第21話 掃除と荷物
バケツに雑巾、魔女が乗るような箒を持って「まずは掃除ですね」とエルが言ってから俺たの最初のクエストが開始された。
バケツの中の水は何度変えてもすぐ濁る。
『ジャバジャバ』と雑巾を中に入れて絞り、箒で穿かれた床を拭く。七瀬の所、あの広い寺の床磨きをした時と同じくらい腰が悲鳴をあげている。
エルも箒を置いて、雑巾を手に取って拭く。
流し台で水を新しく変え、雑巾を綺麗にしてから窓を拭く。
ある程度全体の掃除が終わり最後に阿修羅がベッドを叩くと、ベッドから這い出た埃が床にこべりつく。
「……すまん」
「構いませんよ」
部屋に透き通るように響くその声は、美しく優しい。阿修羅はその優しさに感謝しながら慣れたように床を拭いた───。
何時間がたった頃だろうか。
時計のない部屋では何時間掃除をしたのか分からない。早くも感じたし、遅くも感じた。
色々へまはしたが、何とか住めるぐらいには綺麗になった。
阿修羅はピカピカになった床に大の字で寝転ぶ。
「くぅぅぅぅぅう!!終わったぁ〜」
全身から息が出たように力が抜けた。
少し高い天井を見ながら「うぉぉ」やら「よし!」やら意味の無い言葉を発して阿修羅は満足していた。
一方エルはというとバケツと箒を店に返し、窓際に配置されている椅子に腰をかけている。
その様子を寝転がりながら見る。
一言で表すなら『絶景』
そう感じさせる彼女はすごく美しい。
思わず見とれてしまい、目を逸らすがまたすぐにそっちに目がいく。
そんな葛藤を一人でしていると、エルと目が合った。
「な、なんだよ…」
数秒目を見つめたがあまりに気恥ずかしく、ぶっきらぼうにそう言った。
「いえ、視線を感じたので」
そりゃそうだ。
何回も見てたわけだしな。
俺が『なんだよ』って言う方がおかしいよな…。
このまま寝転んでいるのもおかしいと思い、阿修羅は体を起こし正面の椅子に座った。
エルは阿修羅の行動一つ一つに視線を動かしてじっと見つめた。
「あのさ、ちょっと疑問なんだけどよ」
見つめられながら少し喋りにくいが、阿修羅は思い切って話し始めた。
「?…疑問ですか」
なんの事だか検討もつかないような顔をする。
「まだ学内にも入れないんならよ、なんでこんな早く連れてきたんだ?」
さっきの話じゃ九月まで俺は学園内に入る事が出来ない。それならもう少し遅くても良かったはずだ。
エルは阿修羅の目をしっかり見て話を聞いたあと、可愛らしくこくこくと頷いた。
「理由は二つあります。まず一つ目が想像以上に早く阿修羅を見つることができたから。
二つ目はこの世界の言葉を喋れるように、読み書きが出来るようにしてもらう為。日本でするよりも効率的かと思いましたので」
淡々と話していくエル。
確かに予定よりも早く見つけることが出来れば早く来るのも当然だ。
時間まで俺の家で生活する、という性格もしていないだろう。
言語についても最もな意見だと思う。
いくら魔法学校とはいえ言語の使えない奴に教えることは格段と難しさが増す。
本場で慣れる方が効率的だろう。
でも───
「ほんの数ヶ月でここの言葉を話せるようになるのか?もちろん俺だって頑張ってはみるが、英語とかと違って何も知らない言語を一からやるってなるとなぁ」
うんうんと頷くエル。
話してる阿修羅の目をじっと見つめた。
やっぱりこうじっと見つめられるとくるものがある…。
「その点に関しては心配ご無用です」
そんな阿修羅の心境など知らんとばかりにエルは話し始めた。
そのエルは妙に自信ありげに、
エルは椅子から腰を離し、玄関の方に向かう。
玄関扉を開けて何やら重そうな荷物を片手で抱えながら持ってきた。
「…な、なんだこれ」
見たこともない切符や文字が書いている茶色の大きい長方形の紙袋。ばってんになっている紐で上に上げようした。
だが──
「お、重すぎなかこれ…。全っ然持てねぇ──!」
いつの間にか紐ではなく袋の下を持っていた。
だが、持ち上げられるのはほんの数センチ。
エルのように持ち上げることなんて不可能だ───。
「エ、エル一体こん中に何入ってんだ…重すぎるぞ」
そう言う阿修羅は想像以上に疲れた身体を壊れそうな椅子に預けている。
「本です。この世界の言語が使われているありとあらゆる本を詰め込んでおきました。
これで言語も完璧なはずです。発音だって私がいますし、買い物に行けば嫌という程聞けるでしょう」
『どうでしょうか?!』とでも言いたげな顔だ。
いや、正確にはそんな顔には出していないんだが、何となくそんな顔をしていると思う。
「これから四ヶ月、毎日頑張っていきましょう」
その言葉で阿修羅の勉強生活の幕が開けたのだ。
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