どこか変な大橋さんの話。
「ーーって、何?大橋さん。さっきからジロジロと見てくるのもそうだけど、そこ私の席なんだけど?いい加減退いてくんない?」
ジロッと椅子と共にひっくり返っていた俺から視線を外した小川さんは、次に自身の席に座る大橋さんに目を向けてそう口にする。
これは少しの間一緒にいて分かった事なのだが、小川さんの不機嫌には二種類あり、先程俺と話していた時のぶっきらぼうは比較的マイルドな方の表面上での不機嫌。
そしてもう一つのは、たった今大橋さんに向けている視線と声色の本当に不機嫌な時にしか見せない威圧感を伴う不機嫌だ。
「(この状況になった時はホント大変だったんだよな……。朝の忙しい時間に洗面台にハンドソープをブチまけた俺が悪いんだけど、あの日は学校でも威圧されるしで……。マジで生きた心地しなかった。)」
その後、彼女に謝り倒した上で、晩ご飯に小川さんの大好物だと聞いた竜田揚げを食べさせる事で事なきを得たのだが……。
当然ながらここに竜田揚げなどないし、そもそも俺に対しての不機嫌ではないので、俺が何かをしてこの不機嫌な状態が解消されるのか分からない。
すると、小川さんに威圧されて少しだけ気をされた様子の大橋さんだったが、「な、なななな……。」と、若干震える声でなななと壊れた機械のように繰り返している。
これには対面する小川さんも不機嫌な表情の中に困惑の色が見てとれたが……。
次に口を開いた彼女の言葉で、完全に不機嫌から困惑へと塗り替わる。
「な、何で……。中峰くんとそんな親しげな雰囲気なんですか?少し前までは彼の事を気にする事もなかったと言いますか……。
むしろ、邪険にしていた位じゃありませんか?それなのに……。どうして……?」
「は?どうして……って、別に今までと何も変わんないけど?てか、もし仮にそうだとしても……。それこそ、アンタに何の関係があるの?別に私が中峰にどういう態度でいてもアンタには何の問題も無くない?」
「そ、それは……。そうですけど……。で、でも!その……。そうです!中峰くんの友人として見過ごせないといいますか……。」
「ん?なら、態度が良くなってるように見えたんだし別にいいんじゃないの?」
「うぅぅ。だから、その……。急にあなたの態度が軟化したのが怪しいんです!だから、私が友人の心配をしたとしても何もおかしくないです!そ、そうですよね!中峰くん?」
「えぁ!?そ、そうですね?その……。わざわざご心配ありがとうございます?」
すると、どこか様子のおかしい大橋さんが小川さんの俺への態度について、しどろもどろになりつつ言及するが……。
小川さんが言ったように、態度が悪化するなら問題だが、むしろ大橋さんからは軟化したように見えているようなので、何の問題もない。問題がない筈なのだが……。
「(な、何か……。大橋さんが猛烈に俺の心配をしてくれてる…のか?さっきも大丈夫だって言ったけど……。小川さんの顔を直接見ると不安が再燃したとかか……?)」
正直、俺も小川さんと同じ感想で大橋さん側に何か問題があるのか?と考えてしまうのだが、彼女が食い気味に『何もおかしくないですよね!?』と言い募るので……。
それ以上俺から何か言う事はなかった。
そう。俺の口からは何も……。
「えっ!?それって……。大橋さんが小川さんに嫉妬してるって事……!?だって、小川さんの態度が軟化して困るのって……。そういう意味でしかないよね!?」
「そ、それは……。そう…だね。まさかあの噂がホントだったなんて……。
最初はAI逃れのズルをしようとしてるって言われてたけど……。小川さんへの当たりの強さとか中峰のすぐ近くに現れる所とか。もう、そうとしか見えて来ない…ね。」
「えぇ、でも何であの大橋さんの想い人が中峰なの?正直中峰って微妙って言うか……。大橋さん程の美人には合わなくない?
ほら、AIには最初、鷹宮くんの名前で出たんでしょう?それならやっぱり鷹宮くんの方が大橋さんにはお似合い……。ひぃ!?」
すると、案の定こちらの様子を伺っていたクラスメイト。近くでチラチラこちらを見ていた女子生徒たちが、皆口々に大橋さんの挙動不審について言及し始める。
嫉妬だとか噂の真偽だとかについて口にしているが、若干一名、自覚せずにに小川さんの地雷を見事に踏み抜いて、彼女からの凍てつくような視線を受けて悲鳴を上げている。
本人に悪気があって言った訳ではないのだろうが、小川さんの前で直輝に関する話はこのクラスの中では基本的にNGである。
直輝の運命の相手に選ばれなかった事もそうなのだが、やはり一番はそのお相手が何かと小川さんとは相性の悪い大橋さんであり、尚且つその大橋さんがその話を自ら蹴っているというのが……。色んな意味で小川さんの機嫌を損ねる可能性が高過ぎるのだ。
そんな事が分かりきっている状態でわざわざ自分から地雷を踏みに行こうとする
だからこそ、そんな地雷を見事に踏み抜いてしまった女生徒は小川さんからジロッと睨まれてしまい、あわあわと大変に居心地の悪そうな様子であり、周りの生徒たちも自分にその怒りが飛び火するのを恐れてからか誰も声を上げる事が出来ないでいた。
だが、このまま不機嫌な状態で居られると俺の精神衛生上よろしくないので……。
「あの、小川さん。」
「何?」
「晩ご飯、サイゼリヤ行きましょうか。」
「…何で?」
「昨日、テレビでカタツムリの事やってたのをふと思い出しまして……。」
「それ、梅雨の時期はカタツムリが多く見られるってやってたやつでしょ?あれでエスカルゴが食べたくなるのヤバいって。」
「じゃあ、自分だけエスカルゴ食べに行ってもいいですか?話をしていたらやっぱり今日食べに行きたくなりました。」
「はっ?何勝手に決めてる訳?私も食べるしドリア。あと、チキンにシュリンプも?」
「小川さん。ちゃんと野菜も食べないとダメですよ。いくら外食でも多少はね?」
「はぁ……。中峰がママみたいな事言ってくるんだけど。まあ、いいや。晩ご飯はサイゼで決定だかんね!勝手に行くなよ。」
そうして、何とか小川さんの機嫌を回復させて、ついでに晩ご飯に人生で初めてのエスカルゴを食べる事が決定した。
俺としては彼女の機嫌ひとつでその日の俺の過ごしやすさが変わる為、特に地雷を踏み抜いた女生徒を意識する事なく小川さんの機嫌を戻したつもりだったのだが……。その事がクラスである変化をもたらして?
ーー次話へと続く。ーー
運命の相手が自分のことを嫌っているクラスメイトだった話。 リン @28118987
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