第25話 二人で記念に
「いや、風無の話は今はやめましょう」
ショッピングモールに青さんが来た後。
風無の話をしようと提案した青さんに俺は即座にそう返した。
「きらいだから?」
「好きですけど」
「すきなんだ」
「え、俺のことからかいに近づいてきたんですか?」
そんな上げてもいない足を取ろうとされても。
「仲わるいから?」
「……いや、そうでも」
俺は、そうは思っていないんだけど。
ただ、風無はもしかしたら俺に不満があるのかもしれない。
牛さんに風無と八坂がギクシャクしてる可能性を教えてもらって、今日は二人を一緒に買い物に連れてきた。
だけど、見てる限り、別にそこまで仲が悪そうなわけでもないんだよ。
俺はもっと対立してるのかと思ってたけど、二人も普通に話すし、風無は八坂のこと気にかけてるし。わりと普通でさ。
ただそうなると、風無とギクシャクしてるのは俺だけってことになる。
ただただ俺に原因があって、ただただ風無が俺を嫌ってるんじゃないかという可能性がどんどん大きくなってるわけだ。
わざわざ、先輩に鞍替えしたとか、八坂と仲が悪そうだとか、思考を遠回りさせて遠回りさせてここまで来たのに、結局そんなシンプルな答えに辿り着きそうになってる。
だから、青さんには悪いけど、今風無の話はあまりしたくない。
仲が悪そうだと察されるかもしれないし。気を遣われるかもしれないし。
もし、単に俺が嫌われてる説が有力になったら、今日の帰りにでも風無に「風無って俺のこと嫌い?」って聞くことにしておこう。
「ふーん」
「ただ、すいません、気分じゃなくて」
「いまは八坂さんの気分なんだね」
「え、俺のことからかいに近づいてきましたよね?」
そんな淡々と俺のこといじる人他にいないよ?
こういうところが青さんの人気の秘訣なんだよなまったく。
何喜んでんだ俺。
「だけど、いまは風無さんの話しかすることがないから」
「……どうして?」
「だから話すね」
「どうして?」
風無の話をする以外俺と話すことはないってこと? 俺自身のことは?
いや、何も話すことがない俺が文句を言えることじゃないんだけど。
そうして、俺の「どうして」を無視して、青さんは話したかったらしい話を始めた。
「すこし前に風無さんをよんでね」
「ああ、配信に」
「事務所に」
「呼び出し!?」
あ、リアルで!?
そういえば……何日か前に事務所行ったって言ってたなあいつ。事務所で配信してたわけでもないから、打ち合わせかなんかだと思ってたけど。
そりゃ青さんから呼ばれたら行かないわけにはいかないな。
「ちなみに何のために」
「秘密」
「なるほど」
青さんから秘密って言われたら聞くわけにはいかないな。
「ただ、いつかあってみたかったんだ」
「ああ」
「わたしと似てるかとおもって」
青さんからそう言われるのは単純に羨ましい。
風無も着々と事務所内で顔が広いVtuberになりつつあるし、その辺りで青さんも気になっていたのかもしれない。
「でも、わたしとはあんまりにてなかった」
「……そうですかね?」
「風無さんはほんとうは、大人数より二人くらいがちょうどいいんだって」
「はえ~」
「闇也くんとしてるときが一番いいんだって」
「はえ~」
あいつそんなこと言ってたんだ。
「……でも冷静に考えると風無がそんなこと言わない気がするんですけど」
「うん」
「え、俺のことからかいにきました?」
そんな淡々と真実味のある嘘織り交ぜて話す人他にいないよ?
というかどこからが嘘? もしかして全部嘘? この人が青さんだってところも嘘?
「でも似たようなことは言ってたから」
「それは嘘じゃないんですよね」
「ここからは全部本当」
「……信じますよ」
散々振り回された後だから若干信じられない気持ちもあったけど。
さっきまでと比べると少し舌っ足らずさが抜けたような声を信じて、青さんの話を聞くことにした。
「風無さんはすごい気をつかってたよ。闇也くんのこと」
「日常生活についてですか」
「Vtuberとして」
「……Vtuberとして」
……そんな素振りはなかったけどな。
どちらかと言うと、闇風でコラボもしてくれない分、風無のことを自分勝手に見てしまっていたけど。
「今は八坂さんと闇也くんがキてるから」
「……それ、風無に関係あります?」
「あるよ。事務所も、二人をうりだすつもりだろうし。風無さんもまよってた」
「……闇風でコラボするか、ですか?」
「うん」
「いや、いやいやいやいや……」
そんなことあるわけないない……。
どういうシステムだよ。男女のコラボは数を絞るってルールでもあるのか?
別に付き合ってるわけでもないんだから、別の異性とコラボしたからって浮気したなんて考える奴――
「――これが、カップリング……?」
「そういうの知ってるんだね、闇也くん」
「まあ、多少は」
青さんの同期に詳しい人がいるんですよ。
あの時はおかしな人だと思っちゃったけど。
「闇也くんと八坂さんでの話もこの先ふえるだろうし」
「……うちの事務所、そんな干渉してきますかね」
「むりにはしないとおもうけど。案件とか、提案はするとおもうよ」
「……あぁ」
そういえば、八坂と俺の案件の話も、最初から俺達が指定だったな。
真城さんはゲーム会社の人の要望でって言ってたけど、ゲーム会社の人が本当に俺達を指名したのかはわからないか。
俺だけだったのかもしれないし、八坂だけだったのかもしれないし。
仕事に関しては優秀らしい真城さんがバレないところで嘘吐いてたとしてもそんなに驚かない。
普通に「二人の動画が見たかったから」とか言いそうな人だし。
「だからいまは遠慮したほうがいいか、まよってるんだって」
「……風無が? 八坂と俺に遠慮して?」
「うん」
「……なんだそりゃ」
遠慮するならパソコン修理の方を遠慮して……いや、そこは配信と関係ないところだから、プライベートでは普通に接しようとしてたのか。
その結果、俺がコラボ持ちかけたところからどんどんおかしくなっていって……。
「そんなことで迷うなよ……というか俺に聞けよ」
「今闇也と八坂が来てるけど遠慮した方がいい?」って。
そしたら全力で否定してやったのに! 牛さんも楽しみにしてるからって言ってやったのに! 八坂と俺を二人きりにしないでって言ってやったのに!
「でも、闇也くんにきいたら冗談だっておもってたよね」
「そうですね」
何バカなこと言い出してどうした? って口に出してたと思う。
牛さんから話を聞く前なら尚更。
そんなことで悩む奴が存在するなんて思ってなかっただろうし。
だけど、俺よりVtuberについてよく考えてる風無のことだから、そういうことも考えるか。
「はー……青さんがいなかったら、危なかったですよ」
「どうなってた?」
「拷問してたかもしれません」
どうして遠慮がちになった!? 吐け! って。
実際殺すって言い合ったし。
まあ拷問は冗談としても……理解できないままだったら、もっとすれ違ってただろうな。
俺、人付き合い下手だし。
今までは風無に歩み寄ってもらってたところもある。
「ならいってよかった。わたしも闇風すきなんだ」
「えっ、あ、ああ、ど、どうも」
いやそんな青さんに見てもらえるなんて恐縮です。
そこで、ちらっと壁に掛かっていた時計を見た青さんはすっと立ち上がった。
二人が行ってから大体十五分くらいか。もうそろそろ八坂は帰ってきそうだ。
「あんまりはなしすぎても風無さんがかわいそうだから」
「あぁ」
もう充分過ぎるくらい話してくれた気がするけど。
もし風無が聞いてたら腕ずくで青さんを止めてたかもしれない。
「もうひとつ風無さんが言ってた話もあるけど、それはいわないでおくね」
「あ、はい」
もう一つってことは今のとは関係ないことかもしれないけど、何の話だろ。
「ただ、最後にひとりごとをいうと」
「はい」
「わたし、もうすこしでVtuberはじめて一年半なんだ」
「……はい」
「じゃあね」
「あ、本当の独り言!?」
これは独り言だから言ったことにはならないからね☆ って何か教えてくれる流れじゃなく!?
「ばいばい」
「あ……どうも、ありがとうございました」
最後に正真正銘の独り言を言うと手を振って、青さんはエスカレーターの方に歩いていった。
……最後まで自由な人だったな。
というか、青さんが一年半ってことは、俺達と一年差だったってことか。
初めて知ったな……言われてみれば、青さんの一周年記念の配信が、俺のデビューと同じ頃だった気がする。
一年半って言ってたけど、一年半記念って言って青さんは何かやったりするんだろうか。
大々的にはやらなさそうだけど、青さんのことだから近いうちにまた企画放送はしそうだな――
「……あ」
そういえば、俺と風無――
「生きてんの?」
「つめたっ……って。なんだ、風無の方が早かったのか……」
その時、頬に当たった冷たい物に反応して振り返ると、ペットボトルの水を持った風無が後ろに立っていた。
「わざわざ漫画のイケメンみたいなことを……恥ずかしっ」
「うるさい……闇也が飲み物持ってなかったから、一番安いの買ってきただけ」
「それはどうもサンキュー……丁度買いにいこうかと思ってた」
「それはどうでもいいけど」
「なんだその中途半端なツンデレみたいな態度」
もうちょっとツンかデレに振り切れよ。
その水を俺が受け取って飲み始めたところで、風無も隣に座ってくる。
座ると、ベンチを触って風無は不思議そうな顔をする。
「……? 隣に誰かいたの?」
「知らない」
「いやどっち?」
「ただ……ご利益はあるだろうな」
「……どういうことよ」
そこに座ればきっとコミュ力アップ人望アップ企画力アップの効果があるだろう。
俺が先に座っておけばよかった。
「というか闇也」
「ん」
「なんか元気になった?」
「休んだからな」
もう腹も痛くない。
それに、今は風無とも話しやすい。
風無の考えてることがわかったからか、今は一緒にFPSやってる最中の、会話に少しも脳のリソースを使っていない時くらい話しやすい。
さっきまでいろいろなことを考えてたのに、不思議なもんだ。
「それで、なんでこんな早く戻ってきたんだ」
「早くっていうか……用済ませたし。闇也が死んでそうだと思ったから、水買って戻ってきただけ」
「八坂が怒り出すぞ」
「大丈夫。一回離れて後で戻ってきたフリするから」
「なんだその無駄な気遣い……」
なら最初から遅れて来れば……いや、そこは、調子悪かった俺を気遣って早めに戻ってきてくれたのか。
気遣いの鬼め。
今更だけど、風無が俺達よりコラボで重宝される理由がわかった気がする。
俺じゃ無理だ。そんなに気を遣ってたら壊れる。
「……俺は風無にそんな気遣ったことないな」
「何急に……私だって、全然ないけど」
「嘘つきはオオカミ少年の始まりってな」
「全く聞いたことないんだけど」
俺もない。
でも青さんの話を聞いた後だからその嘘には気づける。
「風無は誰かとコラボしても合わせるの得意だろ。そういうの、俺にはできないし」
「別に、それは人それぞれでしょ。大体そんなこと言ったら、闇也みたいにする方が……」
「する方がなんだ」
俺が普通じゃないって言いたいのか? 喧嘩するか? お?
「……というか! 私も闇也には気遣ってないし。一緒にゲームやってる時とか、あんたのキル横取りしてるし、言うこと聞いてないし、単独行動してるし」
「……言われてみれば自分勝手だな風無」
「闇也ほどじゃないけど」
いや一緒にゲームしてる時に関して言うなら俺の方がまだ合わせてるだろ。風無よりは。
ただ、別にどちらが自分勝手王か議論したいわけじゃなかったから余計なことは言わないでいると、風無は俺から目を逸らして、
「まあ、それは……先輩とのコラボばっかりだと疲れるし……助かってるところもある、けど」
「けど?」
「……何でもない! 闇也が変に褒めるから変な話になったんでしょ。ああ、もう私隠れるから……」
そう言って、風無はベンチから立ち上がって逃げ出そうとする。
――今こいつが言ったことが本心とは限らない。俺が面倒くさかったから「はいはい助かってるところもあるある」とあしらわれた可能性もある。
ただ、珍しく普段なら言えないようなことも話してくれた風無との話を、ここで終わらせたくはなかった。
「風無」
「……なに」
「八坂が来たら言おうと思うんだけど」
そうして、青さんと話してる時からずっと考えていたことを、俺はそのタイミングで話した。
「これから、俺と風無と八坂で配信しないか?」
「……えっ?」
「家近いし、便利だしさ。闇風八……闇八風……まあ名前は何でもいいけど、三人でテキトーに配信してさ。なんか有識者によると今は俺と八坂のコンビが推されてるらしいから、風無にもメリットあるだろうし。一緒にやってくれよ」
別に闇風だとか闇八だとかカップリングだとかカプ厨だとか牛さんだとか俺にとってはめちゃくちゃにどうでもいいし。
八坂と風無のファンが戦うなら二人をくっつければいいし、それでもモヤモヤする奴がいるなら三人でやればいい。
単純にその三人が、俺が一番やりやすい形だと思うしさ。
「え……いや、あんた達が推されてるから、私も入れって言われても、よくわかんないけど……」
「俺と八坂だとバランス悪いだろ。まとめ役兼ツッコミの風無がいた方がいいし。それに、どうせ俺がコラボするとしたらこの三人だし、風無がいた方が俺にとってはいい。……あ、余計なこと考えようとするなよ。俺がいいって言ってるんだからな。本人がいいって言ってるんだからな。俺は裏表ないからな」
変な気遣いはやめるんだぞ。
「……いや、なにその逆に怪しい念押し……」
「了承してもらうための策だ」
「ふっ……そんなこと闇也が頼む時点で裏があるでしょ」
「はぁ? 勘違いしないでよね。全然裏なんかないし俺はただ二人とコラボしたいだけなんだからねっ」
俺は元々コラボ大好きなんだからね。怪しいと思う方が怪しいんだからね。
「今度そのキャラで配信してよ」
「するかバカ」
そんな冗談言う前に返事しろバカ。俺もわりと勇気出して喋ってんだバーカ。
――ただ、そんな俺のツンデレ誤魔化しが効いたのか、いつの間にか表情も柔らかくなっていた風無は、一度軽く息を吐いて。
「……わかった。考えとく」
「返事はすぐに頼む」
「考えさせる気なさすぎでしょ……わかったわかった。やるやる、三人でね」
「よし……嘘だったら配信で言うからな」
「心配しなくてもやるってば!」
時計を見ながら焦ってる様子の風無は普通にキレてきた。
さすがにしつこかったっぽい。
「もう……じゃ、私は離れるからね」
「ああ。……あ。忘れてた」
「……なに~? すみれ来ちゃうんだけど」
「これ言ったら行っていい」
よくよく考えると、さっきの話も今から言う話も全く緊急の話ではないんだけど。
ただ、こういうことを伝えることを一番面倒くさがる俺だし、「いつか言おう」は「言わなくていいか」になりそうだから。
言えそうな流れの中で、これも言っておきたかった。
「あー――」
「――俺達のデビュー半年の時、二人で記念に雑談配信でもしような」
多少の照れを隠して、立ち上がった風無にも聞こえるくらいの音量でそう言うと、風無はまさか俺がデビュー半年だとか記念だとか言い出すとは思っていなかったという顔でこっちを見る。
そして、さっきと違ってあからさまに笑顔が見えた風無は、俺が視線に耐えられなくなって俺が逃げ出してしまう前に、
「わかった!」
今度ははっきりと了承して、どこかへ歩きだしていった。
その背中は、俺のよく知ってる風無の背中に見えた。
「……青さんのおかげだな」
元々俺は何周年とか何記念とか気にする男じゃないし。青さんの話がなければ、半年記念という概念にも気づかなかっただろうし。
最後の独り言も、意味がないと思わせて、実はあれが風無としたもう一つの話のヒントだったのかもしれない。
だとしたら、風無も少しは満足してくれたか……これでもよそよそしいようなら、今度は直接問いただすしかないけど。その時、拷問も視野に入れないとな。
「ふぅ……」
――あと、本当に俺の体はメンタルと直結してるらしい。
「体調……めちゃくちゃ良くなったぁ~」
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