第37話 挑発

「ひゃ、ロイっ!いつからそこに?」


(ロイってば図体の割にいつも猫みたいにひっそり背後にいるんだもん、びっくりするんだけど!)


 逃げ腰で立ち上がったレイチェルの肩を掴み、ロイは怒ったように言い放った。


「おまえがそんな理由で俺との結婚を嫌がっていたなんて悔しくて腹が立つ。おまえは俺を何だと思ってんだ!侮るな、俺はずっと前からレイを選んでたんだよ!それにおまえが呪われていようが魔女だろうが別にいい。おまえを后に迎えると父に報告した時に魔女の家系の話は聞いていた」

「魔女の話、知ってたの?前から選んで…?お父様は私の事知ってたの?」


 ロイは少し恥ずかしそうに、栗色の髪をかき上げた。


「学園でおまえのおさげをひっぱって泣かせた時から決めてた。エメラルドグリーンの瞳を悔しさで濡らしながら王族の俺を遠慮なく殴ったおまえにな」


(…あれって私が14歳くらいだったっけ。しかし殴られて好きになるとか、マゾなの?)


 レイチェルのけげんな表情ですぐにピンときたロイはバカにした様子で訂正した。


げーよ!俺は母を早くに亡くしたし、父は身体が弱かったからな、結婚するなら強い女がいい。お前は見かけと違って身体は強いし気も強い。学長までこぞって皆がだまされてたけど、俺はお前が巨大な猫を被ってたのなんてずっと見てたからわかってんだよ。おまえを大学に入れようとした時に父には報告した。おまえのことはいろんなところから次の王妃にと耳に入ってたみたいで、もちろん賛成してたから安心しろ。父親同士でも話していたみたいだ」

 

 レイチェルは思わずロイにしがみついた。


「…ロイ、私なんかが王妃になっていいのかな…」

「バーカ、俺はおまえしか后はいらない。それに、おまえの祖母が22年前の反乱を予知したおかげで俺はここに生きている。言うなればおまえんちの魔女の力のおかげでルテティア王国が救われてんだよ」


 そう言ったロイに、レイチェルはここぞとばかりに一方的に約束させた。


「じゃあさ、結婚式をしたら王宮から自由に外に出入りするの許してくれるよねっ?やったー、ユリアン!ロイにオッケーもらったよ」

「おいおい、まだいいって言ってな…」


 ユリアヌスは夢見るような灰色の瞳を楽しそうに揺らせて二人を見た。


「良かったですね、レイ。あなたが笑うとロイがほっとします。でも外出がダメになったらまたレイはしょんぼりしてしまいますよ…ロイ、それでもいいんですか?」


 レイチェルが抱き着いたまま見上げると真っ赤になったロイがいた。


「う、うるせー。とりあえずの間だぞ」


 不満足な様子で言うロイに向かって、レイチェルとユリアヌスは笑って同時に礼を言った。


「ロイ、大好きだ」「良かったですね、レイ」




 ロイが仕事に戻っていくと、レイチェルは先ほどまでとは打って変わって生き生きとしているのでユリアヌスは笑ってしまった。


「で、頼んだ件はどうだった?」

「はいはい、お調べしましたよ。財務長官のロドリゲス様が奴隷輸入推進に一役どころか十役も買っていますね。彼が財務長官になってから10年、この国の奴隷人口が30倍に膨れ上がり、彼の資産も天井知らずのようです。内偵によると家に金の延べ棒専用の蔵を建てたと」


 それを聞いてレイチェルはエメラルドグリーンの目をギラギラ輝かせて唇を歪めたので、ユリアヌスはドキッとした。嫌な予感だった。


「ふーん、なるほど。じゃあ、ちょっと突ついてみるか…」


 ユリアヌスは思った通りだったので手を振った。


「だ、ダメですよ、危ないのは…」

「大丈夫。丁度今夜前夜祭のパーティーがある」

「…レイはもう…全然聞かないんだから仕方ありませんね」


 止められそうにないと判断したユリアヌスは騎士団長とアランを呼んだ。王宮の付属の施設で訓練する彼らはすぐにやってきた。

 4人はテラスでお茶をしながら密談を始めた。




「まあ、なんとお綺麗な…芍薬しゃくやくのような清楚で美しいお方だという噂は本当でしたわね」「その上貞淑ていしゅくで賢いというのも本当のようね。お若いのにあの髪といい、立ち姿といい、ふわふわしたところなど一つもない。新王のご趣味はとても堅実なようだわ」「大学ご出身の優秀なお二人が王座に並ばれるとなると、このルテティア王国の将来は安泰に思えてきますわね」「本当に」「おほほほ…」


 2人が優雅に中央で踊っているのを見て皆がうっとり感嘆の声を上げる。

 結婚式の前夜祭のパーティではルテティア王国の貴族だけでなく、諸侯の代表が参加していた。もちろんレイチェルの父親であるフォンテンブロー侯爵もだ。


 レイチェルの父はまだ50代前半だというのに、もう60代後半だと言われてもおかしくない程に年をとって見えた。真っ白の髪で余計そのように見える。

『こちらが今日の花嫁の父、フォンテンブロー伯爵です』と紹介されても簡単には信じられないくらいの影の薄さだ。唯一、ルテティア王国では珍しいエメラルドグリーンの瞳が彼らを親子だと証明している。

 しかし、見ている人はちゃんと見ており、王が自分の娘の夫になるというのに彼はまったく出しゃばらずいつも通りの謙虚な様子なので、パーティ会場でのフォンテンブロー侯爵の評価はうなぎのぼりだった。

 彼はレイチェルが支度でいないパーティの初めのうちにロイに簡易な挨拶をし、ひきとめるロイを柔らかく振り切ってすぐに群衆にまぎれた。まるでレイチェルの目を避けるかのように。


「王妃さまのご用意ができました」


 その声とともにレイチェルが王座に座るロイの隣の席に歩いてゆくと、会場がしんと静まり返った。皆、王が何かを言うのをじっと待っている。しかしレイチェルは会場に向かって深くお辞儀をし、話し始めた。

 どよめきが会場を走る。

 政略結婚の道具である花嫁が王を差し置いて話すことなど考えられなかったし、皆がこの結婚はそうなのだろうと思うくらいに家柄が釣り合っていた。この結婚に恋愛が介在しているとは誰も思っていない。


「皆さま、お忙しい中お越し頂きありがとうございます。私は明日、こちらの新王と結ばれ、この国の王妃となりますレイチェル・ド・フォンテンブローと申します。今夜はごゆっくりお楽しみ頂きたいのと、一つお願いを申し上げます。

 奴隷人口が急激に増えた影響で街の治安が悪化しております。その為、来月より輸入業者から奴隷一人当たり金貨1枚を税金として納めて頂くなど、奴隷制度撤廃に向けての改革を考えております。奴隷とはつまり私たちと同じ母親の乳を飲んで育った人間です。戸籍も賃金も必要となりますでしょう。もちろん奴隷の焼き印も今後禁止致します。破ったものは罰として焼き印をその身に受けることになるでしょう。

 また、街にあふれる孤児の保護・教育施設も必要不可欠です。財源は、今奴隷を所有している方からの特別税を財源とする予定です。

 奴隷に頼っていた我が国の産業に何年かは苦しい時代が来るかもしれません。しかし、奴隷制度を撤廃して自由となった彼らが学問を修め、我がルテティア王国の新しい市民となれば人口も増えますますの発展が望めます。

 20年30年後を見据え、年若い新王とともにルテティア王国の繁栄を皆で享受しようではないですか!」


 一瞬会場が海の底のように静かになったが、誰かの拍手(ユリアヌスがパーティ会場に紛れ込ませた何人かのサクラだ)とともに会場は大きな歓声で埋められた。そしてレイチェルが新王の隣に座り音楽が流れた。

 ニヤけたロイと少し恥ずかしそうなレイチェルは静かに見つめあった。


「そうか、もう奴隷を気軽には買えないな。金貨一枚が上乗せされたら高くなるし、賃金がいるならな…」「うちで置いてる奴隷も解放して数を減らさないと、税金と賃金が高くなりそうだ」「もう無茶はできないってことですな」「そうですな、よう考えてみると今までが無法だったとも言えますなぁ。ルテティア王国が忘れかけていた勤勉と寛容を再び取り戻す時でしょう」「確かに昔からは考えられないくらいブルクの治安も悪くなってますからな。浮浪児が目立つようになって…この前なんてゴミ箱に赤ちゃんが捨ててあったのを見ましたぞ」「大学出の王と后がどれくらいやってくれるのか、お手並み拝見ですな」


 招待客の男性の間では今回の后の発言への感想が音楽のなかで交わされていた。

 その中にでっぷりした身体でひと際獰猛どうもうな表情をした男が酒を浴びるように飲み、雰囲気を壊すようにカップを机にたたきつけた。その鋭い音で周りのものがびくりとする。

 その今にも人を殺しそうな表情をした金ぴかの趣味の悪い服装の人物こそ、財務長官のロドリゲスだった。

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