恥さらしの島流し #3

 遡ること十日前、都内で人質立てこもり事件が発生した。

 犯人である添野晋介そえのしんすけは、そのひと月ほど前から起きた連続殺人事件の容疑者として、警視庁捜査一課にマークされていた。一人目の被害者は添野の内縁の妻で、当時通い詰めていたホストクラブの従業員との浮気を疑った添野と口論になった挙げ句、自宅にあった包丁で刺殺された。

 二人目は内縁の妻の浮気相手とされたホストで、閉店後に店を出た所、張り込んでいた添野に襲われてやはり刺殺されていた。この後に添野は目撃者の通報で駆けつけた交番勤務の警察官に切りつけて重傷を負わせていて、警視庁は逮捕に躍起になっていた。

 この事件の特別捜査本部に、当時捜査一課に配属されて二ヶ月ほど経過した鴨居も召集されていた。地取り捜査担当だった鴨居は、立ち回り先を調べている最中に潜伏していた添野を見つけ、手柄を立てる絶好のチャンスと意気込んで尾行を始めた。だが途中で添野に気づかれてしまう。失態を取り返そうと、鴨居は必死に追跡した。執拗な追跡に動揺した添野は通りかかった一般住宅に飛び込み、中に居た老夫婦を人質に取って立てこもる。

 鴨居と共に捜査していた刑事の報告で立てこもりを知った捜査本部は、捜査員の殆どを現場に急行させると同時にSIT(特殊班捜査係)の出動を要請する。この時点で鴨居には本部へ戻る様に命令が下っていたが、何とか失地回復を図りたい鴨居は命令を無視して単独で住宅への潜入を敢行する。

 捜査本部は住宅内の添野と交渉を重ねる一方でSITの配置を進めるが、その最中に裏口から侵入した鴨居が添野に襲いかかり、乱闘になる。だが添野は住人を盾に取って鴨居を脅し、拘束する。本部は宅内で何かが起こった事は把握したものの、それが鴨居の仕業だとはまだ判っていなかった。

 夜になって添野は本部に逃走用の車を要求した。本部は要求を飲んで車を用意し、添野が住宅から出て車に乗る瞬間に確保する作戦を立てた。

 住宅の玄関前に車を停めて暫く様子を窺っていた本部の捜査員達は、目に映る光景に言葉を失った。

 添野が宅内から連れて出て来たのは、住人の老夫婦ではなく鴨居だった。この状況は、生中継のテレビカメラにもはっきり撮影され、数分後にはネット上に鴨居の身許が拡散されていた。

 添野は鴨居に運転を命じて自分は後部座席に入った。ここで鴨居は車をスタートさせるふりをしてすぐに急ブレーキをかけて添野の体勢を崩し、その隙に包丁を奪って身柄を押さえた。直後に本部の捜査員とSITが殺到し、現場は混乱の巷と化した。


 後日、刑事部長の本田警視長ほんだけいしちょうに呼び出されて叱責を受けた鴨居は、謹慎を言い渡されて警視庁を出た。正直、クビも覚悟した鴨居だったが、その翌日に出た辞令が、河川敷分署への異動だった。


《続く》

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