第27話 大切な女性

「来いったら来い。一人で残るのはあぶねーだろ!」とロイは断定し、ポールは「レイ、白玉は乗組員が面倒見てくれるって」と言い訳に使った猫の世話を皆に頼んでくれていた。


(う…うっ、行きたくないのに…そうだ、ユリアンならうまく言ってくれるんじゃ…)


 レイチェルは助けを求めるように彼を見ると、申し訳なさそうに夢見るような灰色の瞳を伏せた。


(こ、これは十中八九じゅちゅうはっく説得されてるっ!そこまでして連れて行きたいのか?)


「よし、じゃあ行こうぜ。ほら」


 満面の笑みを浮かべて小型船に乗り込んだロイは、レイチェルに手を伸ばした。彼女の後ろにはポールとユリアヌスが早く行けと言わんばかりに待っている。白玉はと見ると、薄情にもお気に入りの乗組員の腕の中でまったりして眼を細めていた。


「くっ…またもや裏切者っ」


 ロイの嬉しそうな顔を見て素直に喜べない自分が嫌で、唇をぎゅっと噛んだ。そしてロイの手をとり、渡し板に足を乗せた。



 ロンディウム王国の港に待機していた迎えの小型船で海のように大きな川を遡る。ロンディニウムとは古代語で『沼地の砦』という意味なのだが、その名の通り巨大河川と砦に囲まれた都市なのだ。


「すごい…河川をさかのぼるなんて」

「そうだろ?レイなら喜ぶと思った。ほら、あれはこの巨大な川をまたぐ橋だ」

 

 二人は子供のようにうきうきしながら並んで船の舳先に座っていた。レイチェルはすでに機嫌を直しており、『こいつ本当にちょろいな』とロイは呆れていたが、レイチェルはせっかくなので切り替えて楽しむと決めていた。

 ロイが指さす先には海のように大きな川を渡す橋が段々大きく見えてくる。


「とても長い橋だね…この河川は氾濫とかないの?」

「そうさな、聞いてみないとわからないが、俺なら氾濫のたびに壊れるのを見越して簡易的な橋を作るか、コンクリートで最強のを作るかどっちかだよな。今日はこんなに穏やかだが、きっと氾濫したらすげーだろう。…なぁ、レイ、無理やり連れてきて悪かったな」


 ロイは嫌がっているレイチェルを連れて来てしまったことを謝った。彼も成長しているのだが、レイチェルは笑い飛ばした。


「ははっ、それ本当に悪いって思ってる?ロイが謝るなんて似合わない。いいんだ、来たら楽しいってのはわかってた」とほほ笑んだ。自分で嫌の理由がわからないのでもやもやしていたが、来てしまったからにはなんでも見て楽しんでやろうと思う。


「…どうしてもおまえと叔母を会わせたいんだ。俺の大切な女性ひとだから…」


 そこまで聞いたらレイチェルは胸にノミを打ち込まれたような痛みを感じた。


(ぐっ…やだ、なにこれ大打撃!私ってばロイの『大切な女性』って言葉に反応してる…そっか…わかっちゃったかも…)


 青くなったレイチェルをみてロイが気遣った。


「どうした?酔ったか?」

「いや、なんでも。…そんなに大切だなんて、ロイは叔母さんが大好きなんだね。どんな方なの?」


(バカ、私なんで聞くかな?もっと嫌な気持ちになっちゃうじゃん…)


 ロイは急に赤くなって、


「いや、大切な女性ってのは…」に続けて『おまえのことだ』と言おうとしたら、間が悪くポールが来た。


「こいつの叔母はアンっていうんだけど、すげー懐いてたんだ。ロイってば勉強がないときはべったりでさ、アンがここに嫁ぐときは大変だったよな。4歳だっけ?」と言いながらロイの肩に手をかけてもたれた。


「違う、5歳だ」と憮然として言いながら、ロイはポールの手を払いのけた。


 もやもやの正体に気が付いてしまったレイチェルはこっそりとため息をついた。




「ごめん、レイ…」


 ポールとロイが真っ先に叔母に会いに行ったので、ユリアヌスとレイチェルは豪華な客室にひけをとらぬ蔵書が並んだ本棚を見ながら待っているところだった。


「ユリアン、裏切ったわね。でももういいんだ、来たくない理由がわかったから」

「へ?鈍いレイでもわかったの?本当?」とからかうようにユリアヌスが聞いたのでレイチェルは口を尖らせた。


「当たり前でしょ、自分のことなんだから。ロイの口から大切な女性の話が初めて出たもんだから、すごく嫌で…嫉妬、してたんだ。でも叔母様だし、よく考えたら私とロイがどうこうなるわけもないんだから、意味のない感情だよ。もう大丈夫」

「ふーん…レイチェルは嫉妬するほどロイが好きなのに、結婚とかは考えないってこと?」


「す…好きっ?!」


 レイチェルは今頃嫉妬の裏にある「好き」という感情に気が付いて顔が真っ赤になった。いや、男装から出た手の指先まで真っ赤だ。


(あかん、立ってられん…)


 身体の力が一気に抜け、よろよろとソファに崩れ落ちたレイチェルにユリアヌスが慌てて駆け寄った。


「ご、ごめん!レイがこういう話にからきし弱いって忘れてたよ…もうわかってるもんだと…大丈夫?何か飲み物でも持ってこようか?」

「いや、いい…ちょっといっぱいいっぱいでめまいが…」

「ぷっ…レイは本当に初心うぶなんだかオバサン、いや、オッサンなんだかわからない人だね」

「ふー、ちょっと、今非難交じりの冗談は止めて。息が…」

「ごめんごめん…」とユリアヌスは背中をさすりながら笑った。


 そこに笑顔でいっぱいのロイとポールがやってきた。ロイは久しぶりに叔母と会えた喜びで顔が上気している。それをぼんやり見てもレイチェルは少し嫉妬してしまうのだった。

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