第20話 想像以上な宿舎

「すっっげぇぜ…」


目に映るのはまさしくフィクションとも思えるような世界が広がっている。

一番奥に見える大きな城、沢山の光を灯す城下町。日本ではなかなか見る事のなかった光景がこの世界には広がっている。


「それでは行きましょう」


隣に立つエルはフードを深く被った。

阿修羅もそれに習うようにフードを被る。

フードから少し出ている金色の髪は、暗い夜の中でもよく見える。


両側を芝生で囲まれている土の一本道を歩く。城の周りは栄えているようだが、この辺りは違う。小屋のような家、造りは綺麗だが崩れかけている家。これもまた日本では見なかったような光景だ。


城が第一層、城下町が第二層、そしてここが第三層と言った感じか。貧富の差とは正にこの事かと感じさせられた。


「それで、今からどこ行くんだ?」


「宿です。城下町にある少し小さな場所ですが、五ヶ月程住むぐらいなら問題ないと思いますよ」


「なるほど────」


ん?

五ヶ月?

どーゆー事だ?


「…五ヶ月って?」


疑問を抱く瞳でエルに問いかける。


「まだ正式に入学をしていない生徒は校内に入る事は出来ません。

阿修羅が入る事が出来るのはこの街の中まで、学園に入れるのは九月の入学式からです」


「そーゆー事かぁ…」


頷きながら納得した。

確かに阿修羅はまだこの学園の生徒では無い。どの国の学校でもそんなものだろう。

阿修羅はエルについて行く形で辺鄙へんぴな道を歩く。



歩く事数分、阿修羅達は目的地である宿の前まで来ていた。

宿の見た目は結構広く、イタリアンチックな外観でかなりオシャレだ。


エルが階段を上り入口のドアを開けた。

『キィィ…』『カランカラン…』と音がなり、店の人に客が来たことを知らせる。


「いらっしゃいませぇ〜」


若い女性が何の言語か分からない言葉を飛ばして裏から出てきた。

日本語でもなければ英語でもない。

しかし妙に耳馴染みのある言語を喋る。


「九月までの宿泊を予約した者ですが」

「あぁ!お待ちしておりましたぁ〜。ではこちらになります」

「……」


知らない言語が飛び交う中、阿修羅はエルの後ろにポツンと立って待っていた。

エルが前へ進むと、雛鳥のようについて行く。魔法界に来てからこのような事が何度かある。と言うより大体これだ…。


幾つもの部屋が並んでいる。

店の外観以上に中は広い。さすが魔法と言うべきなのか部屋の数は両手足の指を使っても数え切れない。


三人は螺旋状の階段をコツコツと音を鳴らしながら上り、泊まる部屋へ向かう。

何度も螺旋状に上り、少し目が回ってきた所で前が止まった。


「こちらでございますぅ〜」


…聞こえないと分かっていても、分かるように聞こえてしまう。この言語は不思議だ。


店員がドアノブを捻り開く。

扉の向こうにはまた未知なる世界が広がっていた───という訳ではなかった。


廃墟のようなその一室は扉を開けた瞬間


「お、うっわ────」


ぶわっと埃を吐き出した。


「申し訳ございません。長年使われていなかった一室でしてぇ」


ゴホッゴホッと阿修羅が咳をしている時にそう説明する。

埃をかけられたもう一人の少女はというと……


「大丈夫です。この広さならば何の問題もない」


コートで埃が顔にかかるのを防ぎ、何事もなかったかのように話を進めた。


「ありがとうございますぅ。それではごゆっくりどうぞぉ」


少しさびついた鍵をエルに渡し、階段の下に姿を消した。


部屋の中に入ると、また一段と埃っぽい。

天井の隅にはもう使われなくなったであろう蜘蛛の巣がボロボロになりながら張り付いている。


ふたつの大きなベットには埃が乗って、所々本来の色を変えている。


「家具は結構揃ってるんだな」


「そうですね。この部屋は格安だったのでそんなに期待はしていなかったのですが、想像以上にいい部屋です」


感心かんしん、と満足気に頷くエルを見るとこの部屋は相当安かったのだろう。

阿修羅はその姿に笑みを零しながら、奥にあるふたつの窓の方に行った。


レトロなその窓は外に開くようになっている。

鍵を開け、窓を押して開ける……と思ったがこれが中々開かない。


「あ、あれ…?」


もう一度鍵を開け、取っ手を押す。

……それでも窓は開かない。

外の光が隙間から入り、開きそうな雰囲気だけはある。


『ギシギシ』


思いっきりやると丸ごと取れそうな音が窓が溢れ出る。


「エル、開かねぇ…」


助けを求め後ろにいるエルを見る。

エルは少し笑い、阿修羅と入れ替わって取っ手を持った。


「思いっきりやると壊れそうだぜ…気おつけろよ」


「任してください」


自信あり気に言い、エルはガタガタと窓を揺らしながら押した。


「あ、あれ…?おかしいですね」


途中までいい感じに動いていた窓は少しの隙間を見せた所からまた動かなくなった。


「この窓、魔法でもかかってるんじゃないか?」


冗談交じりにそう言うとエルは「なるほど」と頷きコートの中から杖を取り出した。


思った以上にエルはノリがいい。

クールな奴だとは思っていたが意外な一面もあるもんだ。


「…………」


エルは黙って杖を窓に向けている。

結構長くノリにノって来るんだな、エル。


数秒した後、首を傾げ杖を下ろした。

コートの中に仕舞い、阿修羅の方を向く。


「魔力の気配は感じませんね…。

阿修羅はどう思いますか?」


興味心身といった表情で阿修羅に近づく。

本人は気づいてないかもしれないが、思った以上に顔が近い。


阿修羅は少し身体を仰け反らして目を逸らした。


「…分かった。もうこの冗談も終わりにしよう」


あまりにも気恥ずかしく、阿修羅は降参するように目を見ずに言った。


「……?冗談、ですか」


何の事かわかっていないような表情をする。


???

確かに俺は冗談を言った。

もちろんそれはエルにも伝わっている……いる、いやいない?


「い、いや何でもない。…あれだなどうせ錆びてるんだろ窓が。この部屋長年使ってないとか言ってたし」


「…確かに、そうかもしれないですね。店の人を呼びましょう」


部屋についている固定電話の方にエルは向かった。


それにしても……。

普通に考えればエルがそーゆーんじゃ分かるよなぁ…。んでも、あまりにもスムーズすぎたからなぁ。


今までのエルの言動などを思い返していくとそんな理由わけがない事が分かってくる。


…でもエル頭良さそうだし、すぐ気づくと思うんだが……、まあ人それぞれだな。


阿修羅は無理やり頭の中で解決させてこの一件を終わらせた。


ちなみに後に来た店員からすると、やっぱり窓がさびていたらしい。

何を言ってるのかは分からないが何となくそう言っている気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る