暗い世界
美優は視界が無いながらも自身の意識が戻ってきたことに気がついた。だが何故か目を開けようとしても開かない。まるでボンドで固められたかのよう。
あれ?と首をもたげようとすると優しげな声が響き渡る。
「斉藤さん。現在貴女は死後の世界を見れる状態にあります。ちょっと私の能力の関係上1年以上先は見れませんが、それまでならば時空を越えてどの視点でも閲覧することが可能となっております」
「それって十分凄いし……それより、今真っ暗なんだけど」
「今は時空の狭間にいるので視界が奪われています。これから貴女が念じればその時空と視点へ飛ぶことが可能なのですが、1つ注意点があります」
「注意点?」
「注意点と呼ぶほどでもないんですが、今の貴女に実体はありません。物に干渉することができないのは勿論その逆も然り、そして……誰も貴女を認識することもできません」
「つまり……見えないってこと?」
「ええ、それを念頭に置いておいてください。それでは、死後をお楽しみ下さい」
それを最後に男の言葉は途切れた。
美優の理解を越える出来事が起こりすぎてちょっと混乱していたが、とりあえず見たいものを見てみることにした。
(……楽しめるわけないけど)
急な光が目を焼く。
思わず顔をしかめて目を閉じてしまったが、少しずつ慣れてきたところでゆっくりと開いていく。
(……ほんとに念じたら来れるのね)
そこは何の変哲も無い住宅街だった。
人通りが多いわけでもなく、道端でマダム達が会議しているわけでもない……極めて普通だった。
少し辺りを見渡した美優は歩き始める。
(変わってないなぁ……そりゃそうか)
誰に需要があるかわからない古ぼけた薬屋、よく地元の子にコロッケをプレゼントしている惣菜屋、老朽化が進んでそろそろ取り壊されると言われてる小学校。
全てが美優にとって見慣れたもの。何度も何度も目にしてきたものだった。
ここは、彼女の生まれ育った街だ。
現在の時刻は大体正午。生憎天気が良いわけではないので太陽は少し雲に隠れているが、それでもいつもは良い雰囲気が街を包んでいた。
が、ちょっと何かがおかしいと美優は気付いた。
(いつもより人通りが少ないような……いやいつも多いってわけじゃないけど、それでも……それに)
何だか、すれ違う人全ての顔が暗いのだ。
今まで住んでてこんな事は一切なかったはず。少なくとも自分が見てきた住人は皆陽気で笑顔を向けてくれていた。
見えないところでこんな表情で皆過ごしていたのではないかと言われると答えようもないが、少なくとも美優はこんな暗い街は知らなかった。
(たった1週間先なのにこれは……)
どういうことなのかと、近くを通りかかったよくお世辞を言ってくれて自分を可愛がってくれた近所のおばさんに話し掛けようかと思ったが、ここに来る前にソルが言ったことを思い出す美優。
実体もなく干渉もできないならば勿論声も届くはずもない。
(……見てられないわ)
唇を強く噛みたくなる気持ちを抑え、美優は次に見るべき場所を念じた。
聞き慣れた予鈴の音が響き渡る。
教壇に立っていた教師は、教材を持ちやすいように手早く重ねていく。
「……5限は体育だから、遅れないように」
そう大きくない声で軽く言ってすぐ教室を出ていった。
美優はまた首を傾げてしまう。
あの教師はこのクラスの担任で数学担当。理系の人とは思えないくらいの結構な熱血漢だった印象がある。クラスにイヤと言うほど干渉してきて、一部の女子からセクハラ教師扱いされたこともあるくらいだ。
かくいう美優も『おはよう斉藤! 今日も良い天気だな!』とかほぼ毎日話し掛けられてちょっと鬱陶しめに感じていた。
そんな教師が暗い表情で冷たい声色でクラスのみんなに声掛けていたのだ。
流石の美優も街の様子も含めてその理由を推測することができた。
(多分、みんな知ってしまったのね……)
クラスの雰囲気からもそれを察してしまう。
クラスのムードメーカーでみんないつも明るい笑顔を振り撒いて先導し、美優には虫を見るような目で毒を吐いた
そんな三浦の彼女であるとっても真面目でみんなの人気者でクラスの委員長にも推薦され、汚水をかけたり他の女子と共に暴力を振るってきた
というかこの2人に限った話ではなく、教室のみんなは何処かしら皆変わっていて、特に目についたのがこの2人だった。
この2人はいつもクラスの中心だった。
体育祭はもちろん、文化祭や遠足。学校行事やその他のプライベートに至るまでほぼ全部この2人を中心としてやってきた。
──美優に対するイジメもその全てには含まれている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます