第23話 レイチェル、羊の脳ミソ料理に感激する
(后か…まだそんなこと言ってるとはね。本当に呆れたっ)
レイチェルは一人で入るにはもったいない立派で広大な風呂に入りながらも大きなため息をついた。贅沢にも大理石でできており、肌触りが気持ち良くてうっとりする。ここだけは造りが馬鹿げていなくて落ち着いた空間だった。趣味の悪い王の眼が浴室までいき届かなかったのだ、幸運にも。
ルテティア王国の女性の適齢期は16歳から18歳だ。彼女は今18歳で、この時期を切り抜ければ后の声がかかることはないとレイチェルは
しかし
その王の命令で王族と結婚なんて勅命が来た日には、父にもレイチェルにも拒否権がないのは間違いなかった。だから后の噂は芯から大迷惑でしかない。
(まあ、大学に通うような女を迎える王族はいないだろ。男は自分より頭のいい女が嫌いだとキキが言ってたし…。あと2年、じっと目立たず生きていれば私の勝ちだ!)
何に打ち勝つのか?運命に?
わからないながらもレイチェルは頬をバチンと叩いて気合を入れて、風呂から勢いよく出た。命がかかっているのだ、戦いに負けるわけにはいかない。
脱衣所には侍女が待っており、髪を乾かし、刺繍が美しい生成り色の室内着を着せてくれる。レイチェルが最後に鏡を見ながら顔にまんべんなく色を付けた。
しんとしている。誰もが黙り込んでおり、何もするにしてもどこかびくびくしていた。
「ごめん、お待たせ」
「待ってたよ、僕の奥さん」
風呂から出てきたすぐの部屋ではソファでポールがどかっと座って待っていてくれた。彼もフロ上がりに同じような民族着物を着せられているが、ガタイがいいのでよく似合っている。
待っている間に見ていたのだろう、手には地図を開いている。レイチェルは隣に座り、エメラルドグリーンの眼で覗き込む、今いる場所を指さした。侍女が乾かしてくれた金色の糸のような髪がポールのふわりとかかった。いい匂いがポールの鼻腔をくすぐる。
「ここまで私達来たんだね、感動だ…」
「このルートで来た」
航路を確認しながら、ポールはレイチェルの髪の先を触り、気になっていたことを質問した。
「なあ、レイはなんで結婚したくないんだ?適齢期だし普通は一族をあげて相手を探す時期だ。理由があるのか?」
(またその話か…気が滅入るし嫌なんだけどな)
「…別に父に命令されたら…しないでもない」とレイチェルが小さな声で答えた。
「ふーん。じゃあお願いしに行こうかな…」
「へ?誰に?」
「ルテティア国王とレイの父親」
ニヤリとしてそう言い、彼女の肩を軽く抱き寄せた。耳元で「レイとならうまくいきそう。趣味も合うし。レイもそう思わないか?」と
レイチェルが思ってもみなかったことに目を丸くして固まっていると、
「おい、ポール。夫役だからっていい気になってるんじゃねーよ、触るな。レイも、そんなスケコマシの提案を真面目に取るな」とロイがポールの腕を引っぺがして二人の間に割り込んだ。彼女を見つめるロイの茶色い目が潤んでいる。意地悪し過ぎたとポールは反省した。
しかし意外にもレイチェルが、
「いや、一瞬リアルにありかな、って思っちゃった。毎日朝昼晩でも地図の話が出来て楽しそうだし」と言った。
「いや、毎日はさすがにちょっと嫌かも…」とポールが引いたように笑って言うと、レイチェルも少し照れて笑った。
(それに、ポールとなら結婚しても牢獄に入って死ぬ可能性が少ないかなって考えちゃった。これってポールに失礼な話だよな、やっぱり私は結婚に向いてないや…)
「なんだよ、俺だって地図の話くらいできるっつーの…」とロイは悔しくて続きの言葉を飲みこんで黙った。
部屋に戻ってしばらくしたら、侍女が来てこの国の伝統衣装に着替えさせてくれた。生成り色の基本の着物にカラフルなオレンジの布を肩から掛け、カラフルな刺繍のベルトで締める。たらりと垂れたグリーンの装飾ひもが美しい。
その上に派手な色合いの3連の貴石のネックレスをかけられる。
「お待たせ」
別室で待っていたポールはブルー、ロイは紫、ユリアヌスは黄色の布だ。なんとなくキャラに合ってる気がしてレイチェルはクスリと笑った。
「よし、じゃあ行こう。レイチェルは絶対に眼を伏せているように」
ポールのやや緊張をはらんだ声が部屋に響いた。
レイチェル達が広間に案内されると王はすでに一段上の場所で女性をはべらせて待っていた。20人程いる女性たちの派手な化粧と布地の少ないほぼ裸みたいな服はセリカと同じようなものだ。
王の隣にいる気弱そうなひょろりとした男が王子だろうか、彼も怯えたような眼をして小さくなっている。
レイチェルは瞳の色を見せないよう、伏し目がちで周りの様子を見ていた。
ポールに付いて王に無事挨拶した後、席に着いてホッとしたレイチェルの目の前に運ばれてきたお膳を見てひっくり返りそうなくらい仰天した。
「ひゃ、あ、頭っ?!」
大皿にドンと乗せられているのは羊の頭だった。てっぺんがくりぬかれて白い柔らかそうな脳みそが見える。一度軽く煮込んで戻してあり、周りのとろみがついた
ポールは以前に食べたことがあるようで、レイチェルの反応を見ながらニヤニヤして「美味いよ」と言った。ユリアヌスも書物で読んで知っていたのか全く驚いていない。しかし隣から、
「マジか…羊がこっち見てるよ…キモッ」とぼそりと絶望の声が聞こえてきた。
レイチェルと同じ事を考えているのはロイだった。
「良かった、ビビってるのが私だけかと思ったよ…これはなかなかビジュアル引くよね」とレイチェルもコソコソ言った。
「普通はこんなの初めて見たらビビるだろ。おい、ちょっと食べてみろ」
そういってロイが意地悪な顔で、嫌そうにスプーンですくったものをレイチェルの口元に持ってきた。ポールとユリアヌスは楽しそうに成り行きを見ている。
「ひゃ、いきなり…?いや、私などがロイ様より先に食べるわけには…」
「バーカ、今頃令嬢っぽくしてもダメなんだよ。ほら、食え」
「うっ…」
(なんか今日は特に意地悪だな…機嫌が悪いのか…?)
レイチェルは仕方なく口を少し開けると、ロイがなぜか少し赤くなってからスプーンの中身をつるりと口に流し入れた。キキの作る
「美味しい!ロイも、ほら…」と言って、ロイの持つスプーンを奪い取って料理をすくった。
「いや、俺は…」
「えー、絶対に美味しいって。食べないと本当に後悔するよ?」
レイチェルがロイに食べさせる為に近寄ろうとしたら、
「レイは好きだと思ってたよ。奥さん、僕に食べさせて頂戴」と言ってポールがレイチェルのスプーンを持つ手を優しく握って自分に向け、幸せそうに口に含んだ。
なんだか本物の夫婦のように見えて、ロイの眉間の皺が一気に深くなって凶悪の域に達した。
「ポール…おまえ、俺を
「うん、美人な奥さんに食べさせてもらうのは本当に美味しいな」とポールが追い打ちをかけるように言うと、ロイはますます悔しそうな顔をしている。
「何、やっぱりロイも食べたかったの?素直にそう言えばいいのに…」
レイチェルは場の空気がなぜ悪くなったのかわからない様子で、困ったようにロイに聞いた。彼は子供のようにぷいと顔を背けた。
その4人の客人の様子をじっとりと見つめているものがいた。
「ほう…見かけぬ緑の美しい瞳だな」
喉を楽し気に鳴らしてそう言いながら、王は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます