第2話 王都ブルク

 ぐるりと城壁に囲まれた都市、王都ブルクにレイチェルとアランは馬車で10日かけてたどり着いた。山道だが道が良くて荷物が少ないので早い。高台から夕陽を背にした王都の全景が見えた時、レイチェルは思わず息を飲んだ。


(広大なオッピドゥム城砦都市!フォンテンブローとは比べるまでもない経済力、これがルテティア王国の心臓か…。父がビビって人質を出すのもわかる気がするな。しかし、籠の鳥であるのはここでは皆同じッてわけか。王もしかり…フフッ)


 城壁の巨大な門でアランが侯爵からさずかった通行手形を見せると、直ぐさま門は開けられた。

 レイチェルのエメラルドグリーンの目が興味でらんらんと輝き、窓から身を乗り出した。なんせ片田舎からいきなりの王都だ、仕方のないことだがとても良家の子女には見えない。


「さすが侯爵の通行手形ね」とレイチェルは浮かれて輝く金髪を馬車の窓からなびかせてキョロキョロ周りを見た。もうすでに門は閉められている。


「危ないですって、レイ様っ」


 アランは彼女の頭を窓から出させないのにしばらくの間苦労した。何かにぶつかったら来て早々大変だ。


「しかし、フォンテンブローの領地から出る際もあんなこそこそとレイ様を通らせるとは…まるで厄介者を追い出すみたいじゃあないですか。オレは悔しくて仕方ありません!」


 アランは怒ると自分のことをオレと言う。すぐ熱くなるところはキキにそっくりで、レイチェルは彼女を思い出して目頭がじんじんしてきた。


(あのおデブさん、今度会うときにはきっと痩せてるだろな。なんせ私たちのご飯を毎日作りすぎて、残りを全部食べるんだもの…キキ、もうすでにあなたに会いたいよ…)


 レイチェルは泣きそうなのをごまかすように明るく言った。


「目立つと襲われるかもしれないとお父様は気を使われたのでしょう…」


 レイチェルは領地の不幸の象徴であった。

 戦勝や豊作など良いことがあると領主の手柄だが、隣国からの侵略・不作や流行り病など悪いことは全てこの呪われた娘が生きているせいだと噂されていた。危険を避けるために身分を隠して今まで暮らしていたくらいなので、皆の前に姿を現す気にはとてもなれない。


「本当にレイ様はお人好しでいらっしゃる…しかし私は心配でなりません。寄宿学校で上手くやっていけるでしょうか?女性ばかりなのはある意味安心ですが…」と心配そうなアランは希望に満ち満ちた彼女を見た。


「まぁ、なんとかなるでしょう」

「はあ…」


 ニコリと笑ってレイチェルが言うと、アランは生まれた時から毎日そばで見ているにも関わらず美しさに見とれてしまうのだった。




 王族や貴族、領主などの子女が通う緑に囲まれた学園は王都のど真ん中に位置していた。レイチェルの父の住む城よりも規模が大きく立派なしつらえだ。そこから馬車で少し離れた寄宿舎に着き、二人は降りた。こちらも立派な建物だ。


「では私はここで。騎士団に入って出世致しますのでどうかそれまでお元気で…」とアランはいっぱしの騎士のように片膝をついてレイチェルに別れを告げてきたので、彼女はぶっ飛んだ。


(バカっ、それって何年先になるのよっ!出世するかもわかんないのに、アランってばずっと私に会わないつもり?それより私はせっかくの王都を楽しみたいっての!こちとらずっと山育ちなんだからねっ)


「出世なんていいの。それよりもお休みの日には顔を出して頂戴。アランに会えないなんて寂しいわ…キキにも私の様子を伝えて欲しいし」


 愁傷にレイチェルが頼むと、別れる寂しさでうなだれていたアランはパァッと顔を輝かせながら頭を上げた。


「宜しいのですか?わ、わかりましたっ!では下調べして王都をご案内いたします」


(やった!いつ死ぬかわかんないし、せっかくの都会を楽しまないとねっ!)


「ありがと…アラン、頼りにしてます。待ってますから」

「レイ様…」


 アランの赤髪は夕陽に染まってますます赤くなった。




「今日からお世話になります、レイチェル・ド・フォンテンブローと申します」


 キキに教わった通り優雅に頭を下げた。

 寮母は痩せぎすの40代前半くらいの真面目一辺倒な女史だった。真っ黒の髪は一筋も乱れることなく後ろにギチギチにまとめられている。肌がほぼ見えない濃いグレーの衣服に黒いタイツを身に着けていた。

 彼女の気に入らないことがあれば直ちに親の元に報告が行くのだろう。


(うっわ、キキと全然違うタイプ…この看守寮母の前では至って大人しく真面目でいたほうが得策だな。彼女の理想を演じれば間違いないだろう)


 寮母はじっとりと変温動物の目でレイチェルを眺めた後、お眼鏡にかなったのか急にとってつけた笑顔を作った。


わたくしアニェスと申します。わからないことや不安がおありでしたらいつでもご相談下さいませ」


 アニェスは彼女を部屋に案内した。有力な侯爵の一人娘だ、とてつもなくわがままなのが来ると思っていたのがありありと伝わって来た。


「レイチェル様のお部屋はこちらです。荷物を置かれ着替えられましたら、先程ご案内した食堂までいらっしゃて下さい。お食事の用意をすぐに致します」

「ありがとうございます、寮母様」

「私の事はアニェスとお呼びください」


 レイチェルは美しい金髪が床に付きそうなくらい深いお辞儀をし、


「はい、アニェス様」と答えた。


 アニェスはあまりの可憐さと従順さに驚いたように目を見開き、満足そうに部屋を出て行った。


(あいつはしておけば大丈夫だな…さて、とりあえず…)


「疲れたぁー!」


 一人きりになったレイチェルは、残っている幼さを前面に出し、天蓋付きの重厚なベッドに勢いよく突っ伏し、白く細い手足を思いきり伸ばしてばたばたさせた。金色の長い髪がベッドに放射状に散らばった様はとても神秘的で美しい。

 ずっとレイチェルはキキに頼んで髪をふたつお下げに作ってもらっていた。しかし家を出てからというもの編み方がわからず、邪魔だが仕方ないので下ろしているのだ。


(こんな広くて素敵な一人部屋で毎日過ごせるなんて…人質万歳っ。とりあえずこの場所で大人しく生きていけば牢獄で惨めったらしく死ぬことはないだろう)


 ずっと山奥の石造りの家で暮らしていた彼女は、旅でいろんな興味深いものを見過ぎて疲れていた。目を閉じると、すぐに眠りの世界に引きずり込まれていった。

 大人っぽいとはいえ、やはり12歳の少女なのだ。

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