第26話 勇者・白玉

「わー、真っ白…可愛いっ!」


 レイチェルが明らかにそのモフモフの白いかたまりに好意を持ったのを見て、ロイはムッとした。


「レイっ、おまえ見ただろ?こいつ俺の顔をひっかきやがった!こらっ、クソ猫!!」

「もう、大人げなく怒らないで。よしよし、いい子いい子。びっくりしたんだよね…だってほら、ロイの顔も思いっきりはひっかいてないでしょ?血も出てない。きっと頭のいい子ダヨネー」


 レイチェルはロイの顔を覗き込み、頬に傷がないかをちゃんと確認した。そして、端で怯える猫を撫でてふわりと抱っこすると猫は嬉しそうにして彼女の頬を舐めた。モフモフだから大きいかと思ったら、中身は小さい子猫だった。


「ダヨネー、じゃねー!ほら、俺に寄越せ。不潔だし海に捨てる。こいつはどこででもシッコやウンコするしな」


 そうロイが言うと、猫は彼に向かって少し牙を見せながら「うなーーっ」と唸った。


(お…なんか、ロイに威嚇してる?ふふふ、真っ白だしお菓子みたいだ…)


「いや、海に捨てるのは可哀そう!ね、白玉しらたま?」

「…なんだよ、白玉って…」

「この猫の名前。ポールに頼んでくる!」


 レイチェルはさっさと部屋を出て、一応の船の責任者であるポールの部屋に向かった。


「おい、待てって…俺猫嫌い…」


 ロイの言葉も虚しく、ポールの許可はあっけなく得られた。白玉は船のネズミ捕りとして正規乗組員となった。




「おう、勇者!おまえネズミだけでなくムカデ捕ったんだって?偉いなー。アレに刺されるとえらい事だからなぁ」とメロメロになった乗組員たちが白玉の頭を撫でる。白玉は撫でられるたびに「にゅあー」と愛らしく鳴くので皆が見かけるたびに触りたがるのだ。


じゃないですよ、、です。給料エサ分は働くので、海に捨てないで下さいね」


 レイチェルが皆に白玉を紹介していると、隣のユリアヌスがブルっと震えて、


「…海に捨てるなんて怖い事言わないで下さい!」と苦情を言った。


「だって、ロイがこの子を海に捨てるって言うんだもん…」


 レイチェルが口を尖らせてそう言ったことで、船でのロイの評判は一気に下がった。




「なんか最近俺への風当たりが厳しい気がするんだけど、おまえ猫野郎のことでヘンなこと言いふらしてねーだろうな?」とロイは夕食で鋭いところを見せた。

 今や白玉は勇者と呼ばれており、人気は飛ぶ鳥を落とす勢いだ。つまりは皆癒しを求めて白玉を触って可愛がっている。


「ぐっ…ごほっ、えーと、言いふらしてはないヨ?ただ、ロイが猫を海に捨てるっていうから、それが船の常識なのかと思ってさ、みなに捨てないよう頼んだだけ…」と申し訳なさそうにレイチェルが告白した。それを聞いてポールとユリアヌスが笑い転げたが、ロイは眉間に皺を寄せた。


「やっぱおまえのせいか!なんか皆の目が冷たいって思ってたんだ。ほら、見てみろよ」


 隣の席の商人たちを見ると、航海の癒しの白玉を、可愛がりこそすれ海に捨てようなんてヤツは地獄に落ちろと言わんばかりにロイを見ている。


「俺は猫が少々苦手なだけだ。生きたネコを海に捨てたりなんてするわけねーだろ?」とわざと大きな声で商人たちに聞こえるように言うと、彼らはほっとしたように歓談を初めた。


「ふー、おまえのせいで俺の評判に傷がつくじゃねーか!」


 ロイの文句を聞いて、ポールとユリアヌスが、


「あれ、ロイの良い評判って聞いたことあったっけ?」「うーん、そうですね…ちょっと思い出してみます」と言ったのでレイチェルが笑った。

 すでに白玉贔屓のポールとユリアヌス二人が意地悪そうに考え込むポーズをとったので、ロイはため息を付いて夕食を食べ始めた。机の下で同じくご飯を食べる白玉と目が合ったが、猫野郎はクールに目を逸らした。




 船はルテティアから一番遠いフェダ王国の奴隷貿易港・グレフェから西方向に大回りし、島国であるロンディウム王国に寄ってからルテティア王国に帰る。ロイと15歳のとしが離れた叔母が嫁いでいるそうで、王族二人はもうすぐ会えると嬉しそうだ。

 夕食が終わって二人は叔母の話をしたそうだったので、レイチェルとユリアヌスは遠慮して甲板にいた。

 一緒に白玉が付いて来ていたが、その夜は少し揺れが大きかったので危険を察知してさっさと食堂に戻っていったようだ。誰かに何かをもらおうと企んでいる。

 海は真っ黒で伝説の巨大な魚の怪物や、人魚がひょっこりと顔を出してもおかしくなさそうだ。


「ねえ、ユリアン。ロイはあまり家族の話をしないから話すのが嫌なのかと思ってたけど、叔母さんに会うのは嬉しそうだね…」

「そうですね、ロイは…生まれた時から5年程叔母様に可愛がってもらったようです。彼女は結婚でロンディウム王国に行ってしまいましたがね。ロイはああ見えて寂しかったんだと思います。ポールみたいに自由に言いたいことを言えませんし」

「ふーん…」


 確かにロイは傍若無人で天上天下唯我独尊だが、思ったことを言えてないように思えることがある。それに怒っているように見えるので、損な性格だ。


(…いや、私もあの夢に関してはアレだものね。誰にでも言えないことはあるってことか…)


「っていうか、レイ、あなたもロンディウム王国の首都、ロンディニウムに行くのですよ。ロイとポールと僕が行くので、レイを一人には出来ませんからね」

「うっ…」


(大きな川沿いの砦に囲まれた美しい街だと聞いているし、行きたい。でも行きたくない…なぜだろう、心が重い…ロイの叔母ってことは、王族だよな。気に入られても困るし、嫌われるのも嫌だ)


 少し考えてから、レイは言いにくそうに口を開いた。


「白玉がいるから…今回は船で待ってようかな」


「…そうですね、嫌なら行かなくていいと思います。船員がいるからここなら安全です。1週間程ゆっくりしたらいいですよ。僕も暇を見て遊びに連れて行ってあげます、首都ロンディニウムは大河と高い砦に囲まれた安全な街ですから僕でも大丈夫でしょう」


 微妙な女心がわかるユリアヌスはレイチェルの気持ちを汲んでそう言い、灰色の瞳で優しく微笑んだ。レイチェルは自分では気が付いていないが、ロイが自分以外の女性の話を嬉しそうにしているのが気に入らなかった。


 しかし、港が近づいてレイチェルがロンディニウムには行かないと言うと、ロイだけでなく珍しくポールまでが反対した。

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