第20話 誘ってる?

 宴会でロイに不穏な事を言われた夜、さすがのレイチェルももしかしてと頭を抱えていた。その後の御飯の味は全く分からなくなってしまった。いつもならもったいないと怒るところだが、今回はそうはいかない。


(あれは…からかってる、ってわけでもなさそうだ。私にちょっかいを出すジャイにおもちゃを取られる子供みたいに怒ってると思ってたけど、あれはまさかヤキモチ、ってこと?)


 ロイの自分を見る熱い眼を思い出すだけで頭の芯がカッカしてくる。


「ふわぁー、あり得ない!!おでこに触っただけで馴れ馴れしいって怒ってた人が!!なんで?」


 レイチェルがフカフカの布団に手足をバタバタさせていると、ドアがノックされた。


「悪い、こんな遅くにマナー違反だな。寝てたか?」


 ドアを開けると、レイチェルを悩ませている本人、ロイがいた。




「ちょっと出れないか?」


 ロイは彼女の部屋をちらりとのぞいてから、ほっとしたように聞いた。レイチェルはロイのせいで眠くなかったので適当に上着を羽織って廊下に出た。暗いので彼の表情がよくはわからないが、下から見上げると深刻そうにも見える。


(もしや…あんな告白まがいの事を言って後悔してるのかもしれない)


「ここ、座れよ」


 ロイは中庭に出て、昼間にいた噴水の前にレイチェルを座らせた。月明りでやっと少し表情が見えたが、やはり深刻な顔をしている。

 噴水の水音だけが響いていたが、しばらくして短気なレイチェルは堪えきれずに聞いた。


「何?」

「…この前は悪かった。心配してくれたおまえに酷いこと言って…それを謝りたい」


(そんなことか)


 レイチェルは苦手な恋愛の話でなくてホッとした。


「触られるのが嫌いな人もいる。いつの間にか気安くなってたから反省してる、ごめん」

「違う…俺はもっとレイに触って欲しいと思ってるんだ。俺は母親がいないから、あんな風に人にしてもらったことがなくて…すげー嬉しかったのに戸惑ってあんなこと言ってしまって…ごめん」


(そうだったんだ…確かに触った瞬間は気持ち良さそうに見えたもんな…)


「いい。私も気が付かなくて悪かったよ」

「おまえが謝るな。情けない気持ちになるじゃねーか!」


 レイチェルは呆れて以前のように笑った。張り付いたような笑みでなくてロイは胸を撫で下ろした。


「もう…ロイは面倒くさっ。じゃあ、すっきりしたならもう寝よう。明日はジャイが色々案内してくれるって言ってたし」


 彼女はほっとしたら眠くなってきた。ベッドでゆっくり寝たかった。

 

「ん…あと、もう一つ話があるんだけど、いいか?」

「へ…い、いいけど…」


(今度こそあの触られたくない発言についてか?)


「…レイはさ、ジャイをどう思ってるんだ?」

「は?」


(なんだ、そんなことか…もう眠いんだけど…)


「なんかすごいスケールのでかさを感じるし、好感を持てる人間だと思う」


 彼女がジャイを褒めるとたちまちロイの顔が歪んで泣きそうな表情になったが、すぐにいつもの偉そうなロイになった。


「ふーん。俺より…いや、おまえジャイに気を付けろよ。すぐに触るし、口説くし。絶対に部屋に入れるな、わかったな」

「うん…わかった」


「じゃあ、約束な。この国に残るなんて言うなよ」


 ロイはレイチェルの手をふわっと掴み、指切りするのかと思ったら自分の頬に当てた。


「おまえの手、 めっちゃ気持ちいいのな…でも他の男にはあんな風にしないで欲しい。俺がおかしくなりそ…」


 ロイはそのままレイチェルの手の甲にキスし、抵抗がなかったのでそのまま抱き寄せた。


「おまえが他の男といるとかっとなって何も考えられなくなる。今夜も、もしかしてジャイがおまえの部屋に居るかもと思って眠れなくて押し掛けたんだ…」


「…じゃあ、私の部屋で寝たらいい。ベッドめっちゃ広い…」


 レイチェルの発した小さな声の提案に、ロイはビックリした。もしや誘っているのかとドキドキしながら、


「おまえ…バカ、それだと余計に寝れねーよ」と甘い声で答えた。


「…」


「ん…?レイ…?」


 ロイは返事のない腕の中の彼女の顔を覗き込んだ。


「…っ、寝てるのかよ!…おまえは寝てても可愛いな」


 ロイは気持ちが盛り上がってレイチェルに口づけをしようとしたが、どうしても寝込みを襲うのは矜持きょうじが許さず、おでこと頬にキスをした。


「これくらいはいーだろ…?」


 そう恥ずかしそうに言うと、一人暗闇で頬を真っ赤にしていた。




 次の日から2日間、セリカの案内をジャイがしてくれた。絹の生産から製造工程、縫製などの現場は煌びやかで国際色豊かだった。スパイスの製造現場も見せてもらい、たくさんお土産をもらったのでレイチェルはご機嫌だった。

 ロイが上機嫌でずっとレイチェルのそばにくっついていたから、ユリアヌスとポール、もちろんジャイも二人の気持ちが通じたのだと思い込んだ。


「あーあ、レイが運命の女だと思ったのにな…」とジャイがあからさまにがっかりすると、「仕方ねえだろ、レイが俺を選んだんだ」とロイは嬉しそうにしているが、レイチェルは密かにびっくりした。


(俺を選んだ…?そっか、ここに残らないって約束したっけ。びっくりしたよ…言い方があるでしょー?!)


「ロイが嫌いになったらいつでも来るといい。その時はレイの名前を付けた都市を作って歓迎してやる」と言ってジャイがレイチェルの頬に隙をみてキスしたら、ロイがあまりに悔しそうにしたので皆が笑った。

 あまりにロイがくっつくので、「あーもう、邪魔!」とレイチェルに怒られている。それでも浮かれているロイは見もので、その上レイチェルにまだ気持ちが通じてないと知ったポールとユリアヌスはしばらくの間ロイをバカにし続けた。

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