第19話 また一緒に面白いことしましょうね、先輩
「――闇也先輩!!! 大好きです!!!」
機材の準備が終わり、配信が始まるよ、というところで。
急に立ち上がった八坂は唐突にスタジオ中に響く声量でそう叫んだ。
急過ぎる出来事に騒然とするスタジオ。
冷や汗をかく俺。
「……えー、もう配信始まってます?」
「うん。はじまってるね」
「あー……じゃあ、座ろうな八坂」
「はい!」
周りとコメントからめっちゃ笑われてる気がしたけど、進行のためにひとまず座らせておく。
今のは、休憩明け、俺が八坂を目覚めさせようとした次の瞬間の出来事。
こうなるだろうなと思って俺が八坂に少し話を伝えたんだけど、俺の予想を軽々と超えてくる八坂ぶりだった。
久しぶりに八坂らしい八坂と会えた気がする。
自分で望んでおいてアレだけど今隣にいるのちょっと恥ずかしいもん。
「えー……じゃあ、最後の企画、シンプルな協力ゲーム『生き残れ! 古代のFPSで二人の絆を確かめろ』……を始めていくよ」
「FPSがすきな闇也君はがんばってほしいね」
「頑張ります」
「やってやりますよ絶対一位取ってやりますよ!」
こいつすげぇ!
さっきまで青さんに少しも話せてなかったのになんか啖呵切ってる!
「はは……じゃあ今回のトップバッターは……二人にしようか」
「えっ」
「私と闇也先輩にやらせたら追い抜けない記録作っちゃいますけど大丈夫ですかね?」
「おい」
「じゃあ言葉通りの記録……見せてもらおうかな」
「任せてくださいよ! 私と闇也先輩なら無敵ですよ!」
こいつやべぇ!
牛さんにも物怖じしないぞ! これはこれで多分終わったあと後悔するやつだ!
「頑張りましょう! 先輩!」
「お、おう」
突然高校デビューの如く変貌を遂げた八坂に引っ張られながらゲーム機とテレビの置いてある椅子の前に座ると、画面に映っていたのは八坂が生まれるより前に発売されたゲーム。下手すれば俺より前か。
難易度は一番難しく設定されてる。
俺は一応やったことあるけど、この時代のゲームって妙な難しさがあるし、八坂なんて触ったこともないだろうから多分――
「こんなの楽勝じゃないですか? 先輩」
「……お、おう」
でも今の八坂はスーパーポジティブモードだから関係なかったわ。
それから、現実では自信満々な八坂に引っ張られつつ、ゲーム内ではまともに操作できずボコボコにされかける八坂を引っ張って、俺達は最後の企画だけはらしさを出して、配信を走りきった。
「いや……休憩中に八坂さんが叫んだ時はどうなることかと思ったけどね……」
「俺も終わったと思いました」
配信終了後。
俺は他の参加者の人達とは相変わらずの人見知りを発揮しながらも、一応ちょっとだけ仲良くなって別れた。
多分あと三回くらい向こうから好感度を上げに来てくれれば普通に話せるようになると思う。大きな進歩だ。
そんな参加者の人達ほほとんどが帰ってしまった後、タクシーを待っている俺は同じく残っていた牛さんと青さんに話しかけてもらっていた。
「そういえば、八坂さんはおちこんでたね」
「あれは……そうですね。まあ、負けたくなかったらしいので……」
結局、最後の企画になってようやくちょっと調子が出てきた俺達の最終得点は89点で、なんと堂々の4位だった。
俺は最初から勝てると思ってなかったからなんとも思ってなかったけど、八坂は本気で勝つつもりだったらしく、今も少し離れたところで落ち込んでる。
配信的なことを言えば、中途半端な順位よりは良かったんじゃないかと俺は思ってるけど。
「でも……最後の企画までは別にそんな感じじゃなかったよね」
「まあ……スロースターターなんじゃないですかね」
もしかすると、俺が最初から操ろうとしてればエンジン全開で始まれたのかもしれないけど。
でもそれはそれで暴走時間が長すぎて危なさそうだし。あれで良かったんだろう。
「じゃあ……もうそろそろ俺は失礼します」
「うん……お疲れ様。面白かったよ、闇也君」
「ありがとうございます。……青さんも、呼んでもらってありがとうございます。楽しかったです」
「うん。また呼ぶから」
「今度ははじめからあのテンションできてね」と、俺に言ってるのか八坂に言ってるのかわからないことを青さんには言われて、俺は外で八坂と合流してタクシーに乗り込んだ。
◇◆◇◆◇
「あー……」
「いつまで落ち込んでるんだよ……」
どう見ても口から魂が抜けてる八坂と、今日二回目のタクシーで帰ってる最中。
配信の順位発表からずっとこの調子の八坂は、演技でも何でもなくガチで最下位にショックを受けていた。
ちらっと見た配信の感想だと、休憩明けの謎の告白は何だったのか? ってことと、順位発表後の八坂のガチ過ぎる反応がほとんどだったから、よくやったな、と俺は思ってるんだけど。
序盤あんなに置物だったのに、最後の企画の時だけであそこまで印象に残ったのは、残した印象はともかく素直に凄いと思うんだよ。
「先輩と……勝てば……先輩と……」
「もう負けてからだいぶ経ってんだよ……」
引きずり過ぎだろいつまでも……。
まあ……最後の企画前の休憩の時、そういうやる気の出させ方しか思いつかなかった俺も悪いのかもしれないけどさ。
「だって……だって……先輩から言ってくれたんですよ……?」
「うん……」
「『勝ったらデートしてやる』って!」
「『勝ったら一緒に買い物行くか』な?」
……ああそうなのね?
あの時の八坂にはそう聞こえてたからあんなやる気出してたのね?
いや普通に……何もご褒美とか思いつかないから、好きな物買ってやるみたいな意味のつもりだったんだけど。
「先輩が……先輩が、私にそんなこと言ってくれることなんてこの先もう……」
「いやデートしてやるは幻聴なんだけどな?」
「だってデートしてやるってことは私のこと好きってことじゃないですか!」
「だからデートしてやるは言ってないんだけどな?」
ダメだこいつ、俺の催眠が効きすぎて俺でさえもコントロールできなくなってる。
もう配信終わったから大人しい方の八坂に戻したいんだけど、どうにかして戻せない? これ不可逆?
「そんなチャンス……もう……」
「いや……そのチャンスは最初から……」
多分「頑張ったから行ってやるよ」とか「いつか行けばいいだろ」みたいな展開を期待してるんだろうけど、残念ながらデートするってチャンスは最初からなかったから何も言えない。
別に買い物だったら、今日の活躍具合なら行ってやってもいいかなとは思ってるけどさ。八坂にそっちは聞こえてなかったみたいだから。
「というか……一応言っとくと、あれは八坂の緊張ほぐすために言っただけだからな」
「……へ?」
急に素っ頓狂な顔でこっちを向く八坂。
「別に本気で俺が勝ちたかったから言ったとかじゃなくて……ああ言ったら八坂がいつもの感じでやってくれるかと思ったから、言っただけだ」
「……あ、そうなんですか?」
あ、普通に伝わってなかったんだ?
八坂の中で俺はガチであの企画で一位になりたい人だったのか。そこまでして仲良いこと証明したいとは全く思わないんだけど。
でも、そういう狙いが透けて見えてたら八坂も乗り切らなかったかもしれないし、それで逆に良かったんだろうけど。
「あの配信……あのまま行ったらさすがにヤバかっただろ。俺はいいとしても、八坂は何の印象も残らなかっただろうしさ」
俺は『やっぱ闇也ってコミュ障なんだね』で終わっただろうけど、八坂のこと知らない人は八坂がどういう奴なのか何もわからないまま終わるところだっただろうし。
最終的に八坂が頭おかしい奴だってことを初めて見た人にもちゃんと伝えられたのは良かったと思う。
「あー……」
「だから、別に俺は下手に勝つより最下位で良かったと思うし、最後の方の八坂はいい感じに頭おかしくて、良かったと思うよ」
「……そうだったんですか」
「多分今の配信でファンも増えただろうしさ」
今頃後半に起きた八坂の奇妙な行動が切り抜かれて動画にされてるところだろうし。
明日の昼にはその動画が十万再生くらいされてそう。
「そういうことだから、落ち込むこともないし……普通に大成功だったんじゃないかと、俺は思ってるけど」
最終的には普通の八坂を超えて200%の八坂を世間に晒してしまったわけだし。
一番人に見られるところで一番人に見せちゃいけないところ見せた八坂はVtuberとして人気になるのも当然だろう。八坂が言うにはVtuberってのはそういうらしいし。
「ということで落ち込むのはやめにして……」
「……きです」
「んぇ?」
きです?
「大――ッ好きです!! 先輩!!! 先ぱ――むぐむぐ!」
「やめろ落ち着け抑えろ八坂……!」
理性を保て! ドラレコに映ってるぞ八坂!
「だって私は何も気づきませんでしたけど先輩は私のことを思ってそう言ってくれたわけじゃないですか……!」
「まあ俺のためでもあるけど……」
「それで私は何もわからないまま良い感じに喋ってたわけじゃないですか……!」
「まあそれは狂人になれる要素が八坂にあったから……」
「つまり先輩は自分も緊張してるのに私のことを気にかけてくれてたわけで……!」
「まあ八坂が喋れば俺も喋れると思ったし……」
「ああもう抑えられません! 先輩!!!」
「それを抑えろって言ってんだよ!」
タクシーの運転手さんが優しそうなおじいちゃんじゃなかったらもう五回くらい黙らせてるからな!
それに別に……言うほど凄いこともしてないし……
「むぐ……それで、あの、先輩、真面目な話なんですけど」
「なんだ?」
「私先輩のこと好きなんですけど」
「知ってる」
「どうにかならないですかね」
「……それは何のお願い……?」
そんな値切り交渉する感じで言われてもわからないんだけど。
えー……要はまた告白されてるのか……?
いやだけど――
「ダメなのはわかってるんですよ! でももう抑えられないんです! だから……その、先輩との関係性をもっと……師匠の一つ上くらいでいいので……」
「……大師匠?」
「恋愛方向で!」
どうやったら師匠を恋愛方向に進化させられるんだよ。
それに、恋愛方向と言われても、八坂と付き合えない理由はもう散々話したし、今更言われたところで……
「Vtuber活動の方も頑張りますし、いずれ絶対先輩のことも追い抜かします! なので……ほんの少しでも……0.1%でも私に、先輩に好きになってもらえる可能性をください……!」
「…………」
……とも思ったけど。
どうやらそう頼む八坂は本気のようで。
少しもふざけた様子のない瞳が真っ直ぐ俺の方を見ていた。
「…………まあ」
今まで、散々断ってきたけど、何回も好きだと言われて、俺だって何も思わないはずがない。
本当に少しも八坂に惹かれないなら、もっと最初の段階で俺は八坂を突っぱねてる。
ただ、いずれ引きこもりになる俺なんかより、他の誰かを好きになればいいのに、という気持ちに変わりはない……けど。
「……可能性の話で言ったら0%なんかないだろ」
「えっ」
「そりゃ、本当に付き合うってなったら、わりと騒ぎになるだろうし、安定もしないだろうし、良いことはないけど……もうコラボまでしたし、今更八坂が好きだとか言ってきたくらいで、八坂と関わらないとか言うつもりはないし」
だから、好きにすれば良いんじゃねぇの――っていうのは少し、傲慢な感じもするけど。
「だから……何が言いたいのか、俺もわからないけど……可能性は別に、あるんじゃね」
人間なんだから。
女子高生と付き合ったらヤバいとか、変なスキャンダルで人気落ちたらヤバいとか、そもそも八坂の性格がヤバいとか、俺自体もヤバいとか、考えることは山ほどあるけど、好きになる可能性なんて言われたら、そんな可能性はないなんて言えない。
八坂に少しも魅力がなかったら、今日一緒にスタジオまで行こうとは思わなかっただろうし。
現時点では、八坂のことを好きかと聞かれたら頭を悩ませるだろうけど、八坂が嫌いかと聞かれたら、それは違うと、すぐに答えると思う。
「先輩!!!」
「いやだから声……」
「私は嬉しいです!」
「うん良かったな……」
「ようやく私達は結ばれたんですね!」
「また話聞いてねぇ!!!」
せっかくちょっと真面目に考えて答えてやったのにな!
「あ、でも……付き合うことになっても」
「なったとしても、な」
「Vtuberとしても一緒にやってほしいことは変わらないので」
「そうかい」
本当にこいつは、どこまでもおかしいのか真面目なのかわからない。
「また一緒に面白いことしましょうね、先輩」
「ああ。また機会があれば」
「はい! ……って、あれ、今の機会なさそうな言い方じゃないですか!?」
「いややるって言ってるだろ。機会があればな」
「その機会はちゃんと訪れるんですよね?」
「それは俺に言われても」
「先輩!?」
そうして、俺と八坂が初めて参加した大型コラボは無事に終わり、帰宅した後、俺と八坂は、主に八坂の方はわかりやすく人気も上がっていた。
そのせいで、チャンネル登録者数で俺のことを抜かして、俺をヒモにするつもりらしい八坂は目に見えて調子に乗っていたけど、まあ壁にぶつかるまでは調子に乗らせておこうと思う。
「あ……そういえば先輩」
「……どうしたぁ」
「言ってなかったんですけど、私本名も『すみれ』なんです」
「……あ、そうだったのか?」
「そうなんです。ということで、本名を呼んでも視聴者にもバレない仕様なので、今度から是非堂々と配信でも下の名前で呼んでくださいね!」
「いきなり呼べるか!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます