第39話 ふたりから、ひとつへ

「二人は生涯において純粋と神聖を貫き、不貞を犯さず結婚生活を行いますか」


 大神官に問われてロイとレイチェルは無言で頷いた。指輪を交換して手をぎゅうっと握り合う。神殿内では神官以外は言葉を発してはいけない決まりだ。


 でもレイチェルは今すぐ話したくて仕方なさそうにロイには見えてハラハラした。エメラルドグリーンの目をキラキラ輝かせて神官に『で、いつごろ神様は赤ちゃんをお届けくださるのでしょうか?明日?明後日?』と今にも聞きそうだ。

 ロイはレイチェルの大いなる誤解を今夜どのように穏便に訂正し、コトに持ち込もうかと必死に考えていた。



「先ほど大神官の前で俺とレイチェルの婚姻が成立した。俺達はルテティア王国の繁栄の為に自由人と奴隷人の相違をなくして人民を幸せに導き、不正を犯すことなく施政を行うと誓う」


 冬の寒さをものともせずに神殿の外で固唾かたずを飲んで待っていた王国民にロイが宣言すると、大きな塊が動くように広場がうごめいて爆発した。熱狂の渦のなかから声が上がる。


「おめでとうございます、王様ー!」「永遠なるルテティア王国!」


 しかしその中でも一番大きな歓声は「王妃様、おめでとうございますー!」だった。負けず嫌いのロイは少し悔しくなって、


「おいおい、お前への歓声の方が大きいぞ」と嫌味を言った。しかしレイチェルはニヤリと笑い、


「これで学園での万年2位を返上できた」と楽しそうに返事したので、ロイは思わず笑ってしまった。悔しがりの似た者同士なのだ。




「この文言、ロイが考えたの?それともユリアン?」


 二人は王妃のお披露目の為に4頭立てのきらびやかな馬車でブルクの街をぐるりとパレードして神殿から王宮に戻ってきた。

 ずっと手を振り続けていたレイチェルはどっと疲れを感じながらベッドにどかりと座り、神殿でロイが自分にめた指輪の内側に刻まれた文字を読んでいた。


Utraque unumふたりから、ひとつへ


「おう、俺だけど。ヘンか?」

「ううん、素敵だなって。でもロイにしてはロマンチックだから意外でさ。なんか色々ありすぎて、考えちゃったよ」


 父のことを思い出して寂しさをにじませたレイチェルを見て自分の事のように辛そうにロイは答えた。彼もフォンテンブロー侯爵に好感を抱いていたのだ。


「そうだな…」




 ロドリゲス達がレイチェルの父・フォンテンブロー侯爵を殺害したことで、結婚式は3か月延長された。首謀者のロドリゲスと殺害実行者は翌日斬首刑となり、かどわかした騎士団長を含む残りは領内の僻地にある刑務労働所に送られた。一生をそこで過ごすこととなる。

 彼らが受け取るはずだった奴隷には故郷に帰るか残るかを選択させ、ルテティアに残る人には実験的に戸籍を与えた。信頼できる都市の大商人に預け、住まいを提供して奴隷としてではなく賃金が発生する労働力として派遣させた。

 その時の一番いいと思われる方法をとり、失敗を検証して修正しながら進めていくしかない。また、そういったことを進める部署には、元奴隷の家族をもつ官僚をあてた。奴隷は市民との結婚によって奴隷でなくなり市民権を持つことができるため、ブルクでは親や祖先が元奴隷である市民が結構いるのだ。

 もちろん奴隷の中でも複雑なヒエラルキーがあり、差別もあるのは承知していたユリアヌスだが、まったく理解がない官僚よりは随分とマシなのだ。


 レイチェルはアランとキキと共に父の葬儀の為フォンテンブローに帰った。悲しみに沈む領民から拒絶されると彼女は覚悟していたが、驚くことに未来の王妃として歓迎された。時は流れていたのだ。

 領地は父の弟が継ぐ手はずが整っており、死を予感した父の覚悟をレイチェルは感じた。


(父はブルクに来なければ死なずに済むってわかってたんだ…憎まれているとお互いに誤解したままでもいいから生きていて欲しかったよ)


 毎晩のようにレイチェルはフォンテンブローで泣いた。誰にも泣くところを見せたくなかった。ロイ以外には。




 彼女が両親の愛を知り、深い悲しみで包まれながらも王都ブルクに帰って来てくれて自分の隣にいる姿を見ると、これで良かったとロイはつくづく思うのだった。式が延びてお預けをくらい、密かに残念がっていたのは悲しむレイチェルには言えなかったが。


「良かったな、両親に愛されてたと知ることが出来て。もう結婚も怖くねーだろ?俺が絶対におまえを牢獄なんかで死なさないから」


 ロイの自信満々の言葉にレイチェルは最後の父の言葉を重ねて思い出して微笑んだ。父とロイ、2人に深く愛されていると思うと自分に自信が持てる気がする。


「父が私の事嫌っていないなんて思いもしなかった。憎まれているとさえ…思えば自分から父に会いに行ったり手紙を出したこともないから、愛想がない娘だとがっかりしていただろうな…」


 父の書斎には密かに描かせたレイチェルの1歳ごとの肖像画が並べてあった。彼はレイチェルの顔をちゃんと知っていて毎日見ていたのだ。それなのに自分は、と思うと情けなくて後悔しかなかった。

 そんな沈んだレイチェルの頭を撫でてロイは優しく言った。


「お前の父親はすげーよ、俺なら絶対無理だ。愛してるのに愛せないってのは、死ぬほど辛いからな…」

「あ…ロイ、ごめん。そうだよね、ロイはお母さまを早く失くして…」

げーよ、おまえだ!」


 ロイは我慢できなくてレイチェルをベッドに押し倒した。


「私?いつもロイの事愛してるし、ロイも私を愛してくれてると思ってたけど…違うの?愛してくれてないの?」と純粋な顔でレイチェルが聞いたのでロイはひるんだ。


「うぐっ…お前さ、キスの後ってどうなるのか知ってる?」


 勢いで直球で聞いたロイだったが、「ギク…し、知らないヨ?」とレイチェルは横を向いて真っ赤になった。

 その様子は、明らかにウソだったのでロイは驚いた。どうやって説明して行為に持ち込もうかと考えあぐねていたのだ。


「おまえー、よくも俺をもてあそんでくれたな!俺はずっと毎晩我慢してたのに…なんてやつだ、いつ知ったんだ?!」


 ロイの手に顔を挟まれて彼の方に顔を向けさせられたレイチェルは恥ずかしげに答えた。


「フォンテンブローでキキが教えてくれた…ユリアンが気を回してくれたの」


 確かにフォンテンブローから帰って来た頃のレイチェルの様子がおかしかったことをロイは思い出した。


(いつものように一緒のベッドに入ったがなぜか背を向けて何日か寝ていた。そういうことだったのか…てっきり自分の計画に巻き込まれた父親のことを思い出して泣いているのかと…。本当にこいつは期待を裏切らないやつだな)


「じゃあ、どうやって赤ちゃんがくるのか、わかったんだな?」


 彼ははやる気持ちを抑え、レイチェルの柔らかい下唇に指を滑らせながら聞いた。


「もちろん、神様がザクロの飾ってある扉の前にこっそり置いていくんでしょ?」


 レイチェルがニヤニヤしながら答えると、二人はゆっくり唇を合わせた。

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