。草加は若干戸惑いながら甲山の後について行った。
「クソッ」
鴨居がやり場の無い怒りをデスクの天板にぶつけていると、目黒が寄ってきた。
「すまんな。草加は妙に好奇心旺盛でな、自分が興味を引かれた事に関しては掘り下げずにはいられない質なんだと」
「あぁ、そうですか」
鴨居がこみ上げる憤激を喉元で堪えつつ慇懃無礼に返すと、目黒が微笑して続ける。
「ええっと、ここに来る連中は、何かしらの問題がある警察官ばかりだ。ただ皆、特にそれを隠そうとはしない。君も、あんまり深刻に考えない方が――」
「お言葉ですが」
目黒の言葉を遮り、鴨居は思いの丈をぶちまけた。
「オレは確かに世間に恥を晒しました。好きな言葉じゃないッスけど、警察の威信も失墜させました。全部、オレの責任です。だからオレは、ここで絶対に手柄を立てて、必ず一課に戻ります。申し訳ないッスけど、オレはここの人達と馴れ合う気は全然ありませんから。失礼します」
深々と頭を下げ、鴨居は踵を返して外へ向かった。目黒は首筋をかきながら独りごちた。
「参ったなぁ、夢見ちゃってる」
啖呵を切って出て来たは良いものの、鴨居はすぐに行き場を失って立ち止まった。肩越しに分署を振り返って溜息を吐く。
「今のはさすがに言い過ぎたかなぁ~?」
首を傾げる鴨居が、自身のスマートフォンが震動している事に気づいた。発信元を見ると『公衆電話』とだけ表記されている。訝りつつ電話に出た鴨居は、渋い表情で言った。
「はい、鴨居です」
『おう、鴨居か? 俺だ、
「に、
相手が名乗った瞬間、鴨居は思わず姿勢を正した。
「どうしたんスか管理官、急に?」
『あ、いやな、お前今日から河川敷だろ? ちょっと気になってな』
新島の言葉に、鴨居は表情を曇らせた。
「ええ、そうなんスけど、オレ何かやり辛くて」
『何だよお前、しっかりしろよ! お前がそこに居るのは、一課長のおかげでもあるんだからな!』
新島の叱責を聞いた鴨居が、瞠目して訊き返した。
「一課長の? どういう事ッスか?」
一課長、つまり警視庁捜査一課の頂点に立つと共に、全てのノンキャリア警察官の憧れの的である捜査一課長である。現在は、
新島は、ひと呼吸置いてから話し始めた。
『実はな、ここだけの話だがあの立てこもりの後、刑事部長達はお前をクビにしようとしてたんだよ』
「はぁ、それはオレも覚悟してたんスけど」
『軽々しく覚悟なんて言うなよ、いいか、刑事部長達を止めたのは一課長なんだよ!』
「えっ?」
鴨居は驚きの余り、耳に当てたスマートフォンを危うく落としそうになった。
『一課長はな、お前の失態は警察官としての情熱と責任感が空回りした結果だから配慮してやってくれと、刑事部長だけでなく総監にまで頭を下げて頼んだんだ。でなければ今頃お前は警察官じゃなくなってたんだよ』
「一課長が……オレを」
様々な感情が押し寄せ、鴨居は目を泳がせた。何十人と居る部下の端くれに過ぎない自分の事を、そこまで気にかけてくれていたのか? 配属されてたった二ヶ月のこのオレを?
「す、すみませんでした、管理官」
鴨居が謝ると、新島は照れ臭そうに打ち消す。
『いやいや、礼は俺じゃなくて一課長に言えよ、まぁ一課長も、何とか刑事のまま河川敷に異動が精一杯だったって、申し訳なさそうにしてたがな』
「は? どういう事ッスか?」
鴨居の指摘に、新島は急に慌て出した。
『あ、いや何でもないんだ、まぁとにかく、元気でやれよ、じゃあな』
「え、あ、ちょっと?」
鴨居の呼びかけも聞かず、新島は電話を切ってしまった。訝しげにスマートフォンをしまった鴨居の心には、柳生一課長への感謝と小さな不信感が同居していた。
《続く》
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