第3話 あいつとの賭け
王都での寄宿舎での暮らしはキキがいない事以外は申し分なく、快適に年月が過ぎていった。週末はアランにも会える。学園の生徒も先生も横柄な部分があるが
ただ一人を除いては。
(くっそ、またあいつだ!)
金髪をぎゅっとひっつめあみにしたレイチェルは返された評価表を見て一瞬奥歯を強く噛み締めた。エメラルドグリーンの目が悔しさで燃えるように
髪は別に校則で決まっているわけでなく、ただ勉強に邪魔なのでそうしている。実際大方の女生徒は朝っぱらから髪を巻いてうねらせ、妖精のようになびかせていた。今の王都の流行らしいことは知っていたが、そんな風にしたら何をするにも邪魔で仕方ないし、何より時間がもったいない。
いっそのこと肩ほどで短く切ってしまいたいとレイチェルは思ってはいたが、この国では『髪が短い女性』イコール『神官か僧侶に使える女官のしるし』で、そんな髪形にしたらキキが泡をふいて倒れるのは間違いなかった。
彼女は王都に来た時の12歳の大人っぽい女児ではなくなっていた。立ち居振る舞いが華やかで否が応でも目立ってしまう咲き誇った
しかし中身はどうも勉強以外の部分で成長が止まっていた。人と深く関わることはなく、恋をしたことがなければ誰か憧れの人もいない。あえて言うなら育ての親兼家庭教師のキキが
「うわ~、レイってば次席?すごいなぁ、私なんて下から数えたほうが早いのにぃ」「さすが優秀で名高いフォンテンブロー家だな」
彼女の評価表を覗き見た学友達がこぞって褒めた。
「いえ、たまたまです。おだてないで下さいませ…」
レイチェルが俯きながら遠慮がちに言うと、教室の皆が「レイは謙虚だな」などと感嘆の声を上げる。
(こいつんら、毎日ここに通ってこんな問題も解けないなんて危機感はないのかぁ?お花畑に住むぼんくらばっかでルテティアはこの先大丈夫なのか…)
知ったこっちゃない、と思いつつも場がおさまると彼女はすっと誰もいない廊下に出て窓から寂しい中庭を眺めた。少し前までは素晴らしい紅葉の景色を見られたのに、今は植物が冬支度を始めている。
(フォンテンブローはもう雪景色だろう…キキは元気かな?)
彼女は小さなため息をついた。
「な~に思案顔してんだよ」
トンと軽く頭を叩かれて振り返ると、栗色の髪に薄茶色い目をしたロイが評価表を手にニヤニヤしながら彼女を見ていた。むっとしたレイチェルはほんの一瞬睨んでから、顔を笑顔に整えた。
この男はレイチェルのお下げ髪を引っ張ったことがある。その時から彼に引っ張られないようにひっつめあみにしていた。というか、そんなことをレイチェルにするのは学園で彼ひとりだけだ。
何の意図があるのか、何が気に入らないのか、いつもちょっかいを出してくる彼が苦手だった。レイチェルはなるべく目立たず人と関わらずに生きていきたいのだ。
「なんでしょうか、ロイ様?」
「おまえさ、変な顔をするな。怒ってるならちゃんと怒れ!」
(こいつヘンなとこでいつもキレるんだよな…しかしなんなんだ?大事な頭を叩くとかあり得ない!いつか闇討ちしてぶっ飛ばしてやる…)
「いえ、呆れてますが怒ってはいません」
「本当に変なやつだな…別にフォンテンブロー家ならここで引け目を感じるような家柄でもねーだろ?」
「…何か御用ですか?」
レイチェルは相手をするのも嫌でロイの質問に質問で返した。
「おまえは家柄とか
「ああ…えっと…?」
すっかり彼女は忘れていた。
「何でしたっけ?」
ロイは彼女の返事にガックリした様子で俯いたが、直ぐに持ち直し、栗色の美味しそうな髪をかきあげた。彼の髪を見ているとレイチェルはキキの作ってくれた栗パンやケーキを思い出す。山で採った栗を塩で煮て皆で楽しく殻を割るのだが、キキの目を盗んでアランと机の下でこっそりつまみ食いしたものだった。
「俺が勝ったら1日付き合うって約束だ」
(ああ、そういえばこいつ一方的に約束してきたな…でも男性と外出はアニェスが許可しないし、これは断れる。よっしゃ、ラッキー!)
レイチェルは申し訳なさそうな顔を作り、
「大変申し訳ありませんが、きっと寮母様がうんとは言わないでしょう。父が寮母様に厳しく監督を頼んでおりますので」と答えた。父のくだりは全くの嘘であったが、普通の親ならばありがちな依頼だ。
(ロイと1日一緒にいるくらいなら、図書館で本でも読みたいっつーの!)
「ふうん、じゃあその寮母が許可したらいいんだな」
ロイはさらっと言ったので、レイチェルはエメラルドグリーンの目をまん丸くした。ロイが彼女の企みを見透かしたようにニヤリとする。
「へ…?あ、はい、もちろんでございます」
「わかった。じゃあ、学園が休みになる明日後に迎えに行く。忘れずにちゃんと寄宿舎で待ってろよ」
ロイは周囲の奇異な視線をものともせず、堂々と帰っていく。学園でレイチェルに億すことなく話しかけられる男性はロイだけだった。
彼は王室の近縁らしく、レイチェルとは違った意味で学園では一目置かれていた。あまり授業を受けていないのにも関わらずいつも成績はトップだ。
レイチェルは一風毛色の変わった存在として浮いていたのだが、風変わりな彼女を面白がって皆が優しくしてくれていた。要するに育ちの違いを無意識に察知していたのだろう。
でもロイは違う。いつも彼女を嫌がらせの標的にしている。
「な…」
レイチェルが絶句して固まっていると、
「何あれ、偉そうに!レイ、言うことなんて聞かなくていいわよ」「頭を叩くなんて最低ですわ」と、王族を恐れて遠巻きにしていた女子生徒がわらわらと心配そうに教室から出て寄ってきた。
「はい…」
(しかし一方的とはいえ約束なら仕方ないな。面倒だ、どこに行こうというのか…)
レイチェルは皆にバレないようこっそりため息をついた。
「えー、レイ様っ!それはいわゆる男女のデイトではないですか?」
「いえ、違います」
「違いませんって…どのような殿方なのでしょう?」
燃えるような赤毛をぶんぶん振ってアランはレイチェルを否定した。
彼は16歳の立派な青年となっていた。
騎士団に入るための学校での毎日の訓練で胸板も厚くなり、春に入団する内定をもらえるほど文武ともに優秀だった。
彼は冬になると早く日が落ちるので、レイチェルを学園まで迎えに来て宿舎まで送り届けてくれる。王都といえども人さらいなどの事件が頻繁に起こっていた。主に子供を狙い、遠隔地に運び鉱山・農園などに奴隷として売るのだ。
「大げさね。学園の皆もワイワイ言ってました。なぜででしょうか?」
レイチェルが長くて細い指をアゴに当てて考えていると、アランはため息をついた。
「明後日ですね。私もお供します」
「アランは明後日から長期お休みで帰省するのでしょう?キキが寂しがってるわ…」
キキからの手紙はアランに帰って来なくていいと気丈に書かれているが、4年目にもなると行間から寂しさがにじみ出ていた。ずっと楽しみにしていたであろうアランの帰郷がなくなったら、キキはさぞかしガッカリするに違いない。
レイチェルはなるべく早く学園を卒業し、王都で一人暮らしをするようになったらキキを呼び寄せようと思っていた。その為に勉強を人一倍熱心にし、飛び級までしている。
レイチェルは基本的に王都ブルクからの移動を禁じられていた。頼まれても父の領地には帰りたくないが。
「お願い、キキへのプレゼントを持っていって欲しいのです」
彼女が手を合わせて愁傷に頼むと、アランは迷ったあげくに仕方なく首を縦に振った。
(アランは相変わらずチョロいな~、こいつすぐに悪い女に引っ掛かりそうだ)
レイチェルは自分を棚に上げて赤髪の朴訥な
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