第24話 風無さんの話をしようかとおもって

「ほら! 二人とも! ペットショップペットショップ!」

「えぇ……?」

「あぁ……?」


 風無が指をさすと、俺と八坂は怠そうに顔を上げた。


 ショッピングモールに入った途端の姉妹喧嘩で不機嫌になった八坂と、ショッピングモールに入るまでもなく不機嫌だった俺を連れて店の中を歩く風無は、俺達のテンションを上げるためか、まず一階にあったペットショップに俺達を連れて行こうとした。


「ああいや、風無。残念だけどペットショップは買い物じゃないから――」

「行きましょう先輩!」

「……八坂はなんで復活してる?」


 さっきまで俺と同じ歩き方だったじゃん。

 人間とゾンビ×2だったじゃん。


 と、何故か急にテンションの上がった八坂を見ていると、


「すみれ犬好きなの、飼えないけど」


 と姉が耳打ちしてきた。


「ふーん……」


 妹の好みを把握してるなんてさすが姉。

 人に流されて歩いてたようにしか見えなかったけど一応狙いがあったんだな。


 買い物だけ済ませて帰りたい俺はこういう寄り道はあんまりしたくなかったけど。

……ま、どこに寄るかなんて外の世界を知らない俺が口出すことじゃないか。



「うわぁあぁああ~……絶対触ったら可愛いですよ先輩!」

「八坂にもそういう感情があったんだな」

「どういう感想ですか!?」


 ちゃんと俺以外にも惹かれることがあるんだなって。


 他の場所に比べるとそこまで混雑していないペットショップに入った後。

 八坂はガラスケースの向こうで寝ているポメラニアンを見て女子高生らしい反応をしていた。


「店員さんに言ったら触らせてもらえるんじゃね」

「あ、私動物の毛は怪しいんですよ」

「怪しいって?」

「アレです」

「アレってなんだよ」

「アレルギーです」

「ルギーを略すな」


 どうしてその略し方で伝わると思った。


「ちょっと痒くなります。だから見てる時が一番幸せなんですよ」

「ふーん」

「あ、闇也先輩といる時よりは下なので二番目です」

「別に比べなくていいから」


 そこは目の前のポメラニアンに集中しとけよ。


 それにしても本当に珍しいなー。

 八坂が俺の動画以外にここまで気を引かれるなんて。

 今ならペットショップに置いて俺と風無だけ帰っても気づかれなさそう。


「風無は何も見ないんだな。アレルギーか?」

「私はアレルギーはないけど生き物好きじゃないから」

「歪な姉妹だな」


 絶望的に噛み合ってない。


「ま、ここで時間潰せるならいいか」

「……ずっと思ってたけど、闇也は今日ここに何しに来たの?」

「言ってなかったっけ?」

「私は殺すって言われて連れてこられただけだけど」

「そうだった」


 風無のことは脅して連れてきたんだった。


「まあ、簡単に言うとだな……八坂に誘われてたから来た」

「……絶対それだけじゃ行かなくない? 闇也」

「…………」


 本当、無駄に俺に関して詳しいなこいつ。八坂もだけど。


 元々八坂のご褒美に何か買うって目的のために誘われてたのは本当なんだけど。


 行く気になったのは、風無と八坂の仲が戻せるんじゃないかと思ったから。それが大きい。

 ただ、今のところは、別に言うほど仲悪そうでもないんだよな。


「ま……私を盾役に連れてきたのは知ってるけど」

「盾役にしようと思ってたわけじゃないけど」

「じゃあなんで連れてきたの?」

「風無も八坂一緒に出かけたいかなって」


 シスコンだし。


「ふーん……」


 そう言うと風無は流し目で俺を見てくる。

 目的を全部言ってないことはバレてるっぽい。心理戦の始まりだ。


「ま……私も買いたい物あったからいいけど」

「何買うんだ?」

「……闇也には関係ないから」


 あれー? めっちゃ冷たくないー……?


 というか今日の二人を見る限り、八坂と風無より、俺と風無の方がよっぽど仲悪そうに見えるんだけど気のせい?


 俺のことが単純に嫌い説は早々に頭から消してたけど……いやいや、嫌いだったら誘ってもこないし――あ、俺、風無のこと脅して連れてきたんだった。


「せんぱーい! 一週間分堪能してきました! 行きましょう!」

「ああ、うん……」


 ……これは実際のところ、誰と誰の問題なんだろうか。

 本当に八坂と風無なのか? そこをくっつけたら全部解決するのか?


「うーん……」


 ……わからん。



 ◇◆◇◆◇



 ペットショップを出た後。


「うぐ……」


 エスカレーターに乗って二階に上がった俺は、アビスの上昇負荷で一つ上の気持ち悪さを体験していた。


「……闇也、普通に体調悪いんじゃないの……?」

「違う……これはお前らにはわからないさ……」


 俺みたいな奴はメンタルと体がリンクしてるから慣れない人混みでストレスを受けると体に来るんだよ……主に腹。


 本当なら「めっちゃ体調悪いわ……」と言って帰るところだけど、今日それをやると「まだご褒美もらってないのでもう一回来ないといけないですね」と言い出しそうな悪魔がいるから耐えてる。


「……なんか、他人にあげたら喜びそうな物売ってる店に連れてってくれ」

「なにその具体的なような抽象的なような注文……」

「大体のお店はそうじゃないですか?」

「じゃあどこでもいいや」


 とりあえず先に八坂へ何かを買ってやった実績を作れれば何でもよくなってきた。


 その後は……できることなら風無と八坂の謎を解いてから帰りたいけど。その前に力尽きる可能性もある。


「なら……あそこでいいんじゃない?」

「ん……」


 風無の指差した方を見ると、名前の聞いたことのない和菓子屋があった。


 お土産にもできそうな包装の和菓子も売ってるしあれでいいや。

 八坂は和菓子が好きだ。多分。


「ふー……」

「せーんぱいっ」


 そうして店に入ると、陣形が崩れたのをいいことに八坂が近づいてくる。

 ちょ、盾の人?


「先輩お菓子食べるんですか?」

「食べない……嫌いじゃないけど」

「食べるとしたら何がいいですか?」

「それ八坂が聞くのかよ」


 八坂も俺にご褒美あげようとしてる? プレゼント交換?


 そんな八坂の顔を見に顔を上げると、奥にいた風無がちらっとこっちを見た後、手元の和菓子に視線を戻していた。

 あいつも誰かに何か渡すのか?


「で……八坂の好きなもんは。そもそも食べ物でいいのか」

「私はスイーツも和菓子好きです。アクセサリーも好きです。服も好きです。闇也先輩からもらった物なら何でも大事にします」

「和菓子も?」

「大事にします」

「食えよ」


 その言い方だと飾るだろ俺の和菓子。


 そんなこと言われると渡しにくいな……賞味期限切れても部屋に飾られてたら困るし。


 まあ、何でもいいって言うなら楽なんだけど、一応あのオフコラボの時の八坂は頑張ってたし、テキトーな物渡すのは気が引ける。そういう心もまだ残ってる。


 そういう意味では、帰ってネットで良い物探した方が絶対いい物は渡せるんだけど。……来ちゃった以上は仕方ないよな。外で探すか。


 ただ、ただのコラボ成功記念に服とかアクセサリーとか渡すのは客観的に見てキツイ。


「八坂、良い食事とお菓子ならどっちがいい」

「お菓子です」

「スイーツと和菓子ならどっちがいい」

「闇也先輩からもらえるならどっちでも嬉しいです」

「俺からもらわないとしたらどっちがいい」

「……スイーツですかね?」

「よし」


 手間取らせやがって。そうなれば和菓子じゃなく洋菓子だ。


「ちなみに先輩はどっちですか?」

「……俺は別に……和菓子じゃね」


 どちらかと言うと。

 甘すぎるとアレだし。


「わかりました!」


 俺が答えると、八坂はこの店で何か買うつもりなのか俺から離れて品物を見に行った。

 いやだから八坂からも貰ったらただのプレゼント交換だってのに。


「……ね、闇也」

「ん……どした」


 そうして八坂が去ると、今度は少し離れたところで商品を物色してた風無がこっちに歩いてきた。

 なにこれ、ターン制バトル? 今は風無のターン?


「人にあげるとしてさ」

「うん」

「和菓子って無難過ぎると思わない……?」

「それは俺に言われても」


 自分の妹に言ってあげた方がいいと思う。


「いやそうじゃなくて、闇也は……もらう側だとしたらの意見」

「ああ……? あぁ」


 丁度今もらう側になりそうだからタイムリーだな。


「……別に俺は何でもいいから参考にならないと思うけど。大体何が無難とか知らないし」

「いやなんか、こういうのって職場の人にあげたりすること多いらしいし」

「ふーん」


 俺に職場を語られても。


「物あげるより楽だけど、近い間柄なら少し他人行儀っていうか――……あぁ……やっぱいいや……」

「どうしたどうした?」


 今急にスイッチ切れなかった?


「……闇也に聞いてもあれかなって」

「それはそうだけど」


 俺に聞かれても世間一般とは離れた答えしか返せないけど。


 ……ん?

 でも待てよ? 『近い間柄』ってことは風無の場合。


「それ、遠くに送るわけじゃなくて手渡しだよな」

「……なんでそんなこと聞くの?」

「何でもないけど」


 ……ふはは。やっぱりな。


 今の反応を見るに渡す相手は八坂か。

 ならここは最大限助言はするべきだな。


 今八坂が離れたところを狙って俺に近づいてきたところを見ても、妹に直接聞きにくい何かがあるんだろう。

 そこを風無の方から歩み寄ろうって話なら手伝わない手はない。


「――まあただ……俺の視聴者が言ってた意見を言うなら」

「うん……?」

「相手に合わせて送るのがいいだろうな」

「それは、まあね」

「たとえば八坂ならスイーツの方がいいらしい。こういうのを直接聞くのもアリだろうな」

「ふーん……闇也なら?」

「あえて言うなら壊れかけのゲーミングキーボードを買い替えたい」

「いやそういう……まあいいけど」

「俺に聞いても仕方ないだろ」


 別に参考にならないことはわかりきってるし。

 だから風無はさっさと八坂に渡せ。


 と言っても、どういう理由をつけて渡すかわからない以上俺は雑に背中を押すことしかできないけど。


 姉なんだから風無なら、服とかアクセサリーとかメイク道具とか送ってもいいんだろうけど。

 でも何もない時にあげたら不自然か? 何かあったっけな、八坂の記念日。


「とりあえず……わかった。ありがと」

「ちゃんと渡せよ」

「なんで闇也に言われないといけないの!?」

「せっかく買うならもったいないだろ」


 こういう時は買っても渡しにくいだろうし。

 仲直りしろよー。頑張れよー。



 ◇◆◇◆◇



「マジキツイ……」


 和菓子屋を抜けて、八坂と風無の大きめの鞄に荷物が増えた後のこと。

 俺は目当てのスイーツ屋に辿り着く前に、力尽きて通路のベンチに腰を下ろしていた。

 腹いてぇ……。


「大丈夫ですか!?」

「ちゃっかり隣にくっついて座るんじゃない……」

「そうそう……あんまくっついたら……普通に熱あるとかかもしれないし」


 そう言うと、風無は手を俺のおでこにかざして、何回か躊躇した後、軽く触って熱を確かめた。


「……熱はないだろ?」

「まあ、うん」

「私も確かめましょう」

「ないって言ってるだろうが」


 腹が痛いんだよ腹が……。


「だから……こういう時腹にストレスが直接攻撃してきて痛くなるんだよ……」

「どうやったら直るんですか?」

「座ってたら、少し楽だけど」

「ふーん……」


 二人は半信半疑という様子で俺を見てくる。

 普通の人間にはこの痛みはわかるまい。


「別に薬とかで直すもんでもないから……二人は普通に買い物しててくれ。二、三十分。そしたら、回復するから」

「一人で大丈夫ですか?」

「むしろ一人がいい」


 たった一人でこの空間に存在していたい。

 恐らく精神集中して自分が一人だと錯覚すれば少しは楽になるはずだ。


「……だって。すみれ。今は回復させてあげた方がいいんじゃない?」

「……仕方ないですね。二十分ピッタリに戻ってきます」

「いや、ゆっくりでいいぞ」

「じゃあ二十分単独行動してきます!」

「ああ、好きにしてくれ……」


 二十分休めるなら充分か。

 八坂と風無が単独行動するのが気になったけど。


「じゃ、何かあったら連絡してよ」

「こういう時は優しいな」

「いつも優しいでしょ! ……行ってくるからね」

「はいよ」


 お互い買いたい物もあるんだろうし、そこまで深読みする必要もないだろうけど。


「はー……」


 にしても、一人って楽~。座るの気持ちい~。


 外に出ると本当に、自分がどれだけ社会不適合者かわかるな……あの二人はなんだかんだVtuber以外でもやっていけるだろうけど、俺はこの仕事失ったら死ぬな……気を引き締めないと。


 Vtuberと言えば個性が重要視されるけど、コミュ力に関して俺ほどヤバい奴は中々見ない。

 そんな中、俺がコラボできる二人は俺が思う以上に貴重なのかもしれない。


 青さんみたいに話したことない相手とでも面白そうだからコラボしようって連絡できるメンタルがあればもっと楽だったんだろうけど。その場合俺はVtuberしてなさそうだな。


 ただ、こういう場でも平常心でいられるメンタルは身につけて、もっと活動の幅は広げたい。

 そういう意味では、今やってるのは修行みたいなもんだな。


 いずれ人混みの中でも配信できるように、今はこの場に体を慣らしておこう。

 他人の声はどうでもいい……誰もいない……俺だけ俺だけ……精神集中精神集中……。


「闇也くん」


 誰もいない……つまり……声は幻聴……声は幻聴……。


「闇也くん」


 こんなところに俺の知り合いがいるわけないから幻聴……こんなところであの人の声が聞こえるわけがないから幻聴――


「……青さんの声?」

「ひさしぶり」

「……ん?」


 そこで横を見ると、いつの間にか隣に人がいた。

 誰もいなかったはずのベンチ座っているのは、中学生くらいの女の子。


 いや、中学生というか――


「……本物ですか?」

「このまえ会わなかった?」

「会いました! お久しぶりです!」


 そこにいたのは、俺の憧れのVtuber、水野青――の中身だった。


 今このショッピングモールの中、Vtuber十人くらいいるんじゃね?


「……えー、偶然、でしゅか?」

「たまたまみつけた」

「マジですか」


 どういう確率だ。


 いや、事務所の近くだから誰かと会う可能性はあるかもしれないけど。青さんって一人で買い物するんだ。お母さんと一緒に来てるのかな。この考え失礼か?


 ただ、たまたま会えたのは嬉しいし配信で言ったら盛り上がりそうなんだけど、残念なことにリアルで会っても青さんと話せるようなことが俺には――

「いま、ひま?」

「にじゅ……十五分くらい暇です」


 多分そのくらい経ったら八坂が帰ってくると思います。


「ならよかった。はなしたいことがあったから」

「俺にですか」


 前の企画に呼んでもらった以外、青さんとはほとんど接点ないし、あれから話してもいないんだけど。


 もしかすると、またコラボに誘ってもらえるのか――なんてことを考えていると、青さんはデフォルト設定の無表情に、少しだけ優しさを足したような顔をして。


「風無さんの話をしようかとおもって」


 俺の悩みを見透かすように、先輩らしい雰囲気でそう言った。

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