第18話 もしここから巻き返して一位になったら

 タクシーでの移動を終えた後。


「……にちはー」


 日本一のVtuber事務所を自称するだけあって、スタジオ設備もある立派なオフィスを都内某所のビル内に持つバーチャルライブ。

 そんな清潔感ある、ビジネスマンしか入っちゃいけないような雰囲気のある場所に、俺と八坂は恐る恐る入っていく。


 いや、恐る恐る入ったのはもしかしたら俺だけかもしれないけど。


 「Vtuberの会社って仕事楽そうw」と入った頃は思ってたけど、マネジメント業の真城さんみたいな人だけじゃなく、技術系の人とか企画運営の人とかいろんな人が俺の知らないところで動いてるらしく、当然社内には俺の知らない人がたくさんいる。


 変なところに座って雑談を求められるのも俺にとっては致命傷だから、とりあえずスタジオを目指して歩こうとする。


「こんにちは。……ああ、闇也君だよね?」

「……え?」


 ……え、誰です?

 なんか大学生くらいのお兄さんに話しかけられたんだけど。ナンパ? アーッ?


「はは……僕だよ」

「ははは……そうですよね」

「はは……わからなかったかな。イメージと違うってよく言われるんだ」

「ははは……そうなんですねー……じゃあ俺はちょっと急ぐので」


 申し訳ないけど誰かわからないし俺は今から行かなきゃいけない場所があるから――


「はは……まだ急ぐことはないよ。……まあ僕と違って闇也君は配信したがりだから、今すぐにでも配信したいのかもしれないけど……」

「……――ああ!? 牛さんか!」

「今気づいたのかい……?」


 そうだ! この渋い声どっかで聞いたことあると思ってたんだ!

 いや、この声の渋さで牛さんが結構若いってのは知ってたんだけど、会ったことないからわからなかった。

 そっかー牛さんかー。


「いやーもう早く言ってくださいよ! 俺今めっちゃ緊張してて!」

「きゅ、急に元気になったね……」

「そんな若いイラストで喋られたら牛さんだってわからないじゃないですか!」

「イラスト……? いや、これは生まれ持った容姿だから仕方なくてね……」


 話しかけられたのが知り合いだとわかって一気に気持ちが楽になった。

 マジで自分でもびっくりするくらい人見知りだな俺。


「ところで……闇也君と一緒に来たその子は……」

「あ、はじめまして……八坂すみれ、です」

「ああ……八坂さんだったんだね。始めまして」


 そこで八坂がぺこりと頭を下げると、牛さんも軽く頭を下げる。

 そんなやり取りの後、牛さんは俺に耳打ちをしてきて。


「……結構、配信とはイメージが違うんだね」

「……そうですかね?」


 あんまりわからん。

 まあ初対面だし普通の挨拶じゃないかな。

 八坂は配信でも真面目キャラでやってるしな。うん。


 ただ、言われてみれば確かに大人しいな、とは思った。

 俺と牛さんが話してるからだろうけど。


「それで、牛さんって今日の配信……いましたっけ?」

「ええ? いやだなあ……闇也君」

「すいませんちょっと確認不足で」

「僕が配信する予定なんて立てられるわけないし……今日はゲリラ出演だよ」

「ですよね」


 いないはずだと思ったもん。

 いたらもっと話題になってそうだし、俺もそこを心の支えにしてただろうし。


「昨日になって水野君から誘われてね……MCで間を繋いでおいてほしいって」

「それで来てくれるんですね」

「そうだね……僕は心配性だから、心配する時間がないほど気持ちが楽なんだ」

「なるほど」


 牛さんを誘うなら直前と。

 そこら辺をわかり合ってるのも同期という感じがする。


 今日のMCは企画者の青さんだけということになってたけど、それだと青さんの負担が大きすぎたのかもしれない。


「ああ……そういえば、それなら牛さんは今日何やるかとか知ってますか? 企画で点数を付けて、最優秀コンビを決めるってのは聞いてるんですけど」


 企画の概要は聞いたんだけど、その後は『まだかんがえていて』という返信が来て、青さんからは特に何も聞けなかった。


「そうだね……水野君は性格悪いからあえて準備とか練習とかさせないように隠してたらしいけど」

「あ、そうだったんですか」


 あれ考えてたわけじゃなくて隠されてたのか。


「だけど……まあ、簡単に言うなら――」


「どれだけ二人の息が合ってるか……って感じじゃないかな」



 ◇◆◇◆◇



「……はじめまして。闇也です」

「うん。はじめまして」


 スタジオで会った青さんは、俺の予想通り……というか、大抵のファンが予想するような容姿をしていた。

 背が小さくて、ショートカットで、中学生くらいに見えて、みたいな。


 会った瞬間に「何歳ですか?」と何の下心もなく聞きそうになったけど、人見知りモード発動で上手く喋れなかったおかげで助かった。


「きてくれてありがとう」

「いえ……こちらこそ呼んでいただき……」


 ……こういう時なんて言えばいいの?


「八坂さんも、ありがとう」

「い、いえっ……えー、この度はこのような立派な企画にお呼び頂き光栄の至りに存じます……」


 ああ、そう言えばいいのか。

 ……いや、それでいいのか?


 というか、八坂さん?


「……なんか緊張してないか?」

「し、してませんけどね……」

「へぇ」


 今のはさすがに俺のせいにはできないと思うけど。

 離れてたし。話してたのは青さんだし。


「……ちなみに、二人のことは」

「知ってます……ええと、そのやはりですね……今こそ大人気のバーチャルライブですが、最初の方のバーチャルライブと言えばこの二人の――」

「オタクになってるオタクになってる」


 今最後の方めっちゃ早口オタクになりかけてたから。ブースト掛け始めてたから。


 まあ……考えてみれば当たり前だけど、Vtuberに興味ないまま事務所に入った俺と違って、この事務所のVtuberが好きで八坂はオーディション受けて入ってきたんだから……どの先輩も知ってるだろうし、元々画面越しに見てた人達だよな。


「じゃあもう一回聞くけど、緊張はしてないのか?」

「緊張はしてないです。でも、配信でしか見てなかった人達と同じ場所にいることで変なことはできないなという気持ちが高まっています」

「それを緊張って言うんだよ」


 普通に緊張してますって言えばいいんだよそれは。

 そんな俺達をいつの間にか生暖かい目で見てた牛さんは、


「やっぱり……仲は良いんだね」

「いえ。良くないですが、この企画に出るためにビジネスコンビとして仕上げてきました」

「そういうことになってるんだね」

「それが事実なんです」


 牛さんはいい加減僕を信じてください。

 ……っと、こんなことを八坂の前で言ったら大声で反論し始めそうなものだけど。


「…………」


 今は特に、何か言う気分じゃないようだった。

 ……本番までに治るといいけど。


「あ……そういえば青さん。その……配信の内容みたいなものは……」

「こっちで配信内ではなしていくから大丈夫」

「……期待してます」


 絶対上手くできないから俺達だけ先に教えてほしいです、とはさすがに言えなかった。



 そんな話をしてるうちに、俺達以外にも出演するVtuberが集まり、それぞれが用意された椅子に座っていった。

 優しい先輩達が、いじるような形で俺達にも声を掛けてくれたけど、人見知りモードの俺と緊張はしてないですモードの八坂では配信の時みたいな返しをすることはできなかった。


 他のVtuberが増えていく度に八坂は固まっていってるように見えたし。

 ここに来るまで、少なくとも俺よりは喋れるように見えた八坂の面影はもうどこにもない。


 「あれ? これ本格的にヤバいんじゃね?」と思い始めたのは、青さんが「配信はじまるよー」と言って数秒経った頃だった。


「らぶらぶー、なかよし男女Vtuberせんしゅけーん――」

「「「イェーイ!」」」


 配信が始まると、出演してるVtuberのイラストが二人ずつ並んで表示された画像が配信画面に映り、それぞれ本人の動きに合わせて横に揺れたり笑顔になったりしてる。

 そんな盛り上がりの中、微動だにしない陰キャが二人ほど画面に映る事故も起こってる。


「この配信は今が旬のなかよしVtuberのなかで、だれが一番のなかよしかを争ってもらう配信です」

「MCは企画者の水野青と……急遽呼ばれた僕が務めます」


 そうしてMCの二人が完璧な説明を見せたところで、参加者の紹介に移り、一番端に座る俺達とは逆側の組から一言ずつ喋っていく。


 その組の自己紹介が終わっていき、どんどんこっちに声が近づいてくる度に、ホラーゲームのSEのような心拍音が俺の中でどんどん早まっていく。


 そして、テンションは低いもののテンポの良い二人のMCのおかげで、あっという間に隣の組が喋り終わり。


「そして次は……闇也君と八坂さん、意気込みとか、ある?」

「……えー、俺は……迷惑とか掛けないように、頑張りまーす……」

「私も……迷惑は掛けず……絶対優勝、しまーす……」

「おーいいねー」

「ッスー……はい……」


 「いいねー」と言ってもらえたものの、その理由も対してよくわからず、俺と八坂は陽キャの集まりに混ざってしまった陰キャのような暗いオーラをまとったまま、配信は始まってしまった。



「――あ、わかった! お金やろ!」

「いやさぁ……俺のことなんだと思ってる?」

「残念だったね……ちなみに正解は『宇宙』でした」


 配信開始から50分ほどが経った頃。


 てっきり一つのことをやると思ってた俺の予想を裏切って、この配信では青さんが用意した複数の企画をいくつかやって、合計点数を競うという形で配信が進んでいき、丁度今、3つ目の企画『コンビなら相手の欲しい物当てられるよね?』が終わったところだった。


 ちなみに俺達のところは、八坂が「いいパソコン」と答えて、俺が「正解はいい布団でした」と言って終わった。それ以外のあの時間の記憶は何もない。


「ということで、今の点数は」

「画面に表示されてる通り……上から89点、81点、65点、51点……だね」

「最下位のふたりは」

「…………」


 ……最下位の二人……?


「……あっ俺達か」

「気づかなかったのかよ!」

「絶対お前らやろ!」


 隣の組から優しいツッコミが入る。

 なんだろう……家族に介護されてるみたいで……凄い涙が出てくる……。


「まだまきかえすチャンスはあるから、がんばってね」

「頑張ります」

「頑張ります」


 一ミリも面白くない言葉が被る。

 正直点数どころじゃないのは八坂も同じはずだから、多分八坂も「(喋れるように)頑張ります」って意味だろう。


「じゃあ次の最後の企画のために準備するから」

「そうだね……配信の方は一旦切ろうか。ちょっと待っててね」


 そうして、配信画面が一旦画像で隠れて、それぞれのVtuberも雑談を始める。

 数分間休憩、ということなんだろう。


「……八坂」

「はい……?」

「今までの記憶、あるか……?」

「……私達、何してたんでしたっけ?」

「何してたんだろうな……」


 俺にも記憶がないんだ。

 確かその場その場で適度に相槌を打つことだけに必死になって、特に内容のあることは喋ってなかった気がする。


「ふー……」


 とりあえず水を飲む。

 水を飲んだところで、これが数時間ぶりの水分だったことに気づく。

 やべぇ今日の俺。


 そうして座ってる間に、新しい機材と一緒に古のゲーム機が運ばれてくる。

 最後はゲームをやって終わりということだろう。


 一応ゲームは得意分野ではある。ただ、今日は勝てる気がしない。いや、勝てる気はするんだけど、勝った後に上手いコメントができる気がしない。


 断トツで勝って「嬉しいです……」くらいしかコメントできないなら勝ちたくない。なんか微妙な空気になるくらいなら目立ちたくない。

 多分八坂もそう思ってるはず。


 ……ただ、今更だけど、このまま終わるのはちょっと、マズイんだよな。

 俺は別に最初から人見知りだからって言ってるし別にいいんだけど、問題の八坂はまだ少しもいいところがない。


 この配信で初めて八坂を見た人も多いだろうし、そういう人から八坂が大人しい奴って印象のまま配信が終わるのはもったいないし、配信に出た意味もない。

 そのためには、八坂にもっとはっちゃけてもらわないといけないんだけど――


「……おい、生きてるか?」

「……はっ。はい……大丈夫です。な、なんかボーッとしてて……」

「とりあえずその少しも飲んでない水を飲め」


 水分補給まで俺と全く同じレベルまで落ちてるし。

 このままじゃダメだ。


 多分帰ったら真面目な八坂は俺と同じように、布団の中で今日のこと思い出して「ああしとけば……!」って後悔して悶え苦しむはずだ。

 俺は経験者だからわかるんだ。外に出たら大体こうなるんだ。


「ぐぅー……」


 だけど、そうなるとわかっててこのまま何もしないのも悔しい。

 八坂もそうなるとわかってて放っておくのも師匠としてなんだかんだで悔しい。

 いつも先輩先輩言われてるくせにこういう時にクソも役に立たないのもほんの少しだけ悔しい。

 この後真城さんから電話が掛かってきてほんのりと馬鹿にされるのも想像するだけで着拒したくなるくらい悔しい。


 要はめちゃくちゃ悔しい。


 ただ、問題があって、ここから巻き返すためには、普段から誰とも絡まないし知らない人にツッコミもできない俺じゃなく、八坂の方の緊張を解かなきゃならない。


 八坂は真面目だけど暴走列車みたいな奴だから、いつもの俺といる時のモードにしてやれば、あとは勝手に暴れてくれるはずなんだけど――


「……あ」

「…………水飲み終わりました」

「頑張ったな」


 俺が長考してる間に足元に置いてあった水を全部一気飲みした八坂は、まだ落ち着かなそうな顔でこっちを見てる。


 やけに大人しい八坂を見てるとこっちの方がいいななんてことを考えそうになる。だって喋らないと普通に可愛――いやいや、今はこいつを元の状態に戻すんだ。


「八坂、時間が少ないからよく聞けよ」

「え? は、はい」

「この前企画で上手くいったら褒美は考えとくって言ったよな」

「あ、言ってました」

「その褒美、今思いついたから伝えとく」

「え、え、え、い、今ですか?」


 今までも充分小さい声で話してたけど、ここからは周りに聞かれたら恥ずかしかったから、八坂に近づいて耳打ちする。


 そのせいで八坂が緊張しただの言い出すのはわかってたけど、俺の予想通りならこの後八坂は――


「……八坂、もしここから巻き返して一位になったら、いつか――」

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