第41話 ユリアヌスの恋

「ユリアン、どうしたの?最近ヘンじゃない…?」


 レイチェルがユリアヌスをとっ捕まえて、孤児院や新しい産業について昼食を食べながら相談していたのだが、ユリアヌスは灰色の夢見るような瞳をいつもより潤ませている。つまりはぼうっとしていた。


「え?えええっ、別に…そんなことない…ですよ」とレイチェルの指摘に顔を赤くした。彼はレイチェルを認めてはいるが全く恋愛感情がなく、彼女に何を言われても触られても赤くなったことなどない。噂によると彼の目の前で自称恋人の二人が殴り合いのケンカをしても動揺しないとポールが羨ましそうに言っていたくらいだ。


「うーん、絶対に怪しい…どうしたの?」

「いえ、何でもないです。それより…」

「あー、誤魔化してる!」


「恋だろ」


 レイチェルが頬を紅潮させたユリアヌスを問い詰めていると、いつのまにか後ろにニヤニヤしたロイがいた。


「コイ…恋?ユリアンが恋してるっていうの?」


 レイチェルが信じられない、という風情で言うと、ロイは座っている彼女の首に両手をまわしてもたれかかった。最近人前でも甘えてくるのでレイチェルは対応に少し困っているが、ご機嫌なロイを見てると何も言えないのだ。


「ユリアンだって人間だ、恋くらいするさ。おまえは毎日のようにユリアンに会ってるくせにわかんないのかよ。俺がずっとおまえに恋してたことも、絶対わかってなかっただろ?」

「うっ…」


(だってロイってばわかりにくいんだよ!憎まれ口が多いし、すぐに叩くし)


「…ごめん」と彼女が言うと、彼は愛しさが抑えきれなくなった様子で、「そんなとこも好きだ…」と言いながらレイチェルの顔を両手で挟んで自分の方に向け、長いキスをした。前にいるユリアヌスが気を使って横を向く。


「おっと、ユリアン、悪いな…」


 ロイがレイチェルから名残惜しそうに離れるのを見て、ユリアヌスは、


「いや、夫婦だからさ、仲良いのはいいことだって…」と目を逸らしながらモゴモゴと口の中でつぶやいた。


「で、相手は誰なの?」とレイチェルが息を整えてから言うのと、ロイが「フェリシアだろ」と言うのが同時だった。


「フェリシアなの?」


 レイチェルはロイの腹違いの妹、フェリシアとユリアヌスを脳内で並べてみた。

 彼女は活発で、先王に愛されて育ったので真っ直ぐで可愛らしい。要するに、レイチェルのようにいない。内にこもりがちなユリアヌスにぴったりだ。


「お似合いだね!でもなんで?」

「…僕、フェリシアの家庭教師をしてるだろ?先王が生きていたころはそうでもなかったんだけど、崩御されてからは寂しかったみたいで。だから気を使って相手をしていたら…」


「え、手を出しちゃったの?」とレイチェルが聞いたのでロイが頭をペチリと叩いた。


「バカ、ユリアンがそんなわけねーだろ?」とロイが睨むと、ユリアヌスも、


「だ、出してないよ!神に誓ってない!!」と顔の前で手をぶんぶん振った。


「うそうそ、わかってるって」とあまりわかってないレイチェルが言うとロイはそんなレイチェルが可愛くて仕方ないという風に頭を撫でた。


「最近フェリシアから好きだと言われてしまって…困ったなぁ…」


 彼女は母親の身分が低いので、名目上貴族の養子になってから再度先王の養子となっている。ルテティア王国では養子は珍しいことではなく、実子がいても優秀な養子が跡を継ぐこともまったく珍しいことではなかった。

 家長が絶対的権力を持つルテティアでは、跡継ぎが奴隷出身でも家の存続の為には優秀であれば養子にするくらいラディカルな傾向がある。家長の一言で跡継ぎに相応しくない息子が奴隷の身分に落とされることもあるのだ。


「ふうむ、フェリシアが適齢期になって結婚などという事なら、ユリアヌスが貴族の養子となり、フェリシアが王族の籍を離れて嫁ぐことになるだろう。それは俺も出来るだけ協力するが…」


 ロイが言いよどんだのを受け、


「そうなんです。今は認めてもらうのは難しいですよね」とユリアヌスが顔を曇らせた。


「どうしたの?」


 話の流れがわからずレイチェルが聞くと、


「…言い辛いのですが、今は先王の子供がロイとフェリシアの2人しかいない状態なんです」とユリアヌスが答えた。


「だから?」


 男二人はどちらが言うのか迷って見つめ合った。結局ユリアヌスが言えないのでロイがやけくそのように言い放った。


「おまえが俺の子供を産んだら、きっと議会に認められる、ってハナシだよ!そうだろ?」

「うっ…そうなんです」とユリアヌスは申し訳なさそうに俯いた。


 レイチェルは息を飲んだ。


(赤ちゃん…神様がお配り下さるわけでないって知ってしまったけど…どうしたらいいの?)


 レイチェルの困った顔を見、ロイはニヤリとした。


「とりあえず、俺たちが毎晩しかないな、レイ?男ならば確実に議会の承認がおりるだろう」


 ロイはからかうようにレイチェルに言ったが、これで口実が出来たから毎晩誘っても嫌われることはないと内心ガッツポーズしていた。

 アンやポールから、あまりに好きだからってガツガツと毎晩のようにしていては嫌われる、と脅されているのだ。しかしこれなら「仕方ないからしようか」といったていで誘うことが出来る。


「こらこら、ロイ。ガッツポーズしない」

「うるせ、たまたまだよ!」


 気が付いたら、ロイは本当にガッツポーズをしていて、ユリアヌスに呆れられた。


(さすがロイ、友達想いなんだ…私も頑張らないと!)


 レイチェルはロイのガッツポーズを友人の為の気合だと勘違いして二人のやりとりを微笑ましく眺めていた。




 さっそくレイチェルは男装し、アランと護衛を連れて講義の為大学にいるマルシリウスを訪ねた。


「マルシリウス先生、失礼します。相談したいことが…」とドアをノックして開けながら聞くと、先客がいた。


「これは失礼致しました、また改めてお邪魔致します」と言ってドアを閉めようとするレイチェルに、その客は、


「おやおや、これは王妃様。わたしくめが退散いたします、どうぞ」と立ち上がってうやうやしく頭を下げた。頭の頂上が丸見えになる。

 頭を冷やすためにてっぺんだけを丸く剃っているそうで、レイチェルは彼の講義のたびに学問に身を捧げる覚悟を感じて深く感銘を受ける。もちろん講義の内容も縦横無尽に分野を超えて飛び回ることで有名で、ついていくのが大変ではあるが素晴らしい。


「ベネディクト先生でしたか…あの、もしお時間あるようでしたらお二人にご相談したいのですが…」


「もちろんお伺いいたします」「入っておいで」と先生二人が同時に答えた。



「ほう…できたら男子を。それは勇猛果敢なレイ様らしいですな!とりあえず私からは神様にお供え物をして真摯しんしにお祈りすることをお勧めするが…どうだね、ベネディクト?」とマルシリウスは笑いを懸命にこらえながら共に大学で講義をする友人であるベネディクトに振った。

 彼は自然科学全般に造詣ぞうけいが深く、マルシリウスも一目置く研究者だった。


「そうでございますね…」


 友人の為に子供を、できたら男子を産みたいという王妃にベネディクトは本気の考察を見せた。マルシリウスとは違って根っから真面目なのだ。

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