第25話 弱者から強者へ

「ホッとしたな」


 グレフェの港が遠ざかっていく景色を船から見て、4人は大きく安堵のため息をついた。乗組員・乗客全員が同じ気持ちだっただろう。


 ポールの提案に乗った王の息子が起こした反乱で、あっという間にフエダ王国は彼のものになった。誰も前王の安否を確かめようとしないのもレイチェル達の心を冷やした。信頼など王宮にはひとかけらもなかった、ということだ。

 王の急な逝去の報を受けてグレフェの住民は元より、宮廷で働く人々も明らかに表情が明るくなっていた。ポールとロイは王族だけにこの転覆劇に複雑な表情だ。


「そうですね、誰もが密かに待ち望んでいたのでまずは良かったのではないでしょうか?新王に恩を売れましたし」とユリアヌスが灰色の瞳を不安そうに揺らした。


(それでもフエダ王国は怖い。あの息子の眼も権力で変わっていく気がする。周辺国に喧嘩をふっかけては奴隷を狩り集めているような国だからだろうか?それとも…まあいい。ルテティアは奴隷を輸入して恩恵を受けてるのだから私も偉そうなことは言えない…)


 レイチェルはわざと明るい声を出した。


「ここまできたらもう大丈夫だよ。フエダ王国の海軍力はそれほどでもないし、これだけ離れたら逃げきれるんじゃないかな。あの…みんな、心配かけてごめん。私が甘かった。もっと気を付けていれば、って反省してる」


 レイチェルが謝ると意外にロイが怒った。


「バカ!おまえは悪くないだろ?」

「そうです、レイは気を付けていましたし、言うなれば僕たちが宴で油断していました。まさかいきなり初日にレイに薬を盛るとは想定外です」

「そうだな、怖い思いをさせて悪かったよ。キキ殿にどやされそうだな」

「確かに…」


 男3人は笑っているが、レイチェルは考えてみたらとても怖い事だったと思い青くなった。


(この三人がもしフエダ王宮で秘密裏に殺されてたら、ルテティア王国はどうなったことやら…)


「なんだ、まだ心配してんのか?大丈夫だ、俺がおまえを守るから」と少し照れてロイが言うと、


「違う、3人がいなかったらルテティア王国は終わってたかもなって」とロイの告白は軽くスルーし、レイチェルが答えた。


「ボンクラばっかだからか」


 以前学園でレイチェルがクラスメートを評した言葉をロイは持ち出した。きょとんとしているユリアヌスとポールが理由わけを聞いて大笑いした。


「良かった、辛辣なレイが戻ってきたな。実は王の部屋で呆然としてたから責任を感じてる。夫だなんて言ってたくせにな」とポールが申し訳なさそうに言った。


「いや、あれは王を勢いでやっちゃったでしょ?皆に被害が及ばないようにって速攻で逃げる段取りを考えてたから、ホッとしてパンクしてただけだよ」


 レイチェルの答えを聞いてユリアヌスとポールは声が出ないくらい驚いた。貴族の娘とは思えない現実認識力だ。ロイは彼女がそれくらいはしかねないと思っていたので驚かない。

 レイチェルが戦う相手を無意識に分析して対策を練って実践したのは、ただ切実に、生き抜くための強い意志を持っているからだった。


「しかしおまえ土壇場に強すぎ。王の金玉を潰して撃退する貴族の娘なんて聞いたことない。まさかだがルテティア王にでも同じことしそうだな」とロイが恐々こわごわ聞いた。


「うーん、どうだろ?一応は貴族の娘だからなぁ、王室に協力する義務らしいものも感じてる」

「え?じゃあ、王の命令があったら素直に后になるのかよ?」とロイが必死の形相で聞いた。


 レイチェルはなんでそんなこと知りたいんだよ、考えたくもない、と苦く感じながら、


「正直わかんないな…望まれたなら仕方ない、って気持ちもある。でも…出来たらこうやって大学の仲間と船で冒険したり、学問の森で迷っては答えを探していたい」と正直に答えた。


 ロイはレイのまっすぐな答えを聞いて、こいつを守るなんて言っておこがましかったな、と反省した。

 心身ともに余裕を持ち、本当にやりたいという意欲を持って物事に取り組む。それができれば、「弱者」である女性も自然に「強者」に生まれ変わることが出来るのかもしれない。彼女を見ていてそう思った。




 久しぶりの船での夕食に思い切りリラックスしてレイチェルが部屋に帰ると、部屋で「ゴソッ」という物音がした。明らかにゴキブリやネズミとかではない音だ。


「誰?誰かいるの?」


(まさかフエダ王国の追手でもないだろうし…泥棒?いやいや、海上だし)


 レイチェルは念の為一度部屋から出て何か殴るものを探した。すると、うろうろしている不審なレイチェルにロイが声をかけた。


「何してんだよ?」

「あ、ロイ!なんか部屋から物音がするから、何か殴るもの探してるんだけど…」

「バカ、そういう時は俺を呼べ!」



 ロイは自分の部屋から灯りを持ってきて、レイチェルの部屋に入っていった。


「ん…?誰もいないぞ。ほら、狭い部屋だし間違いようがない。まさか、ベッドの下に潜ってる、なんてことは…」


 ロイがベッドの下の狭い隙間を除いて灯りで照らすと、飛び出てきたものがロイの顔のすぐそばを通って、部屋の隅に逃げた。


「ぬぁーぉ!」

てっ!」


 飛び出てきた真っ白の塊は猫だった。

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