新しい日常の形。不思議な気持ちの話。
「……っで、実際どうなん?寮での生活は?引越し初日からお前の泣き言のLINEが鳴り止まなくて迷惑していた俺には、その後について聞く資格はあると思うんだが?」
「……黙秘権を行使しても?まあ、お前が心配するような事にはなってないと言えるけど、上手くいってるかは……。どうなんだろ?」
ーー小川さんの事をちゃんと知りたいと思うようになってから早数日。
俺は登校して間も無く、親友である
だが、俺が曖昧な回答をしてしまうのは、自分でも現状が上手くいっていると言っていいのか、正直よく分からないからである。
「(うーん、あの日から一日一回以上は小川さんと会話をする生活を続けているし、相変わらず不機嫌な時も多いけど……。ちゃんと会話をしてくれているんだよな。だから、そういう意味では上手くいってるって言えるけど……。別に友達になったとか気安い関係になった訳じゃないし、そもそも一応は俺と小川さんはカップリングとして指定されている訳だから、ただ会話をするだけじゃ……。スタートラインにすら立ってないのでは?)」
しかし、俺が曖昧な回答をした事を心配に思ったのか……。「小川さんは良い人だと思うけど……。本当にしんどいならすぐに言えよ?」と、直輝が俺に声を掛けてくれる。
直輝の言葉はありがたいが、先日の彼女のからの言葉もあり、ちゃんと彼女の事を知りたいと今は思っているので……。
やはり、誤魔化すように笑って、「大丈夫。意外と上手くいってるから…さ。」と、改めてそう口にした所……。
「本当ですか?正直、中峰くんとあの人ではあまり上手くいっていないように思えます。
昨日だって、中峰くんと話している間、ずっと不機嫌そうな顔していましたし……。話だって、中峰くんが振った話に最低限応えているだけのように見えましたしね。」
「……あの。すごい自然な感じで入って来ましたが……。大橋さん。いつからそこに?
あとダメとは言いませんけど、その席は小川さんの席なので……。小川さんが来るまでに止めないと怒られちゃいますよ?」
「ん?私は先程からいましたよ?それに気が付かないなんて……。やっぱり中峰くん。あの人との生活がストレスで少し疲れてるんじゃありませんか?私に何か手伝える事があればお力になりますので……。」
「えっと……。ま、まあ……。その時はお声掛けさせてもらいますね。でも、今の所ストレス何て感じてませんし、むしろ小川さんには多少気を遣ってもらってる位ですから。」
唐突に会話に割り込んできた女生徒の声。その声に思わず『またか。』と思ってしまったのは……。俺だけではない筈である。
別のクラスである筈の大橋さんは、直輝と俺の会話に割り込むような形でこちらに声を掛けてきた上、流れるような自然な動きで俺の隣の席である小川さんの椅子を引いて、あたかもそこが自分の定位置だと言わんばかりにシレっと着席すると、何事も無かったかのようにこちらとの会話を続ける。
ここ数日でこれに近い光景をよく見るようになってしまっているのだが……。これが中々に心臓に悪いのだ。
それが意識してなのか、はたまた狙ってなのかは定かではないのだが……。
大橋さんはいつも神出鬼没に現れては俺に声を掛けて来ており、正直憧れの人云々を抜きにしても、唐突に人から声を掛けられたような感覚に近くてとても驚いてしまう。
しかも、それが割と高頻度でなおかつ時と場所を問わず発生するイベントのようになっているので、思わず『またか……。』と感じてしまうようになっているのである。
「(だけど、冷静に考えると……。今のこの状況って色々とヤバくね?学校でも1・2を争う美人である大橋さんがわざわざ俺を尋ねて来てるのに、それに『またか……。』って感じてるって……。そこだけ切り取ると、マジでお前何様状態だよな。その上で美人で有名な小川さんが運命の相手だって言うんだから。本当に意味がわからないな。今の状況。)」
ふと、現状を振り返って考えてみると、自分でも言うのも何だが最近の俺はおかしい。
身の回りの変化もそうだが、俺自身の気持ちも前までとは少し違うような気がする。
以前と同じように自分にあまり自信がないのは……。正直何も変わらないのだが、小川さんに言われた事もあって、自分から変に相手に遠慮したり、自分とは違う存在だと遠ざけたりする事は無くなった。
だからと言う訳ではないのだが……。こうして、大橋さんとも定期的に会って話をする事を続けており、それによって周りからは大橋さんが実は昔から好きだった相手が俺であるという誤解が浸透してしまった。
そのため、足繁くこちらの教室まで大橋さんが訪れて俺に話し掛けるこの光景も、徐々にクラス内では受け入れられつつある。
(ーーとは言っても、女子は好奇の目で、男子は『何でお前が?』と言った視線を多く注いでくる事には変わりがないが……。)
すると、俺がボンヤリとしているのを心配したのか……。俺の目の前で大橋さんがひらひらと手を振り、「うーん、やっぱり中峰くん疲れてます?」と、眉をハの字にしてこちらをズイっと覗き込んでくる。
そのため、いくらボンヤリしていたとは言え、唐突に大橋さんの整った顔が眼前に近付いた事に驚いた俺は、「あわっ!?」と何とも情けない声を上げて、ドカっと椅子から転げ落ちてしまう。
咄嗟の事ではあったが、何とか受け身を取る事が出来て、危うく俺は怪我を免れた。
すると、朝の教室にドカっと衝撃音が響いた為、一瞬にして辺りの喧騒が鎮まり、瞬間的にこちらへと視線が集まるのを感じる。
「(うわ、恥ずかしい!高校生にもなって椅子から転げ落ちたのもそうだけど……。女の子に近付かれて、それに驚いて情けない声を上げてしまったのが一番恥ずかしい!)」
俺は内心、顔から火が出そうな程色んな意味で動揺していたのだが……。
突然の事で呆然とした顔の大橋さんが、ようやく何か口を開こうとしてーーガラガラ!
「おはよー。朝から忘れ物しちゃってちょっと遅れちゃったー。寮だからすぐ戻れたけど、これが家だったらヤバかったかも……。
……って、ん?中峰。何してんの?そんな尻餅ついた感じで倒れて。アンタモッサリしてるだけじゃ飽き足らず、ドジっ子属性まで持ち合わせてんの?ほら、制服汚れてる。」
「あっ、いえ。ありがとうございます。でも小川さんこそ、昨日の晩御飯の残りで作ったお弁当忘れたじゃないですか。今朝も自分が先に出る前に確認したのに忘れる何て……。」
「はあ?そんなんしょうがないでしょ。私はアンタと違って色々準備とか必要な事が多いんだから……。寝癖も治さずに学校に行こうとしてた奴とは違って朝は超忙しいの。」
「うっ、身嗜みに関しては反論出来ない。
ま、まあ……。ドジっ子属性かは分かりませんけど、これは驚いてコケてしまっただけですから。ご心配ありがとうございます。」
「ん。気をつけな。アンタが危なっかしいままだと、私まで落ち着かないから……。
……って、何?大橋さん。さっきからジロジロと見てくるのもそうだけど、そこ私の席なんだけど?いい加減退いてくんない?」
すると、俺と少しの言葉を交わした小川さんの視線が、今も尚彼女の席で固まっている大橋さんの方へと向いて……。
ーー次話へと続く。ーー
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