第17話 俺の心配、返してくれるか?
俺が初めて出ることを決めてしまった外でのコラボ。
『ラブラブ!? 仲良し男女Vtuber選手権!』が行われる日。
とうとう当日だなぁと思いつつ、俺の体はそういうイベントによって起きる時間が変わるようにできていないようで、いつも通り午後一時頃に起きて。俺は絶望していた。
「……あれ……今、何時……?」
昨日配信中にも視聴者に『明日大丈夫?』『遅刻するなよ』って言われたから、明日は早起きするから今日は早めに終わるって言って午前二時くらいに切り上げたのに……。
九時間睡眠で11時くらいには起きるわって話してたのに……。
どうして……? どうして一時……?
「って準備準備……」
今日は出かけるんだから……まずシャワー浴びて……髪……とか服……なんかして……あと持ち物……あれ……? 何持ってけばいいんだ……?
あれ……? 俺……
「外出を……舐めてたか……?」
そもそも準備して出かけるなんていつ振りだ……?
面接の時……? でもその時は母親が――
「闇也ー! 起きてんのー?」
「
それから、起きた姿のまま立ち尽くしていた俺は風無に指示されるまま外出までの最効率ルートを辿り、持ち物に関しては「スマホと財布と闇也の声だけ持ってけば何もいらないでしょ」という助言を信じて、何の準備もなく外に出た。
家を出るまでのタイムは13分16秒。言うまでもなく世界新記録。
「いやほんと……先が思いやられるんだけど……」
「いや大丈夫大丈夫。家を出るまでが最難関だったからここまで来たらいける」
「少しは放送の方に気合い入れたら……?」
そっちはどうせなるようにしかならないから。
なんかしようとしても俺は俺っぽい喋り方しかできない。
俺は俺の喋りを脳死で信じてる。
「まあ実際準備は風無いなかったら一時間は掛かってたし……って、そういえば八坂は……もう行ったのか?」
てっきり外でもう待ってるかと思ってたんだけど。
今日の企画が楽しみ過ぎて先に行っちゃったのか?
「ああ、すみれは……ちょっと待って、今引っ張り出してくるから」
「引っ張り出してくる」
それは、言葉通り部屋から八坂を引っ張ってくるという意味?
八坂なんて六時くらいからでも起きてそうだと思ってたけど。意外と寝坊とかするタイプなのか。
そう言って風無が自分の部屋に戻っていくと、中から二人の会話が聞こえてくる。
「――もうちょっと! もうちょっとだけ確認しないと!」
「いやだから――そんなにいるわけ――」
「もしものことが――あ、絆創膏とか入って――」
何やってんだあいつ。
しばらくすると、風無にリュックを引っ張られる形で、それを背負った八坂が登場する。
今から学校でも行きそうなリュックだな。
「あ、闇也先輩――あれ? 何も持ってないんですか?」
「まあ……俺は持ってくもんないから」
「え、そうなんですか? じゃあちょっと待っててください私が先輩の分まで」
「やめろ遅刻するから!」
絶対そのリュックの中身の90%は使わないまま帰ってくるから!
せっかく俺の準備とかいう最大の難所を乗り越えたと思ったらこんなところに罠があったとは……これも風無がいなかったら本当に遅刻してたかもしれない。
「ほら、せっかくだからちょっと早めに行くぞ」
「えっ、せっかく時間あるなら最後まで確認を――」
「風無! 八坂のこと締め出してくれ!」
「はいはい。頑張ってねーすみれー」
「ああああああああああ! お姉ちゃぁぁぁん!」
「サンキュー風無……」
向こうでもお前のことは英雄として語り継いでくるよ。
その後、部屋の前でリュックの中身を確認しようとした八坂を何とか引っ張って、呼んでいたタクシーに放り込み、俺と八坂は同じタクシーで事務所に向かった。
「ふー……意外とヤバい奴だな、八坂も」
「当たり前じゃないですか。Vtuberはヤバい奴じゃないと務まらないですからね。真面目だなんて一瞬でも思ったことを反省してください」
「いや……」
真面目過ぎてヤバい、みたいな意味なんだけどな。
もうその真面目さを売っていった方が今より個性出るんじゃないか。
「はー……だけどさすがにこの時間に出れば遅刻はないし……ふははぁ、今日は勝ったな」
「凄い疲れながら言ってませんか?」
「……言うな」
これでも頼れる先輩を演出するためにその辺を隠しながらやってんだよ。
実際は外に出るだけで疲れてるしオフコラボも不安しかないことなんて言わせるな。
「そういう八坂の方は……大丈夫そうだな」
「大丈夫ですよ任せてください」
「ああ……」
実際八坂の方が頼りになりそうだし。
俺と二人でいる時におかしくなる悪癖はあるけど、それも抑えてるらしいから大丈夫だ。
「私は大丈夫です。先輩のことが大好きですし先輩に迷惑は掛けられませんし新人として他のVtuberの人にも失礼なことはできませんし企画を台無しにはできませんし視聴者もがっかりはさせられませんし呼んでくれた水野さんに後悔させたくはありませんし私はやれます。大丈夫です」
「お、おう」
「そもそも私には荷が重く大丈夫ですし、できることならこのまま永遠に先輩とタクシーでランデブーし大丈夫ですし、このままでも私の心臓ははち切れそうな大丈夫ですし、もし先輩が寝ようものなら私は勝手にくっついてるので寝てもらって大丈夫ですし」
「最後のは別に狂ってなかったよな」
普通に正しい日本語だったよな。内容はともかく。
「いや、狂ってるとかそういうことはなくて私は緊張することがない人類なので――むぐ」
「とりあえず……もう大丈夫だ、喋るな」
それ以上タクシー運転手さんに謎の呪文を聞かせ続けるな。
それに、そういうのは口に出せば出すほど不安になる。
俺はよく知ってるんだ。
「まあ……なんだかんだでこういうのは、行ったら何とかなるもんだから」
「はい」
「そんな……緊張せずに、気楽に行った方が多分いいだろうしさ」
やらかしたらどうしようとか。先輩の顔に泥塗ったらどうしようとか。
俺も今現在進行形で考えてるけどさ。
そういう心配は頭から消すくらいで丁度いいと思うんだよな。
「せっかくの機会だし、変なこと考えてても仕方ないだろ」
「……そうですね」
そこで俯いていた八坂はパッと顔を上げる。
心なしかさっきよりも顔色は明るいように見えた。
まあ……これで少しは先輩らしいこともできただろう。
「まあ今緊張してるのはタクシーという大人の空間で闇也先輩の隣に座ってるからなんですけどね」
「…………は?」
「スタジオについたら緊張とは無縁の人間になるので安心してください」
澄まし顔でなに言ってんだこいつ。
「俺の心配、返してくれるか?」
「返しません! というか先輩に口を押さえられたシチュエーションを思い出して動悸が止まりません先輩心配してください! 今こそ心配のむぐっ!」
「いやもう、元気ならいいから……黙っててくれ……」
それなら俺の方が余程不安になってるところだから……。
今は落ち着かせてくれ……。
しかしテンションが上がって仕方なかったらしい八坂は、それから三十分ほど掛けて事務所に着くまでの間、ずっと勝手に喋って俺との会話を楽しんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます