第5話 配信が終わったら話したいことがある

『あああ! これどっち!? あれぇっ?』


 八坂のデビューからも数日が経ち、配信者としての個性が出始めた頃。


 画面の中でホラーゲームをしながら狼狽える八坂は、5000人程の視聴者の前でたまに悲鳴を織り交ぜながらゲーム実況していた。


 高い視聴者数は新人で注目されてるってのもあるだろうけど、誰でもある程度盛り上がる、ゲームの中でも実況向きと言われるホラーゲームを実況してるのもあるだろう。


 そんな八坂の配信を横目に見ながら、俺はスマホを耳に当てて真城さんと通話していた。


「――って感じで話はしましたけど」

『なら、少しは進展したんじゃない?』

「迷惑度は進展しましたよ」


 話すのは、当然今配信中の八坂について。

 要はこの前真城さんに話した、八坂の迷惑行為に関する話の続きだ。


『あらら。だけどおかげですみれちゃんは好調なのよねー。今後伸びそうじゃない? 闇也君から見ても』

「どうですかね。偏見なく見れないのでわかりません」

『どうしても現実の方のすみれちゃんで考えちゃうから?』

「どうしても受けた迷惑行為を思い出すからです」


 どれだけ面白い配信をしていようと、「でもああいうことするからな」で俺の感想は完結する。

 それは八坂が犯した罪のせいだから仕方がない。


『その迷惑行為はなくなってない?』

「エスカレートしてますよ。徐々に俺の生活を蝕んでます」


 ゲームでフレンドになるという一度の過ちのせいで、八坂には扉の前で叫ぶ以外の俺への連絡手段ができてしまった。


 隙あらばゲーム内で合流して会話しようとしてくる八坂のせいで俺の配信中か八坂の配信中以外は気が休まらない。


 まあそれでもリアルで部屋に突撃されるというさらなる恐怖よりはマシかとフレンド欄からは消せずにいるんだけど。完全に脅しの手口。


『話した時には何も言わなかったのね』

「姉の方には八坂とは仲良くなれないからって言っといたんですけど」

『本人には言わないのが闇也君らしいといえばらしいわね』

「面倒事が嫌いなんで」


 本人に直接言って逆上されたら嫌だし。

 こういうのは遠回しに気づいてもらうのが一番穏便に終わる。


『でもすみれちゃんにはその手は通じないんじゃない?』

「そうなんですかね、結構冷たい態度取ってるつもりなんですけど」

『闇也君なんて素が冷たいんだからはっきり言わないと意味ないと思うけどね?』

「冷たいつもりはないんですけどね」


 ただ、素の時の人間はこんなもんだろ、と思う。

 配信中はもう少し喋ってるつもりだし。


 というか、今日の真城さんはなんか相談するフリをしてるけど、根本的に解決するつもりがないのがわかりきってる人に相談することほど無駄なことはないんだよな。

 どうせこの人は俺達について、いい感じにこじれればいいなと思ってる。


『あぁ……ダメだぁ……。……「闇也も見てるから頑張れ」? あ! 闇也せんぱーい! 見てますかー!』


 見てねぇ。落ち込むなら落ち込んどけ。


『大人気ね闇也君』

「そっちも見てんのかい……いや、都合よくネタに利用されてるだけですよ」


 というか八坂のコメント欄もおかしいんだよな。


 普通他の配信者の名前が全く無関係なところで出されると冷めるもんだけど。八坂の配信だとそれでも盛り上がれる空気がある。

 その空気が八坂にとってプラスかマイナスかはわからないけど。


『本当闇也先輩のこと好きだねって……そりゃ好きですよ! 大好き! よしやる気出てきた!』


 感情がジェットコースター。


「ま、面白いですけどね……」


 配信者として、他人事として見られるなら。

 真城さんが今後伸びそう、と言いたくなるのもわかる。


『ね。にしても、よくここまで好き好き言えるわよね。若いっていいわ』

「若くてもこうなれるのは一部だけな気がしますけど」

『これだけ言われるんだから、いずれ告白されるかもしれないわね』

「この前されましたよ」

『ああ、そうなのね。……んん!? そうなの!?』


 珍しく真城さんが興奮してる。いや動揺してる。


「さっき言った、話した時に」

『えぇ……? ああ、そうなの? それで、断ったってことね?』

「ああ、まあ、風無越しに」

『……どういうこと?』

「だから、風無に、八坂と付き合うとかはないって伝えて」

『すみれちゃんには?』

「何も言ってないっすね」

『それじゃないの!?』


 珍しく真城さんが興奮する。


 何に興奮してるのかわからないけど今日は珍しい日だな。


「何がですか」

『すみれちゃんが諦めない理由! だって、本人には何も言ってないんでしょ?』

「本人には……まあ、冷たい態度を取っただけですね」

『それじゃないの!?』


 真城さんはかつてないほど興奮してる。

 珍しい珍しい。


『はあ……いや、それも闇也君らしいけどね……』

「まだ俺は何が悪いのかわかってないんですけど」

『だから、告白の返事を、すみれちゃん本人に言ってあげた方がいいんじゃないの? って言ってるのよ』

「風無から伝わってるとしても?」

『闇也君は自分が告白したとして、共通の知り合いから「ダメくさいね」って聞いたらそこで諦められる?』

「あー…………」


 とりあえずその知り合いのことは黙らせるかもしれないな。ピリピリしてるだろうし。


「まあ、本人から言われるのを待つんじゃないですかね」

『わかってるじゃない』

「わかってたわ」


 ……考えてみれば確かにおかしいな。

 俺はなんであそこまで風無を信用してたんだ?


 いや、面倒くさいから自然と風無がやってくれると信じたかったんだけど。

 でも冷静に考えて八坂が誰かから「ダメくさいね」って言われたところで止まるわけないよな。八坂だし。


『ひとまず……本当に解決したいことがあるなら、闇也君の口から伝えるしかないと思うわよ。話すだけじゃなくて、伝えないとすみれちゃんもわからないでしょうし』

「……そういうことは避けてきた人生だったんですけど」

『別に、これからもすみれちゃんにラブラブ攻撃されたいなら構わないと思うけどね?』


 究極の二択を押し付けてくる真城さん。

 今思うと、真城さんの方が余程俺の問題を解決しようとしてくれてるな。


『闇也先輩がコメントに来ない? いーや見てくれてますよ! 多分もう少しでツイッターでDMが来ますから。ダイレクトにメッセージしてくれるはずですから』


 なんて言いながら、八坂は配信を盛り上げてる。

 別に、こうやって利用されるだけなら俺は構わなかったりする。


 バーチャルライブって事務所全体が盛り上がるのは俺のファン増加にも繋がるし、八坂から俺を知る人も今後増えるかもしれない。


 だから、ネットだけの繋がりなら俺はウェルカム。ただ、リアルでは勘弁してください。

 ……ってのを、できることなら間接的に伝えたかったわけだけど、真城さんが言うにはそれは叶わぬ夢らしい。


 昔から面倒なことを避けてきた結果Vtuberになったところもあるから、そういう面倒事を真正面から受け止めるのは周りが考える以上に嫌なんだけど――


「じゃあ……断ってきますよ」

『良かった。頑張って』


 外出も睡眠も食事もそうだ。しなきゃいけないなら仕方ない。

 しなきゃ死ぬなら人間何でもできるんだ。


 そこで真城さんとの通話を切った俺は、そのままツイッターを開いて八坂にDMを送った。


 【配信が終わったら話したいことがある】


 配信の向こうの八坂は数秒経った後、ゲームを一時停止したまま何かを見て『うひゃあ!?』と声を上げた。

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