真・ex

「そう言えば、そんなこともあったねぇ…お互い若かったなぁ…」


 それは妻と子供と三人で朝食を頂いていたある日の朝の事だ。

 不意に思い出して、或る日の討論の話題を振った結果のリアクションがそんな感じで玉虫色の嘆息めいたものだった。

 美桜ミオウはソースに覆われて白色の部分が殆ど残っていない目玉焼きに箸を入れながらそう言った。


 俺は醤油を適当に足らしながら、思い付くままの言葉で相槌を打つ。


「その後見た映画の内容は覚えてないけど、そういうくだらない会話って意外と忘れないもんだよな」

「そうね。確かディズニー映画だったと思うけれど、何だったかな?」

「そうだっけ? ジブリじゃなかった?」

「いや、多分ディズニーだったと思うんだけど…」


 とまあ。

 かつての血気迸った若人たるかつての俺たちならば、ここでまたぞろ論争になったのだろうが、流石にお互いが歳を重ねれば個人的にもそれなりに落ち着くし、二人の人間として関係もほどほどに成熟して円熟していく。


 或る日の自分達とは決定的に違う「何か」が胸の奥でチクリと痛むのを感じながら会話を進める。 


「ちなみに麻央マオは?」


 俺は娘の名前を呼び、妻にも尋ねる。

 小学生になったばかりの愛くるしい少女は小生意気な表情で――口元に幼稚な食べカスをつけたままで――年齢にそぐわない様子で何処かシニカルに笑った。


「んーっとね、まお的にはタルタルかな? ソースもしょうゆもなんか昔っぽい!」

「んっ?」

「おっ?」


 とっさに出た感嘆符が重ならず、別々にものが個別に生まれる。

 妻と顔を見合わせれば眉間にはシワが寄っており、笑顔の裏に怒気を隠している。恐らくは俺も似たような表情をしていることだろう。


 とすれば…。


「いい? 麻央は賢いからママの言うことが分かると思うんだけどね?」

「なあ? 麻央は聡い子だからパパと同じ意見になると思うんだがな…」


 まだまだ若いというよりも、幼さと経験不足故に知らない娘を懸命に諭す為に言葉を尽くそうとする教育熱心な親が二人同時に出張る。


「おっ?」

「ぬっ?」


 またしてもタイミングがカチ合い再び顔を見合わせる。

 よろしい、ならば戦争である。


「はいっ! という訳で第245回、家族会議を始めます!」


 美桜が高らかに開会の宣言したところを眺めながら俺は思う。

 こういう甘っちょろいファニーウォーがずっと続いてる間は、きっと世界は程々に平和なのだろうと。


 仮にそうでなくとも――少なくとも我が家の状態がこのままならそれで良い。

 惰弱で軟弱で脆弱な、他者から見れば一笑に付されるどころか下手したら唾棄される様な身勝手さだが、俺はそう思う。

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軟弱なサニーサイドストーリー 本陣忠人 @honjin

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