第28話 ロイの叔母、アンスガルド

「お、おいっ!レイ、大丈夫か?体調悪いのか?」


 レイチェルの様子を見て驚いて走り寄ったロイは、彼女のそばにひざまずいて顔を覗き込んだ。彼女の顔が真っ赤なので、ロイは思わず熱がないか額に手を当てた。


「ひゃっ…!」


 彼を意識してしまっているレイチェルは、額にある彼の暖かい手にビクリとして驚きの声を上げた。でもロイは、


「悪い、びっくりさせたか?熱はなさそうだな、ちょっと横になる部屋を借りよう…」と彼女が心配でたまらない様子だ。いつもの100倍は優しい彼にレイチェルははくらくらめまいがした。


(ひえー、今は優しくしないでっ!そうだ、ロイってば鈍そうだし私の気持ちに気が付かれないようにしたらいい。そうしたら今まで通り…いられるはずだ)


 レイチェルは自分の超鈍感を差し置いて、ロイを鈍ちんだと断定した。そしてとりあえず自分の魂の平穏の為にロイをそばから追い払いたかった。


「大丈夫、調子は悪くない。すごい本棚に興奮して立ちくらみしただけ。さっき見てたんだけど『ゲオグラフィア』の写しがあった。見てみなよ、古代地図がすごいよ」

「マジか、どこ?」とポールだけが目の色を変えて聞いたので、ユリアヌスは思わず噴き出した。レイチェルの浅い作戦なんてお見通しなのだ。


「ここですよ」とユリアヌスが笑いを堪えながらポールを案内して二人で感嘆の声を上げながらめくっている間、ロイはまだ心配そうにレイチェルの側にいてあれこれ医者のように症状を聞いてくる。


(うーん、緊張して余計に酷くなるからあっちに行って欲しいんだけど…)


「ロイ、私は少しじっとしていたら大丈夫だから…」と明るく言うと、なぜか余計にロイはおろおろした。


「丈夫なおまえが調子悪いなんて…怖いじゃねーか。どっか悪いのかもしれない、滞在を切り上げて帰国しよう。ここの医者は信用できない」


 その時ドアが開いて金髪・碧眼の上品な女性が部屋に入ってきた。胸元が大きくあいた上品な群青色のドレスが良く似合っている。


「まあ。私のロイ坊やはそんな生意気なことを言うようになったのですね。ふふふ、成長とはこういうものですわ。そちらの男装のお嬢様をすぐに部屋に案内しましょう」


「叔母様」「アン」


 ロイとポールが同時に言った。




「お初にお目にかかります。レイチェル・ド・フォンテンブローと申します。レイとお呼び下さい。この度はご招待頂き光栄でございます。以後お見知りおき下さいませ。お見苦しいところをお見せしましたが、少し立ち眩みをしただけですのでご心配されませぬようお願い致します」


 男装のレイチェルは紳士のようにアンに挨拶した。レイチェルはロイの叔母の登場ですっかり気持ちを切り替えた。つまりはでかい猫をかぶった。


「まあ、なんてお可愛かわいらしいこと。わたくしはアンスガルド・ド・ルテティアです。アン、と呼んで頂戴。ねえ、レイ。瞳を見せて頂けるかしら?」


 レイが顔を上げてエメラルドグリーンの瞳を見せると、アンはなぜか青い眼を細め、ほうっ、と甘いため息をついた。アンの瞳はとても儚い薄いガラスのようなあおで、レイチェルは思わず魅入ってしまった。


(なるほど、ロイが好きになるわけだ。真っ直ぐな青い瞳…美しい人だ)


 そのアンの瞳が急に近くなって、指をついっと伸ばしたと思ったら、あごに手を当ててレイチェルの瞳を奥まで覗き込んだ。あまりに不躾ぶしつけでびっくりしたが、王族にはいろんな人がいるものだな、とレイチェルは自分を納得させた。


「まあ…」


 アンは何かをうっとりと思い出していたが、もう一人の灰色の瞳の客人が挨拶をしようと待っているのに気が付いた。

 レイチェルが無理をしてないか注意深く様子を見ていたロイは、叔母のレイチェルに対する行動に驚いた。そしてポールはニヤニヤしながらアンの様子を眺めていた。

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