第11話 素の八坂、見に行ってきていいか

「それでー、なんか結局バグで途中で終わっちゃってさー」

「ほへぇ」


 俺の視聴者達は今頃仕事や勉強を頑張ってるであろう平日の真っ昼間。


 俺にとっての朝食を午前二時頃に食べた後、自室にいるはずの俺は何故か風無の愚痴を聞かされていた。


「せっかくもうちょっとでクリアってところだったのにセーブもないしさ。あんなホラゲーもう一回やる気もしないんだけど」

「ほへぇ」

「でも皆クリアしようクリアしよううるさいし。そりゃ絶対バグらない保証があるなら私もやろうって思うけどさぁ」

「ほへぇ」


 じゃあやらなくていいんじゃないですかね。


「まああそこまでやったらエンディング見たいっちゃ見たいんだけど」

「ほへぇ」


 じゃあやればいいんじゃないですかね。

 俺は風無の好きにすればいいと思うよ。


「迷ってんだよねー……」

「ほへぇ」


 大変ですね。


「ほへぇ……」

「というか闇也」

「ほへ?」


 なんだよ。


「何その返事?」

「ほんへ?」


 返事?

 ……あっ。


「ああ、間違って心の中と声が逆になってた」

「あんたいつもほへほへ思ってたの……?」


 いや、そりゃほへほへ思うよ。


 なんか風無はゲームが配信中にバグってもう一回やるか悩んでるらしいけど、俺はその三倍くらいはデカい悩み抱えてんだから。

 頭空っぽにしないと考える時に考えられないだろ。ほへ。


「いや……まあ俺にもいろいろあるんだよ……」

「闇也に悩みなんてないでしょ」

「本人を目の前にして決めつけるな」


 俺がいろいろあるって言ってるんだから本人の言葉を尊重しろよ。

 俺も視聴者だったら「闇也に悩みなんてないでしょ」って言うけど。

 大体自堕落な生活送ってるとこしか人に見せないからな。


「別に本当に悩みがあるなら聞くけど?」

「いや……」


 ただ、その悩みを風無に言えるかは微妙なところだから困る。


「なに? 私には言えないってこと?」

「俺にも守るべき秘密ものができたんだ」

「はぁ?」


 風無が「バカがなんか言ってる」という顔をするのもよくわかる。

 俺だってどういう状況なのか完璧にはわかってない。


 ただ、確かなのは、俺は昨日青さんから企画に呼ばれて、その企画は『ラブラブ!? 仲良し男女Vtuber選手権!』で、それに参加するには俺が女性Vtuberを一人誘わなきゃいけないということだ。


「いや……うーん……」


 まあ……別に風無にこのこと全部話しても何も問題はないんだろうけどさ……。


 この企画、さすがに俺のイメージと違いすぎるし、風無に話したら「『ラブラブ!? 仲良し男女Vtuber選手権!』に出なかった男」としてこの先ネタにされそうだし……。


 逆に、企画に出たいんだとしたら、これを風無に……最悪八坂に、言わなきゃいけないんだけど。


 ……だけど多分、青さんが欲しがってるのは八坂の俺に対する「ラブラブ!?」部分なんだよな。

 風無に言っても、この企画なら八坂の方を誘うべきだと言うと思う。


「なんでー、同期にも言えないことってなにー」

「なんなんだよそのテンション……」

「すみれに構えないから暇なの」


 言いながら風無は俺の肩に手を乗せてくる。

 多分このシスコンいっつも部屋で妹にくっついてるんだろうな。


「……だからって代わりに俺に近づくなシスコン」

「えっ? ……近づいてませんけど」

「いや今離れてったのが証拠だろシスコン」


 なに? 無意識に人に触る癖でもあるの?

 そうなると今までは八坂と一緒に暮らしてる風無可哀想、だったのが風無に触られる八坂可哀想、になるけど。


「いや……大丈夫。そういうのはすみれにしかしないから」

「シスコンなの認めてるし俺にもしてたし」


 つまり俺は風無の妹だった……?

 妹要素皆無だけどいい?


「というか……そんなに妹が恋しいなら帰れよ。部屋にいるんだろ」

「いやだって……すみれが移したら悪いって言うから」

「ああ……まだ熱出してたのか?」

「熱じゃなかったら学校行ってるでしょ」

「……あ、そだな」


 俺の頭の中から学校とか仕事とかそういう概念が抜け落ちてるのがバレた。

 八坂が熱出して配信もしてないのは真城さんからも聞いてたけど、まだ寝込んでたのか。


「ま、さすがに今日寝たら治りそうだし、目離しても大丈夫そうだから来たんだけど。本人が一人がいいっていうから仕方なくね」

「ふーん……」


 風無はシスコンだけど、八坂は姉思いなんだな。

 そのせいで風無はシスコンになったとも言えるかもしれないけど。


「そういえば、関係ないけど、結局風無と八坂はコラボも何もしてないよな、同じ部屋でできるのに」

「あー、まあ、真城さんとも、時期が来たらいいんじゃないって話はしてるんだけどね。パソコンも、ちゃんとしたの買ったら、今のノーパソすみれにあげようと思ってるし」

「ああ、まだ二人で一台だったのか」

「私は闇也ほど配信しないし」


 通話でコラボもなくいきなり同じパソコンからオフコラボし始めたら視聴者も驚くだろうしな。

 最初は同じ部屋だけど違うパソコンからって形か……もしくは俺の部屋でも使ってコラボするんだろうな。


「というか、闇也の方こそ早くすみれとコラボしてやってくれない? 可哀想なんだけど」

「いや……簡単に言うけどな……」

「闇也はコラボとか嫌いなんだろうけど」

「いや……」


 なんでそういうイメージがついたのか本当に不思議なんだけど、俺は本当にコラボが嫌いなんじゃないんだよ。


 楽しそうにやってるコラボも大人数での企画も憧れるし、もし誘われた企画のタイトルが『ラブラブ!? 仲良し男女Vtuber選手権!』だったとしてもめちゃくちゃ出たいんだよ。超出たいと思ってるんだよ。


 ただ……どうしても、悪い方を考えちゃうんだよな。


「でも、コラボしたら……結構その後も関わること求められるだろ、視聴者に」

「それが面倒ってこと?」

「面倒っていうか……」


 もし、八坂が炎上したら、とか考えちゃうだろ。


 考えたくないけど、ネットの世界じゃ炎上は付き物だし、一応リスクとして頭に入れとかなきゃいけない。

 特に、なるべく長くこの生活を続けたいと思うなら。


 誰かが炎上したらその人と付き合いがあった人も「そういう人なのかな?」って目で見られることはあるし、飛び火することもあるし。炎上まではいかなくても、人気が下がることはあるだろうし。

 こういうこと考えてたら、誰とも付き合わないのが一番いいってなっちゃうんだろうけど。


 ……だからこんなイメージなんだろうな、俺。


「今はまだ引き返せる感じあるけどさぁ。もしよく八坂と配信するようになって、八坂がなんか問題起こしたら……巻き添え食らう可能性大だし」


 八坂の場合高校生だし。10代設定だけどタバコ咥えて酒グビーしても炎上はしない風無と違って、未成年ってところで問題も起こるかもしれない。


「でもそれ別に、私にも言えない? 私が問題起こしたら同じことじゃん」

「まあ、そうだけど」


 でも、風無は同期だしな。


「別に、風無はやらかしそうな雰囲気ないし」


 パソコン関係はやらかすけど。俺よりまともな人間だとは思ってるから。


「ふーん……でもそれで言うと、私もすみれは大丈夫そうだと思うけどね」

「……マジで?」

「すみれは結構しっかりしてると思わない?」


 え、全然思わない。

 びっくりするほど思わなかったから、咄嗟に姉馬鹿だねって返しそうになったけど。


 ……でも、考えてみると、少しだけ、そうなのかもしれない、とも思えてきた。


 俺の目で見える八坂が大体テンションの高いおかしな人間なことは変わらないけど、俺が八坂と同い年だった時のことを思い出すと、八坂よりおかしい人間はたくさんいた気がしなくもない。


 まあそれだけなら高校生は皆おかしいって結論になるんだけど、俺が八坂と同じ歳の頃に今の環境が整ってて、俺が親から離れてVtuberやりますって言えたかというと、多分言えなかっただろうし、言えても今ほどしっかりはできなかったと思う。


 それを考えると、風無がそう言う理由も何となく分かる。

 風無の場合は、八坂が家で何かしらやってるところまで見てるんだろうしな。


 ただ、


「姉馬鹿だね」

「散々考えてそれ!?」


 その感想は変わらないけど。


「まあ……俺が見てる八坂は、おかしい面の方が多いんだろうな、とは思うけどさ」

「結構家では大人しかったりするしね、すみれ」

「え……本当に……?」

「やる時はやる子だから」


 俺と通話してる時は家で散々騒いでるけど。

 それがあっても大人しいと言われるのは、本当に俺の前でだけ馬鹿になるのか姉馬鹿なのか……。


 まあ、家でどんな姿であれ、企画に出る時にはいつもの八坂になってくれそうって安心感は、確かにあるんだけど。


「……そう思うと、長くやれそうだな」

「すみれ?」

「まあ……そう」


 俺や風無みたいに完全に素で配信しちゃうタイプ。逆に完全に素を見せないタイプ。中途半端なタイプ。

 当然いろいろなタイプのVtuberがいるんだけど、もし八坂が素は大人しい人間だったりするなら、そういう完全に素を見せない職人タイプは、キャラも配信もずっと安定してるイメージがある。


 と言っても、俺はどう頑張っても八坂の素を見れないからどうもできないんだけど――


「でしょー? 私が入ったらって勧める前からすみれは絶対こういうことやったら面白いって――」

「――ああ」


 なら、確認しに行ってもいいか。


「ん? どっか行くの?」

「いや……本当に、ただの、好奇心なんだけど」


 そうめちゃくちゃ目を逸らしながら答えて、俺は隣の部屋を指差す。


「――素の八坂、見に行ってきていいか」

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