第35話 赤ちゃんはザクロの飾ってある扉に配られる
「ねえ、どっかに土地余ってない?」
レイチェルが王宮に連れて来られて2週間が経った。
喪に服す期間も終わり、国は酷い混乱もなく平常運転に戻っている。それはひとえに有能なマルシリウスのおかげだ。
皆との雑談中に彼女が突拍子もないことを言い出したのでロイは警戒して聞いた。
「なんでだ?」
「孤児院を作って勉強でも教えようかなって。そのためにも大学で勉強したいなぁ…ダメ?」
王宮の離れにはロイの年の離れた妹がおり、2度ほど会って話した。活発で聡明な少女だが、まだ13歳だった。彼女の母親は離れにはいないようだ。ロイには聞きにくいし、侍女はモゴモゴごまかして教えてくれない。
要するに話が出来る相手がおらず、レイチェルは暇で暇で仕方ないのだ。だからロイはこうやってマルシリウスやポール、ユリアヌスと話す機会を毎日1時間程作ってくれている。それでも時間が有り余る。
ロイはじっとレイチェルを見てから、おもむろに答えた。
「…レイ、暇で外に出たいだけなんだろ?正直に言え」
「ギク…」
「面白いではないですか?レイなりに考えることろがあるのでしょう。ロイがたくさんの女性を囲う度量があってレイが暇でなくなるようにするというなら別ですが」とユリアヌスが夢見るような灰色の瞳をいたずらに輝かせて意見を述べた。
「ユリアン…こいつは王宮に閉じ込められるのが嫌だなけだ、騙されるな」
「しかしロイ様、最近の街には浮浪児が
マルシリウスが真剣だが内心はニヤニヤしながら進言した。大学にレイチェルが来なくなって活気がなくなり、皆が寂しがっている。
后が大学に関わることにより予算も大幅に増えて潤い、学問の発展、ひいては国力の増大につながるだろう。そんな思惑もあった。
「うっ…か、考えておく…」
ご意見番の2人に次々と畳み込まれてロイは口を濁した。
「あらあら、ロイ様が即決しないなどお珍しい。お加減が悪いのですか?」
レイチェルがわざと丁寧に言うのが嫌みったらしい。このメンバーだとネコをかぶる必要もないのに。
「おまえが…いや、いい。一度ユリアンと相談して計画書を作り、予算を出せ。それからだ」
レイチェルは嬉しそうに顔を輝かせ、「やったー!」と叫んだ。彼女の金髪は肩上で綺麗に揃えられていた。
「はあー」
ユリアヌスは孤児院の計画書と予算書を作る為に向かいに座るレイチェルの短いふわふわ揺れる金髪を見て、何度目かのため息をついた。
「なによ、ユリアン?さっきから
「早まるんじゃないよとわざわざ家まで行って忠告したのに、レイは…全く気が短いんですから。早急な計画は必ず痛い目を見るとマルシリウス先生もおっしゃってましたよね。何事も段取りが命ですよ」
ユリアヌスは遠慮なくレイチェルに文句を言った。でも灰色の眼が笑っているので、面白がっているのは間違いなかった。
「だって、まさかロイが新しい王だなんて思ってもなかったし…ユリアンが教えてくれたら良かったのに!アン様まで内緒にしてたなんて信じられないよ」と短くなった髪を触って言った。
アンからは『やっとロイが王だとわかったのですね。意外と鈍くて、こちらに滞在中は笑いをこらえるのが大変でした』とからかいの手紙が届いた。
公式の場では切り落とした自分の髪で
「うっ…ロイが『レイをびっくりさせたい』なんて可愛い事を言うものですから。そこは悪かったと自分でも思います」とユリアヌスは非を認めた。
本当はロイがレイチェルに拒否されるのが怖くて奇襲で無理にでも連れてきたのを知っているのだが、それはレイチェルには言えなかった。彼がレイチェルに関してだけは本当に自信がなくて傷つきやすい事を知っているのだ。
「うそうそ、いいよ。この髪だと頭が軽くて気持ちいいんだ。流行るんじゃない?まず私が国民に見せることで僧や神官に使える侍女のイメージを払拭できないかな?だって楽だからさぁ、女性の仕事の効率も上がると思うんだ」
2人で女性の髪を短くする効用について話していると、
「なに話してるんだよ」と不機嫌な顔でロイがやって来た。眉間に皺が寄っている。仕事が忙しくて息抜きに来たが、ユリアヌスとレイチェルが二人きりでいるのが気にいらない。
「あら、どうしたの?またヘンな顔して」とレイチェルが両手で顔を挟み、眉間を撫でてじっと見つめた。もしや本当に体調が悪いのでは、と心配している。
「ね、口開けて?」
「バカ、病気じゃねーよ」
「ロイには妹しかいないんだから心配してるの。ルテティア王国の未来は君の双肩にかかっているのだよ」
ちょっとおどけてレイチェルが言うと、ロイは少し顔を赤くした。それを見て勘のいいユリアヌスが質問した。
「もしや…ロイとレイはまだ…」
「待て待て、ユリアンっ!こっちこいっ」
何か言いかけたユリアヌスをロイが慌てて引きずって部屋から出ていった。
「はあ、まだしてないとは。しかし子供の作り方を知らぬとはレイらしい話ですね。じゃあ、彼女の言う通りの結婚式をすればいいではないですか?」
あまりのことにユリアヌスは笑えなかった。国の安定の為にも子作りはしてもらわないと困るのだ。ロイのいとこのポールは結婚さえする気配がない。しかしロイはユリアヌスの提案をすんなり受け入れようとはしなかった。
「髪がな…あれでは人前に出せまいよ」
そのロイのしぶった言い方でユリアヌスはピンときた。
「大丈夫ですって、
「…なんだ?言ってみろ」
「美しく賢い王妃を一切外に出さぬ嫉妬深い王、だそうです」
ユリアヌスは灰色の瞳を楽し気に揺らした。真っ赤になった年下のこの頭脳明晰な王は、とても
「これは結婚式の計画を無理矢理でも立てないと、いつまで経っても世継ぎがずっと産まれなさそうですね」
そう言ったユリアヌスの高速で回転する脳内ではいつ、どこで、どのように式を行うのかなどが大まかに決まっていった。
「まあ、結婚式、でございますか?」
ユリアヌスはキキの元を訪れて相談していた。
「遅ればせながらですが。前日にパーティも催しますのでレイ様の好きなものをお聞きしたくて」
「そうですか、ちゃんと式を挙げて下さるとは私も嬉しゅうございます。わかりました、すぐにお書き出し致しましょう」
ユリアンは彼女が作ったフォンテンブロー産のブルーベリーで作ったパイを食べながら、どんどん長くなるリストを呆然と見ていた。
レイチェルは孤児院と学校を作る計画に熱中していた。
予算も計上し内々に許可をもらったので、建築地を決める必要がある。毎日ブルクの地図とにらめっこし、候補を2か所に絞っていた。
「うーん、やっぱり王宮の門を増設して離れのそばに造るより、ブルク内の直轄地に新しく建てたほうが安い。この王宮から北に1マイルしか離れていない王宮用の野菜・果樹園のまだ開墾してない空き地に建てたらいいと思うんだよね…」
レイチェルがそう言うと、ユリアヌスが頷く。
「まあそうでしょうね。ただ、それですとレイが頻繁に訪れるのは難しくなります。誰か信用できる人物に任せるのがいいでしょう」
「うーん、…誰かいい人いないかな…私今から学長先生に聞きに行ってくる。先生は顔が広そうだし」とレイチェルが立ち上がったので、ユリアヌスは焦った。
「ま、待って下さい。レイは一応は王宮に后として入ったのですから、そうやすやすと出られませんよ。王の許しが必要です」
「えー、国策なのに?」
レイチェルは口を尖らせた。そのしぐさもロイが見たら可愛くて仕方なくて相好を崩しただろうが、ユリアヌスには全く通用しない。
「その通りですが、今は余計にダメです」
「じゃあ、どうなったら出やすくなるのさ」
ユリアヌスはちょっとためらってから、
「お世継ぎができれば、きっとロイもこれほど閉じ込めることはないと思うのですが…」と遠慮がちに言った。
「そっか…」とレイチェルはしかめ面を作ってから真剣に、
「まだ神様が後宮に赤ちゃんを配って下さらないんだ。いつ来るんだろう?ちゃんと神殿に二人で報告のお参りしてないから、正式な承認をもらっていないのかもしれないなぁ…離れの扉には目印のザクロが飾ってがあるんだけどね。ロイにお願いして近いうちに神殿に二人で行ってくるよ。子供が来たらここから気軽に出られるようになるよね」と言った。
ユリアヌスは「承認って…神様は役所じゃないんですから。貴女には参りましたね…」と小さな声で言って天を仰いだ。
「ずいぶん待たせたが、来週に式を挙げるぞ」
寝る前にロイが式の話をしたのは秋も近い時期だった。
「式…?即位式は先月にしたよね」
即位式では王の隣は空席だったので式場がざわめいた。臣民は噂の后を見るのを楽しみにしていたのだ。
「俺達の結婚式だ。王の隣には正式に神官どもが認めた后がいねーとな」
ロイは、自分がレイチェルを出し惜しみしている、もしくはないがしろにしていると皆に思われているのが
出し惜しみは事実だけに、余計に腹が立つのだ。誰が自分の妻をわざわざ見せびらかしたいものか、と心底思っていたが、立場上即位式のような公式の場に一緒に出る必要も出てきていた。それには大神官の正式な婚姻の証明が必要なのだ。
「えっ…以前お願いしたけど、私は二人で神殿に行って神官様に間に立ってもらい神様にお許しを頂ければそれでいいんだけど…」
「バーカ、俺は父が死んで直ぐにおまえを呼び寄せたけど、本来ならばフォンテンブロー侯爵家と王家の婚姻には盛大なお披露目のパーティと式が必要だ。悪かったな、ないがしろにした格好になってしまって…」
世の女性は結婚式と披露宴を一生で最も楽しみにしているとアンから手紙で怒られたので反省して謝ったロイであったが、レイチェルは大方の女性とは違っていた。
「うーん、お金かかるし、もったいないなぁ。パーティはなしでいいから、その分孤児院に予算まわしてくんない?」と売店で飲み物を頼む時のように軽く答えた。
「だから、そんなわけにはいかねーつーのがわかんねーのかよ!とにかく、来週だ」
「…はい」
少し
二人はいつものおやすみのキスをしてベッドで腕をくっつけながら並んで寝た。
幼少から一人きりで寝てきた二人だ、最初は一緒に寝るのがどこか不慣れで窮屈だったのだが、いつの間にか双子のようにくっついて寝るようになっていた。言い合いをした気まずい日でも布団の下ではぎゅうと手が繋がれていた。
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