第四章

第20話 じゃ、すみれちゃんとよろしくね

「デュオイベントかぁ……」


 青さんのオフコラボ企画に呼ばれ、八坂と一緒に暴れまわってきた後。


 少し頑張りすぎた反動で誰とも関わらない日々を送っていた俺は、今日も一人でパソコンの前に座っていた。


 多分あのオフコラボで俺の寿命縮まったと思うからさ。


 回復期間も必要だと思うんだよね。

 昨日真城さんがなんか言ってきたけど無視無視。


 ただ、


「視聴者までうるさいんだよな……」


 俺はただ一人で配信してるだけなのに「今日はぼっち?」「今日は二人じゃないんだ」とコメントしてくる輩が最近増えた気がする。


 そのコメントした人に悪意のなさそうなところが最高に厄介。


 別に、俺は元々こういうスタイルで配信してるんで! と言い返してやってもいいんだけど、その場合きっとコメントした人は「ごめんなさい……」となるから厄介。

 せめて悪意を持ってほしい。


「……ま、別にいいんだけどさ」


 毎日同じような配信してても皆飽きるんだろうし。

 まだ一週間くらいしか回復してないしもっと回復したかったけど。


 お馴染みのFPSゲームの二人用イベントに合わせてコラボ配信もするか。

 もうそろそろ誰かとやらないと、リハビリが必要になりそうだしな。


 まあ、コラボするとなれば相手は当然――



「――というわけで今日の夜に配信したいんだけど」

「何がというわけで?」


 というわけで風無に連絡すると、風無はすぐに壊れたノーパソを持って俺の部屋までやってきていた。


「それより、先にこれ直してくれない? せっかくすみれいない間に放送しようと思ったのにさー」

「自分で直す努力はしたのか?」

「夜しようと思ってたけど闇也が連絡してきたから」

「壊れた瞬間にやれよ」


 後回しにする時点で最初からやる気なかっただろ。

 いや、もしかして八坂に修理させるつもりだったか?


「ふー……いやもう、直すのはいいけどさ」

「よろしく~」


 そう言ってノートパソコンを抱えたまま部屋に入ってくると、風無はいつものテーブルの上でノートパソコンを広げる。


 この動作にもかなり慣れてる。壊して持ってきた数が違う。


「……で、病状は」

「わかんない」

「どこが壊れてる」

「んー……全部?」

「何ができない?」

「ブラウザだけ動かなくて」

「それを最初に言えばよかったんじゃね?」


 今どう考えても無意味な遠回りしたよね?


「まあ大体検討つくからいいけどさ……」


 一回自分でアプリ開きすぎてフリーズしただけで「壊れた」って言われたこともあったし。

 なんだかんだで風無が致命的な壊し方をしたことはないから逆に楽とも言える。


「……いい加減、二台目も買った方がいいと思うけどな、このノーパソじゃ画質落としてもキツいゲームあるだろ」

「まあね」

「風無だけならいいけど、八坂も今は使ってるし。二人同時にパソコン壊れたから配信できませんじゃ怪しいし」

「うん」

「ゲーム上手いのに環境悪いってのももったいないし。せっかくだから買うならデスクトップの買えば――」


 ――と、そこまで話したところで俺は何か違和感を覚える。


 いつものように話してるつもりだった。

 俺のやってることもいつもと変わらない。

 だけど何かが違う。


 一体何が違うのか――その正体を探して後ろを向くと、


「……ってか、なんでずっと立ってる?」

「へっ?」


 俺が触ってるパソコンの持ち主が、俺から少し離れたところにぽつんと立っていた。


 なんだこいつ。そういうダイエット?


「いや……いっつも座って指示出してくるだろ」

「でもいっつも役に立ってないって言ってなかった?」

「全く役に立ってないけどいつも無意味に隣から指示出してくるだろ」

「そう言われるから今はやってないんじゃないの!?」


 言われてみればそうだけど。

 でも、それだけじゃなく、今日の風無は何となく他人行儀な気がした。


 声だけなら気づかなかっただろうけど、立ち位置とか、距離が明らかに今までと違う。

 なんだ。俺。何かしたっけ?


「……いや、あるとしたら風無のせいだな」

「今何かに納得しなかった?」

「いや、何でもない」

「全部聞こえてるんだけど?」


 だって俺何もしてないんだもん。


 八坂とオフコラボ行って、ちょっと恥かいたけど悪くはない結果残して、一週間くらい引きこもって……。


 ああ、一週間引きこもってたから、俺との心理的距離を表してるってことか? 実際の距離で? そういうこと?


 まあ本人に「もうちょっと俺と距離近くなかった?」って聞くのもおかしいし、別にいいけど。


「まあそれはいいとして」

「いやなんなのほんと……」

「それで、こいつは多分もう少しで直るけど、結局今日の夜は配信できるのかどうなのか」


 それに、現実での距離なんて配信越しには見えないし今日の配信には関係ない。


 とりあえずいつも通り話しながらゲームしてくれるなら俺は何でもいい――と思ってたんだけど。


「いやそれは……すみれとやればいいんじゃないの?」

「またまたぁ。すぐ冗談言う」

「いや冗談とかじゃなくて……」


 まだ立ったままの風無は至って真面目な顔で。


「今はすみれとやった方がいいんじゃないの? って話……闇也の人気的に」



 ◇◆◇◆◇



『闇也先輩ですか? まだ充電期間だって言ってましたよ! 最近話ですか? もちろんしてますよ! 最近は私のことをすみれって呼んでくれて――』


 結局、配信に誘った風無には誤魔化されて。

 俺がせっかく踏み出そうとしたリハビリの第一歩は元の位置に戻すことになり。


 その日の夜、俺は人間関係に悩みながら、虚言を吐く後輩の配信を無心で眺めていた。


「……嫌われてる?」


 俺、同期に。


 あれ? 俺わりと同期とは仲良いと思ってたんだけどな。

 他の人に「闇風は仲良いよね」って言われることも多かったんだけどな。


 いやいや……今更不仲とか……ないない。ないか? 本当か?


 というか俺、風無とコラボできなくなったらどうなるんだ? このままやんわりと断られ続けたら誰ともコラボできなくね?


 一生充電期間? 蓄えたパワー貯めっぱなし?


「……本格的にマズいな」


 今まで同期デビューの相手にだけは恵まれてたから気づかなかったけど、俺、風無がいなくなったら終わるんじゃね……?


 なんだかんだで闇風でやってる時のファンは多かったし。


 一人でやるのは、俺は楽しいけど……それだけじゃ徐々に人気もなくなってこの生活もおじゃんだろうし。

 ……終わるんじゃね? いろいろ。


「何が原因だ……?」


 まず俺に原因はないんだよな。

 俺何もしてないし。あるとしたら風無だ。絶対そう。間違いない。


 風無は元々配信頻度は少ない奴だけど、俺と違って人脈はある奴だから、最近も先輩のVtuberと女子会みたいなコラボ放送で盛り上がってた。


 人気のある先輩だったし、見てる人も多かったからな……そっちの方が人気が取れると気づいてしまったのかもしれない。


 俺とコラボするより新鮮さもあるだろうしな……。

 つまり、


「俺は、風無を奪い返さないといけないわけか……?」


 最近順調に人気が出てて調子に乗ってたけど、生放送で四万人も五万人も集める先輩Vtuberと比べれば俺はまだ中堅レベル。


 俺より人気の先輩を見つけた途端「――私は『先』に行くから」と風無が俺を捨ててもおかしくない。

 ……風無ってそんな数字に固執する奴だっけ? ……まあいいや。


 とにかく、今までは風無の好意に甘えてたところもあったし、俺も何か考えないとな。

 一人で楽できるに越したことはないけど、人気が落ちたら元も子もない。


 この前のオフコラボで、改めて新しい視聴者を取り入れる大切さには気づいたしな。


 青さんみたいに企画とか考えられればいいんだけど、何も考えずにやってきたから俺はそういうのは専門外なんだよな……誰か他の人にでも相談するか。


「まっ、とりあえず風無にでも――……あ、れ……?」


 俺、本当に風無がいないと何もできない……?

 今全く風無以外の選択肢がなかったのは気のせいか……? 大丈夫か俺の人間関係……?


「……あ」


 と、俺がVtuberを始めて以来一番悩ましいことを考えていると、マネージャーの真城さんから電話が掛かってきた。


 本来こういうことはマネージャーに相談した方がいいんだろうな。

 真城さんの場合俺の配信に対しては全肯定人間だから期待できないけど。


 まあ、今は猫の手も借りたい状況だから、一応聞いてみるか。


「えー……はい。もしもし」

『今日はまだ配信しないの?』

「俺の視聴者代表の方ですか?」


 あれ? 今俺マネージャーの方からの電話に出たはずなんだけど。


『夜配信の時間が遅いから気になったのよ』

「それはマネージャーとしての注意ですか」

『視聴者としての要望よ』

「じゃあSNSででも呟いといてもらえますか?」


 そんなことでマネージャーの特権使わないで。

 猫の手も借りたかったけど視聴者の手は別に借りなくていいかな。


「じゃあそれだけなら……」

『ああ待って待って。今日は一応打ち合わせなのよ』

「まるで配信を急かすのがメインだったかのような言い方ですけど」


 どちらかというと配信急かすのを一応で言うべきだろ。


「というか……すいません、俺今元気ないので真面目な話なら明日にしてもらいたいんですけど」

『えぇ? 闇也君がそんなこと言うなんて珍しい。元気ないんじゃない?』

「実は元気ないんですよ」


 真城さんは気づいてないだろうけど元気ないんですよ。


『なになに? 燃え尽き症候群? 大型コラボで力尽きちゃった?』

「いや……俺はVtuberとして、このままでも大丈夫なのかとか、考えちゃって」

『そのままで大丈夫よ?』

「じゃあ真面目な話は明日ってことで」

『あれ? 私の言葉響かなかった?』


 いや元々期待してないからいいんだけど。


 そりゃ引きこもり生活できればそれで満足な俺が急にこんなこと言ってもまともに受け取られないのも仕方ないけど、一応マネージャーなんだから真面目に話聞くモードになったり……無理か。視聴者だし。


「いや、いいです、大丈夫なんで、明日で」

『悩みながら寝ても解決なんてしないのよ? ああ、あと、それで言うならこの話は今の闇也君にピッタリだと思うわ』

「はあ……何の話ですか」

『闇也君ご指名の案件の話です』

「……俺指名?」


 案件、というのは、サービスや商品の紹介を頼むYoutuber向けの仕事みたいなもん。


 Vtuberの場合、このゲームやってくれって話が多いけど、トップVtuberならまだしも、まだ始めて半年くらいの俺にやってほしいなんて珍しい。


 多分、いろんなVtuberに依頼してるうちの一つだろうけど。

 わざわざ俺にってことは、FPSゲームか何かか?


『この会社の人がたまたまこの前の青ちゃんの放送見てたらしくてねー。ただの案件じゃなくて新しいゲームの先行プレイよ? 今の闇也君の話聞いてたら丁度いいタイミングだったんじゃない?』

「あー……なるほど」


 そんなこともさせてもらえるようになったのか、俺。


 それは普通に嬉しいな。

 しかも俺の配信を見て気に入ってくれたっていうことは、ちゃんと俺のプレイを見て――いや、青さんの配信って言ってたっけ?


 ……ん? ってことは見たのはレトロゲームやってるところか? それ以外のトークの部分?

 というか、見たのがあの配信ってことは――


『じゃ、二人のスケジュール合うところでスタジオ来てもらうからねー』

「はい――……はい? 二人?」


 今何の前触れもなく人が増えなかった?


「え、俺に誰かと案件やれってことですか?」

『ああ、二人プレイの動画を撮ってもらうのよ。大丈夫大丈夫。そんな心配しなくてももちろん慣れてる二人で撮ってもらうから』

「あ、ああ……」


 ……そりゃそうか。

 みっともない動画作れないしな。


 なら、このコラボは俺としてもよかったな。

 丁度それについて悩んでるところだったし。確かにグッドタイミングだ。


 俺が慣れてる二人って言えばもちろん――


『じゃ、すみれちゃんとよろしくね』

「そっちかァァァァァァァ……!」


 俺が同期とコラボするのは、まだ先になりそうだった。

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