第19話 バスの向こう
身体が上下に揺らされる。
霞む目を擦り、視界がはっきりとする。
身体を揺さぶっているのはバスのタイヤ。
揺れる度にズキズキと少し痛む頭を抑えながら周りを見る。
運転手と金髪の女、そして阿修羅。
この三人しかバスには乗っていなかった。
近未来の世界と思っていた魔法界だが、妙にバスは古臭い。がそれは嫌な古臭さではなく、懐かしさすら感じさせる心地の良いものだった。
「起きましたか?」
電気のついていない車内から声が響く。
月の照らす光でより髪が輝きを放つ。
となりに座るエルは心配そうに言う。
「わりーついぐっすりと」
「いえ、私がはしゃぎすぎてしまったばっかりに…」
阿修羅を見る目が本当に申し訳なさそうにしている。
「頭とか痛くないですか?」
「全く痛くねーよ。ぐっすり寝て元気満タンだぜ!」
ボディビルダーの様に力こぶを作った。
頭が痛い、など余計な事を言えばエルの申し訳なさそうな顔がより一層増すだろう。
阿修羅は珍しく気を利かせて誤魔化した。
「良かった…」
安堵の息をを漏らした。
強がったは良いものの、バスと脳が揺れる事に変わりはない。間隔的にズキズキと痛めつけられる。
窓の外に映るのは同じ絵が貼られているのかと錯覚しそうな程草原が広がっている。
「こんな栄えてる魔法界でもバスを使うんだな」
見るからにボロボロなバスに乗りながら阿修羅は疑問に思っていた。
「確かにそう思いますよね」とエルは頷いて説明を始める。
「魔法学校圏内に入るには徒歩や箒では入れません。魔法学校行きのバスだけが私たち関係者が入れるルートです」
「なるほどな」
エルの方には目を向けず、窓の外に広がる草原を見つめている。まだフワッとする意識の中で揺れるバスに身を委ねる。
「あともう一つ。これは魔法を使うに至って必要な事、魔法は日常生活に便利なものでは無いという事です」
その一瞬、少しだけ声音が変わる。
草原から目を背けエルの方に頭を動かす。
そしてエルが口を開く前に、
「人殺しには役に立つってか」
「そんなところです」
エルの表情が今どんな感情で動いているのか阿修羅には分からない。
人殺しを悔いているのか、悔いていないのか。
───どちらにせよ殺さなければ終わらない、それが阿修羅たちが選ばれた戦いなのだ。
バスの通路を挟んで左側の窓に崩壊した建物が見える。妙に神秘的なそれは他の建造物は寄せ付けないと言わんばかりのオーラを放つ。
芝生のない一本の小さな道をバスは進む。
揺れは更に大きくなったが、見える建物に夢中になり頭痛の事はすっかり忘れていた。
半壊する前は大きかったであろう建物の中にバスは進む。原形は崩れ何の建造物か検討付かないものが多い中、目の前にそびえ立つ大きな門だけは原形を少し残しているのかもしれない。
バスがその門を潜る。
瞬間、広がる世界は変わった。
「な、なんだこれ?!」
思わず席を立ち窓に顔を貼り付ける。
さっきまで原形を失っていた建物しか無かった場所には広大な土地と真ん中に構える大きな城。
城の周りには建物の灯りがポツポツと輝く。
それが店なのか家なのか、この暗さでは分かるはずもない。
「…これが魔法、か……。やりたい放題じゃねぇか……」
あまりの衝撃に言葉の隙間が多い。
瞼を閉じることもせず、ただ口を開けて窓一面に広がる新たな世界を凝視した。
「ここが今日から貴方が住む場所」
興奮している阿修羅に聞こえるように少し大きめの声で、
「グラストン魔法学校へようこそ」
「お、おう…本当にこんなとこに住むのか…」
まだ目の前の光景が信用出来ないのか、目を擦ったり頬を引っ張ったりしている。
バスは阿修羅にここの光景を見せてくれるかの様にゆっくりと真ん中に立つ城へ向かう。
阿修羅は驚愕の表情を顔に貼り付けたまま、城へ向かった。
『キィィ』ゆっくりの割にはうるさいブレーキ音を立ててバスは止まった。
『プシュー!!!』大きな音が鳴り、運転席の横にあるドアが開いた。
阿修羅とエルは席を立ち出口に向かう。
ちらっと運転席の方を見るとそこには誰もいなかった。
「魔法界やなぁ、やっぱり…」
何かを噛み締めるように阿修羅は言った。
目を輝かせドアの向こうにある新天地へ一歩踏み出した。
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