言いたい事程、口に出す前に飲み込んでしまう話。

 

「とりあえず、話を軽くまとめると……。俺は上手い事ゆりちゃんさんに利用されて、結果的に今のこの状況を作り出したのは、ゆりちゃんさんによる大橋さんの毎を思っての行動だったという……。最終的にはそういう理解でちゃんと合っていますか?」


「……そうだね。最終的には私の思い通りになったというのは事実だし、私が黙って君の事を利用した……。と言うか、現在進行形で君のことを利用しているという事は紛れもない事実だよ。だから、私はそれを無責任に否定したりはしない。予め君からの了承を得ずに利用したのは事実だから、君に非難されたとしても……。それは仕方のない事だ。」



 彼女の真剣な眼差し。俺はたった今、これまでの経緯を含め、大橋さんに関わる話や彼女の為にしていたゆりちゃんさんの諸々の行動などを聞き終えたのだが……。正直な所、その予想以上のスケールの大きさに、唯々俺は彼女の話に聞き入ってしまった。



 そして、彼女の話の内容を軽くまとめると大体こんな感じの内容だった。


 ・そもそも、俺が大橋さんをずっと見ていた事をゆりちゃんさんは先に気付いていた。


 ・そして、それについて大橋さん本人に気付かれるのも時間の問題であり、丁度その頃から大橋さんがAIによる『運命の相手』の決定についての不安を口にしていた。


 ・だからそのタイミングで、ゆりちゃんさんは俺がゆりちゃんさんに気があるという話を自らウワサとして内々で流して、俺が見ていたのはあくまでもゆりちゃんさんで、そのゆりちゃんさん本人もそれに対し満更でもない演技をする事によって、周りや大橋さんに俺の存在が問題ないと思わせる。


 ・それから、大橋さんが本格的に『運命の相手』を知る日まで時間が無くなり、判断能力が鈍ったタイミング……。具体的にはその日の前日、もしくはその日の当日位までに、俺の存在を利用する事を大橋さんに持ち掛けて、それに乗っからせる。


 ・最後になりふりかまわず俺に両想いの相手役を頼んで、その提案が成功した事を確認すると、最初に流した俺の情報は勘違いで実は大橋さんの事を好きで見ていたと……。

 これまでから一転したウワサを自分で積極的に流し、それに満更でもないという自分の立場と完全にフリーでAIの決定対象となる大橋さんの立場を、その一手によって完全に入れ替える事に成功したのである。


 ・そして、大橋さんの友人たちの内で広まったウワサはその後に一気に広まり、昼休みの一件を含めてそのウワサの信憑性を増す結果へと繋がり、学校からの確認調査を上手く切り抜ける事が出来たようである。



 しかも、この計画の何が驚くべきかと言うと、これを行う事によって何か損をする人間がほとんど誰もいないという事である。


 大橋さんは勿論、運命の相手の選択から外れるし、俺も観察(ストーカーに近い行為)をしていた事を大橋さん含め、周りの生徒たちに悪印象としては認識されず、むしろその行為がそのまま周りにバレて、変質者の汚名を背負わずに済んだという位である。



「(だから……。ホントに損してるのはゆりちゃんさんだ。大橋さんの為とは言え、同級生に自意識過剰なふりをし、それが自分の勘違いだと言って恥をかいてるんだから……。

 そう考えると俺はこの人に感謝こそすれ、勝手に利用されたなどと非難するのは、それこそお門違いと言わざるを得ないよな。)」



 すると、そのようにして少しの間黙り込んでしまった俺に対して、ゆりちゃんさんは少し申し訳なさそうな顔をして、「いや……。そんな言葉遊びよりも、先に私は君に勝手した事を謝るべきだったね。」と言い、深々と俺に対してスッと頭を下げてくる。



「その……。何も言わずに、今回君の事を巻き込んでしまって本当に申し訳なく思う。

 あまりこういうのに慣れていないのだけれど、やはり君に迷惑を掛けた……。というより、掛けるかもしれなかった事は素直に謝るべきだと思う。その……。ごめんなさい。」



 そして、俺が何も言えずにいたのも悪かったが、ゆりちゃんさんはホントに申し訳ない様子で、こちらに真摯な姿勢で謝罪をする。



 ーーと、流石にこのタイミングで俺は正気へと戻り、今更ながらに「あ、頭を上げてください!」と、俺はゆりちゃんさんに慌てて顔を上げるように声を掛ける。


 先程も考えた通り、俺はこの人に感謝こそすれ、このような形で、俺が彼女に謝罪をされるなんて事はもっての外である。



 だから、俺はとても慌てていた事もあり、ゆりちゃんさんの手をばっと握ると……。驚く彼女を前に、俺は彼女が何か言うよりも先に勢いよくガバッと頭を下げる。



「いえ……。それよりも、俺の方こそすいません!何も知らなかったとは言え……。俺、何の手伝いも出来なくて。

 それに今回の件、ゆりちゃんさんは多方に迷惑を掛けないよう、自分だけ損な役割を買って出てるのは明白なので……。俺はあなたに感謝こそすれ、このように謝罪を受けとるような立場にはないと思います!」


「だ、だが……。私の都合で巻き込んでしまった事は紛れもない事実だし……。それに!私が君をこんな形で柚希に関わらせてしまったせいで、君から柚希に想いを伝えようとしても。その……。かなり難しく……。」


「そうですね。でも俺の場合、この方がよかったのかもしれません。俺はその……。大橋さんの手助けが出来るだけで十分なんで。

 だから、もう気にしないでください。の方が、俺にも……。それに大橋さんにとってもいいと思いますから。」



 実際、俺だって分かっているのだ。どれだけ俺が憧れて、大橋さんとの距離が近くなったような気がしても……。その気持ちを彼女に伝えるのはただの迷惑だって事くらい。


 これは比喩表現でも、誇張表現でもなく、俺と彼女とでは、文字通り住む世界が違う。


 例え彼女のほうから俺に歩み寄ってくれたとしてもどうしようもない。埋められない隔たりが俺と彼女との間にあるのだ。


 だから、俺は……。憧れの人の力になれるだけで良かったのだと、心の中でそんな言い訳をして、自分自身に言い聞かせる。



 すると、俺の言葉に少しの間押し黙ってしまったゆりちゃんさんは、どこか難しそうな顔をした後、「……分かった。でも、とりあえずありがとうとだけは言わせて欲しい。」と言って、彼女は改めて俺に対して感謝の言葉を口にするのだが……。


 時間が過ぎ、少しだけ薄暗くなってきた夕暮れ時の空を背にして、彼女はまだ俺に何か言いたげな顔をして口を開くが……。彼女が俺に何かを口にするような事はなかった。



 そしてその後、俺とゆりちゃんさんは一言二言だけ言葉を交わして、それぞれ大橋さんに関して助け合うと約束し、別れを告げる。


 結局、ゆりちゃんさんという呼び名は言いづらいし、同級生にちゃん付けは冷静に違和感があるという事で、そこから『ちゃん』を引いて、『ゆりさん』と呼ぶ事になった。


 しかしながら、俺自身、今後自分から大橋さんやゆりさんに積極的に関わる事は無いだろうし……。きっと、俺の力が必要になる状況にはならないだろうとその時は思った。



 だが、俺に別れを告げたゆりさんは、妙に力強い口調で「また、会おう。」と言って、わざわざ自身の連絡先(LINEのID)を書いて俺に渡してきた事から……。


 何だか不思議と……。彼女とはまた会って話をするだろうと、そんな予感にも似た直感を俺は彼女との間に出来た新たな宛先つながりの表示から感じるのだった……。



 ーー次話へと続く。ーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る