第19話 意気投合
(な、何すんのっ!これはキキの言いつけ通り殴ってもいいんだよね?)
彼が一つ目のボタンを外した時、レイチェルはアランに教え通りに親指を右手に握り込み拳を作り、肘をぐいっとひいて彼のみぞおちに狙いを付けた。
「おい、レイになにしてんだ!どけ!!」
レイチェルが今にもジャイを殴ろうとした瞬間、ロイが間に割って入ったので彼女は正気に戻った。
(おおう、ジャイを殴ったらえらいことになりそうだった…あぶねーっ)
「おや、ロイ、だっけ?俺はレイにこの国に残ってもらおうと交渉してるとこだ、邪魔をするな。俺なら彼女の夢も叶えられる」
「勝手なことを言うな!それは俺の女だ」
ロイがそう言いながら左腕をひっぱったので、彼女の頭は真っ白になった。
(へっ…俺の…おんな?そんなバカな…聞き間違えだな…ていうか、この状態はデジャヴ…)
レイチェルが目を丸くして呆然としている間にも二人の言い合いはエスカレートしていった。
「おまえの国の技術は遠くわが国に及ばぬ。彼女の夢に必要なのは俺だ。そうだろ、レイ?」と言ったジャイは、余裕の表情でレイチェルの右肩を掴んだ。お互い国を巻き込んでの対抗心で燃えているせいか、力加減がない。
(ちょいちょい、ビックリして麻痺してたけど、この状態超痛い!)
「あ、あの…お二人とも、痛いのですが…」
レイチェルが控えめに申し入れても二人は聞こえておらず
(あーもう、この二人は一緒にしたらダメだ!)
レイチェルの我慢の限界はいとも簡単に来た。もともと沸点は低い。
「こらっ、ええかげんにしろ!アホかっ」
レイチェルは二人の手をアランに教えてもらった通りにくるりと手首を返して振り払った。そして勢いで二人の頭の頂点をごんごんと握りこぶしで連続して叩き、憤慨して中庭を後にした。
残された二人は人に頭など叩かれたことなどなくて呆然としていたが、しばらくたってから気まずそうに茶色と黒色の目を見合わせた。
「さ、とてもお綺麗になりましたよ。王の女たちも真っ青の美しさですわ」「まあ、物語の妖精のよう」と支度をした侍女は自分たちの作業の仕上がりを褒めたたえたが、レイチェルは鏡を見て大きなため息をついた。
頭のてっぺんから被せられたレースの被り物からうねらせた金髪が揺れているのが透けて見える。顔面にはこれでもかと化粧が施されてた。キツいアイラインがのせられて口紅も毒々しい赤。胸元が出来る限り空いたドレスは、これなら着ないほうがいいかと思うくらい挑発的で胸のふくらみが半分見える。丈が足首まであるのがまだ救いだった。
(体が出過ぎだって…メイクも派手だしこれはエグいな。間違いなくロイが怒っちゃうじゃん…『ルテティア貴族らしい服装をしろ!』とか怒られそうだ。ポールは喜ぶだろうけど、ユリアヌスは眉をしかめそうだな。いや、気の毒がられちゃう…)
レイチェルは鏡の前でぐるりと周り、おかしなことろしかないのを確かめた。
(うーん…仕方ない、仮病で宴会を欠席しよう。美味しいものが食べたいけど、これは流石にちょっとな…これ以上ロイを怒らせるのもなんだし)
「あの、ちょっとお腹が…」
レイチェルがさっくり嘘をつこうと侍女に話しかけようとしたら、ロイとジャイがずかずかと話しながら部屋に入ってきた。
(おいおい、一応女性の部屋なんですけど!なんでこの二人は揃って遠慮がないかな…っていうか、やっぱり似てる?!)
「おい!行くぞ」「遅いから迎えに来た。やはり我が国の衣装がよく似合う」「そうだな…でも肌が出過ぎじゃねーか?」「いや、こんなもんだ。宴会で父の側の女どもを見てみろよ、ほぼ裸みたいだぞ」
二人はなぜか仲良くなっていて、レイチェルを挟んでがっちり両腕を掴んで逃げられないようにした。
「へ…あの、
「嘘つくな、めっちゃ元気そうじゃねーか」「そうだな、こんな元気な病人はいない」と息もぴったりの2人に見抜かれた。
「っていうか、あの、いつの間にお二人は仲良しになられた…?」
レイチェルがおずおずと聞くと、二人は目を見合わせて笑った。
「おまえに殴られてから暇でさ、話ししてたら意気投合した」「ロイは意外といいやつだ、年齢も境遇も似てるしな」
「ふーん」と口を尖らせつつも、レイチェルはホッとした。これでケンカする二人に挟まれて困ることはなさそうだ。
「おふっ、何、その恰好…?!」「おお、レイ!見違えたよ、いつも以上に綺麗だ」
歓迎の宴会の席にロイとジャイに挟まれて連行されたレイチェルが現れると、ユリアヌスとポールが目を丸くして一瞬黙り込んだ後、違う意味で驚きの声を上げた。
(そりゃそうだろうよ、こんな格好サーカス団じゃあるまいし…)
「なんか無理やり着せられた…」
「そう文句を言うな。美しく知的な女性がそのような格好をすると、より美しいぞ…」とジャイが至近距離からレイチェルのあごをくいっと持ち上げたのでロイがむっとして手を払った。
またいきなり喧嘩
「う…レイ…おまえ…」
「はい?」
「す、すげー…か」
「すげーか?ああ、ロイたちの格好セリカ風でいいね。良く似合ってる。私も着るならそっちがいいな。ここの国の服は股下が涼しくていいよね」
レイチェルがそう言うと、ロイが真っ赤になり、
「おまえは…女性がそういうこと言うもんじゃない!レイは少し恥ずかしみが足りないぞ」と言った。ユリアヌスも少し顔が赤くなっている。ポールとジャイはニヤニヤしてる。
(何なんだ!別に性器が自由だとか言ってないし。もう本当に口うるさいな、こいつは…)
レイチェルがお腹が空いたのもあってイラっとしていると、今度はセリカ王に呼び出された。でかい身体の王の周りには確かにジャイが言う通りの裸に近い衣装の女性達がはべっていた。
「お初にお目にかかります、レイチェル・ド・フォンテンブローと申します。ルテティア王国の北端、フォンテンブロー侯爵家の娘でございます。この度は…」
「挨拶はよいよい、ワシはセリカ王国を統治するラーム・シング2世だ。そなたがジャイが一目で気に入ったという女か。ほう、なるほど…」
ガッチリとした体つきのセリカ王はじろじろレイチェルを眺めている。間違いなく強くて力持ちそうだ。侍女の話では戦場で重い槍を何本も背負って最前線で戦う王らしい。彼が王になってから戦は負けなしでぐいぐいと版図を広げている。
強い敵意のまなざしをレイチェルに向けた美しい女性が王に何人もしなだれかかっている。その王がレイチェルをまだじっと見ているのに気が付いて、彼女は聞いた。なにか失礼があったのかと心配になったのだ。
「…どうかされましたか?」
「いや、我が息子ジャイは女性をそばに置かぬからな。どういった女をあてがえばまとまるかを考えていた。そなたはブルクの王立大学に通っているとか…」
誰かが事前に4人の事を話したのだろう。
「はい、ロイ様のご厚意で通わせて頂いております」
「ほう、ロイ王子のな…ジャイもやたら勉学が好きでな、気が付くと本ばかり読んでおる。早く結婚させたいのじゃが、勉強の時間が減ると言って受け入れぬ…そなたがここに留まって後宮に入り、何人か子供でも作ってくれたら安心なのじゃが…見たところ至って健康そうだし、
(なっ!なんでそうなる?私ただの旅人なんですけど…それにこの宮廷で金髪とこの肌の色は目立つし絶対いじめられそう!下手したら
レイチェルがどうやって穏便に断ろうかと口ごもっていると、
「父上、レイチェルが返答に窮しておりますゆえ」という声が上から降ってきた。
ジャイが後ろに立っていて、真剣な顔でレイに助け船を出した。父子といえど男同士の懐の探り合いを感じる。さすがこの国は版図がでかいだけあるとレイチェルは感心した。
「それなら早く女を見つけてこい。ワシが若いときは…」
「あーハイハイ。では失礼します」
ジャイがレイチェルの腕をとって立たせ席に戻っていくのを見、王は大きくため息をついた。
レイチェルとジャイは席に戻り、やっと飲み食いが出来ると喜んだ。ロイは明らかにホッとした表情をしている。
「ジャイもああやっていつも結婚結婚言われてるんだ。大変だね…」
レイチェルもキキからそういった
「何だ、レイもか。俺も結婚はいろいろ面倒でな、相手だけでなく親族ももれなく相手をせねばならないだろ?そう思うと手を出したくない。好きなときに本も読めない人生なんてクソだ。レイなら実家が遠いしセリカに利権もないから
「こらこら、ジャイ。もう誘わないって約束だろ?こいつは…」とロイがレイを口説くジャイに文句を言った。
(約束?)
「そうは言ってもな、このような姿を見たら口説かぬわけにはなるまいよ」とジャイがレイチェルの丸出しの腰にぴとりと手の平を当てたので、彼女はぞくりとして飛び上がった。
「ひゃっ、ちょ…」
「だから触るなって」とロイが二人の間に割り込むと、ポールが見かねてジャイにお酒を注ぎがてら隣に座った。レイチェルはポールたちとジャイが学問で話が合いそうなのを思い出して、
「ジャイはとても学識が深いからきっと話が合う。昼に世界が丸い話をしてたんだ」と声をかけると、ポールとユリアヌスは目を輝かせ、3人はセリカの大学の講義内容で盛り上がりはじめた。
「ふう、やっと落ち着いた…」
レイチェルがやっと
異国の料理は思った以上に美味だ。スパイスが多様に使われているのがわかる。そういえば、レイチェルが好きなミルクティーのスパイスもセリカ産なのを思い出していた。
「美味しいっ!」
空腹だった彼女が料理にがっつくと、隣からのロイの視線に気が付いた。
(や、ヤバい、むっちゃ食べてた!また怒らせてしまったかな…)
ちろりと隣を見ると、目を細めて彼女を見ていたロイの茶色い目と見合ってしまった。
「うっ…人目のあるとこでがっついたから怒ってる?ごめん…」
「いや、とても…綺麗だ。おまえはすげー綺麗だなって再認識してた。別に怒ってねーよ、そんな格好のおまえを誰にも触られたくないだけだ」
「なっ…!」
エメラルドグリーンの眼を見開いたレイチェルはロイがお酒に酔ってるのかと思ったが、彼が一滴も酒を口にしてなかったのを思い出した。
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