第23話 俺の手まで握る必要ある?
生まれつき俺は人混みが嫌いな生き物だった。
母親のお腹にいる時は皆一人。双子の場合は二人。
なのに何故人間は他者に近づかなければいけないのか。
そんなことを俺は生まれた時から考えていた。
鳥みたいに皆で集まる習性でもあるのかと馬鹿にしていた。
特に赤ちゃんの頃から買い物先で群がる人間どものことはよく蔑視していた。
わざわざ出かけないで某通販サイトで買えばいいのにって。会員なら配送料無量でお急ぎ便や日時指定も無料で映画やビデオも見放題なのにって。
それは生まれた時から今までずっと思っている。
そんな俺だから家の外に出る視聴者達に家の良さをずっと伝えてきたし、俺が事務所以外に外出する時は家が燃えた時だけだ、と常々口にしてきた。
ただ、その伝説も今日で終わりらしかった。
「先輩先輩! 具合悪そうなので腕組みますね!」
「日本にそんな文化はない……」
目当てのショッピングモールが近づくにつれ生気を失う俺に、八坂は容赦なく追い打ちをかけてくる。
今日は日曜日。
俺は土日だけは嫌だと言ったのだが、引きこもりな俺と違って現役女子高生の八坂に「平日じゃ少ししか買い物できない」と正論で押されて俺は日曜日に外の世界に旅立っていた。
オフコラボの帰りに自分で「買い物に行く」と約束したとは言え、俺も日曜日のショッピングモールなんて地獄を想定してたわけじゃない。
何とか言いくるめれば近所のスーパーで食料品買うくらいで解放してくれるかなって当時は思ってた。
ただ、何故かデート気分だった八坂がそれで許してくれるはずがなく、「私へのご褒美なんですよね? すぐ帰るなんてあり得ませんよ?」と主導権を握られた。
まあ、本来なら、一生のお願いを使われても一生のお願い返しで拒否するくらいこういう場所は嫌なんだけど。
それでも俺が来ようと思ったのは、俺にも目的があるからだったりする。
「……というか他人のフリしようとしてるけど八坂の制御は風無の仕事だからな」
「え。……私は関係ないでしょ」
「関係なかったら来てほしいなんて言うかよ」
むしろ風無のガードがある前提で俺は来てるんだよ。
「いやだって……約束したのは二人でしょ」
「俺が頼んだのは三人でだ」
「私が想像してたのは二人ででした」
「うるさい。余計なこと言うな」
「今日冷たくないですか!?」
「せっかくのデートなんですよ!?」と騒いでる八坂には悪いけど、今日は俺と八坂の仲を深める気はあんまりない。元々ないけど。
どちらかと言うと、メインは八坂と風無の二人。
そう、俺はずっと考えてたんだ。
どうして少し前から風無はよそよそしいのか。
俺から先輩に乗り換えた説、俺を見捨てた説、俺に呆れた説、様々な可能性を考えたけど、結局一番現実的なのは、姉妹間の問題だと考えた。
理由は俺にはわからないけど、牛さんが言ってたカップリングが何とかって話もあるし。
風無のことだから、八坂とギクシャクして気分が落ち込んでる分が、そのまま俺にも影響してると思うんだよ。シスコンだから。
そういうのは大抵時間が解決してくれる問題なんだろうけど、俺は今すぐにそれを解決して元に戻ってほしい。
ということで俺の今日の目的は、この姉妹をなるべくくっつけることだったりする。
「今日はせっかく堂々と恋人みたいにできる日なんですよ?」
「できるからしようとはならないだろ」
むしろ今日恋人になるのはお前ら二人だからな。
覚悟しろ……帰る頃には俺は百合に目覚めていることだろう。
「とりあえず……買い物するなら早くするぞ。俺の体力にも限界がある」
「またまたぁ、ゲームキャラじゃないんですから」
「いや俺の場合普通にストレスで体調が――やめろ隙を見てくっつくな……」
「……今日は弱々しいですね? 先輩」
「当たり前だろうが……」
俺が炎タイプだとしたら水に浸かってる状態なんだよ。ヒトカゲが滝行してるようなもんなんだよ。
時間次第では死ぬ。
「げへげへ」
「近づくなゴブリン」
俺が弱ってることを知って喜ぶな。
「というか、買い物しないなら本当に帰るからな……あと風無」
「なに? 別に、もう他人のフリはしてないけど」
「移動中は俺と八坂の間にいてくれ」
「え……何のために」
「注目されないために」
俺は人から見られるの嫌なんだよ。
ネットで生放送してる目立ちたがり屋だけどリアルでは目立ちたくないんだよ。
八坂がくっついてる状態で歩くと目立つだろ。
「男女比的に怪しまれそうだから三兄妹のフリしながら行く。風無は八坂と姉妹を演じててくれ」
「演じるっていうか姉妹なんだけど」
「なら丁度いいな」
「いや、そもそも三兄妹のフリって……」
「それでも目立つでしょ」と風無は納得いかなさそうに首を捻ってる。
ただ、俺の身の安全と俺の作戦を考えてもこの陣形は崩せないから。
「頼む……八坂を止められるのは風無しかいない……」
「……別に、やるのはいいけど」
耳打ちすると、風無は渋々頷いた。
そんな俺達の様子を黙って観察していた八坂は「……私にもお姉ちゃんと戦うべき日が来たようですね」と真顔で語っていたけど。
「いいから行くぞ……移動中は目立ちたくないんだよ……。ちゃんと買い物は一緒にするから」
「ふん……そんなこと言われても騙されませんよ。前々から先輩はお姉ちゃんに――」
「いや、よく考えろ八坂……確かに隣なら恋人に見えるかもしれない。だけどこの配置なら、俺と八坂が夫婦で風無が子供に見えるかもしれない。……だろ?」
「……確かにその可能性もあるかもしれないですね」
ないだろ。
「だから行こう。……前に丁度同じような親子も見えるしな」
「そうですね! 行きましょう!」
「あんたよくそんなテキトーなことばっかりペラペラ……」
「……テキトーなこと喋るのがVtuberだ」
テキトーなこと喋って生活してるんだよ俺は。
というわけで、八坂も納得したところで、俺達はショッピングモールの入口の脇で風無を真ん中に陣形を組む。
入口から覗くと、外も多いけど中も人人人。
ここまで来て言うのも何だけど……マジで全く入りたくないんだけど。多分日本の総人口超えてるよ? これ。
自主的に来たことがなかった分、たった今予想以上に自分が人が嫌いだったことに気づいてるんだけど、
「ほら、行くんだったら早く行こ……闇也も、すみれも」
真ん中に立ったことでリーダーシップが生まれたのか、風無が俺達を導いてくれる。
「あぁ……」
「……いつまでも子供扱いを」
「はぐれたら困るでしょ」
ありがてぇ。作戦抜きに風無連れてきてよかった。
しかも八坂と手も繋いで仲良し作戦もバッチリ!
ただ、
「……俺の手まで握る必要ある?」
「……え?」
「え? お姉ちゃん? お姉ちゃん?」
「いや……三姉妹って言ったのはそっちでしょ!?」
「ああ、そのロールプレイだったのか」
「そうそうそう……あの、嫌だったら、ごめんだけど」
「別にいいけども」
ノリノリじゃないフリしてそんなことまで考えてたなんてさすが風無だ。
……まあ絶対その言い訳じゃ八坂は納得しないけど。
「……やはり、私にもお姉ちゃんと戦うべき日が来たようですね」
「来てないから! すみれはほら……抱きしめてあげるから!」
「NO! 妹の扱いに怒ってるわけではなく!」
「いいから! 気にしないで今のは!」
「ごまかそうとしても私の記憶は誤魔化せません!」
「頼むから目立たないでくれぇ……」
スタート地点から三十秒も歩くことなく姉妹喧嘩を始める二人。
久しぶりの外出となった今日は、とてつもなく長い一日になりそうだった。
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