第6話 師匠と弟子から
『うへぃ……お疲れ様でしゅ』
配信開始時とは別人のようになってしまった八坂は、ゲームクリアとともに配信を終える。
最初の方はきちんとゲーム実況していた八坂だったが、ある時を堺に『あへぁ……』『うひぁ……』とホラーに対して雑な反応しかしなくなり、一時間ほどでゲームをクリアしてしまった。
放送を見てた人にはホラーゲームで心が壊れた人だと思われていたみたいだけど、俺は一応八坂がそうなった理由を知っていた。
『闇也しぇんぱい!』
「はいはい……」
八坂の配信が終わった直後、プレイする予定もないのにいつものFPSゲームを開いた俺は、ゲーム内で合流してきた八坂の声を聞いていた。
ちなみに、毎日のように掛けてこられたら困るという理由で、まだゲーム内VCでしか八坂とは会話してない。今後普通に通話する予定もない。
「というか……そんなすぐ入ってこられると切り忘れてたら怖いんだけど」
『大丈夫でしゅよぉ。今日は切り忘れてたら闇也先輩が気づいて教えてくれるので、その場合私は唐突に配信終わりに「闇也しぇんぱい!」って叫んだ人になるだけです』
「狂人だな」
それを視聴者に聞かれてもいいと思ってそうなところが狂人度高い。
まあ八坂の言う通り、今日は八坂の配信がちゃんと終わったかどうかは俺が確認してるんだけど。もし配信が切れてなかったら俺の活動に関わるからな。
「それで……どうしてずっとそんなテンションだったんだ。俺がDMしてから」
『えぇっ? そんなテンション変わってましたかあ?』
「配信見返した時に後悔するくらいには変わってた」
『えぇ~? そうですかぁ? でも仕方ないじゃないですかぁ~闇也先輩があんなこと言うからぁ~』
「俺は何も言ってないな」
俺は正気だったからよく覚えてるけど『配信が終わったら話したいことがある』としかメッセージは送ってない。
『えぇ~? 私はよく覚えてますよぉ?』
「なんて送ったっけか」
『言っちゃっていいんですかぁ?』
「全然いい。なんて送った?」
『ほらぁ、「話したいことがある」って言ってたじゃないですかぁ』
「ああ、言ったな」
『言いましたよね!?』
「言った」
『ですよねぇ! きゃー!』
「あー……」
どうしような。
真城さんには八坂に直接伝えると言ってきたものの、ちょっと難しいかもしれないな。
多分、八坂は俺とは違う言語を使ってるんだろう。
「話したいことがあるってどういう意味の言葉だっけ?」
『話したいことがあるって意味じゃないですか?』
「だよな」
わかってんじゃん。
『でも! 若い男女が! 異性に話したいことがあるって言ったら! 闇也先輩!』
「うるせぇうるせぇ」
同じ部屋の風無が可哀想だからやめてあげて。
「はぁ……」
ただ、今のやり取りで、八坂がどういう勘違いをしてあのテンションになったかは大体わかった。
まあ、わかったんだけど……残念ながら、その期待には応えられない。
「じゃあ……一応確認しときたいんだけど」
『なんですか?』
「この前、俺に『付き合ってください!』って叫んできただろ」
『叫びましたね』
ゲーム中、告白を聞きたくなかった俺が切断しようとして――というか実際に切断したんだけど。
その切断よりも早く八坂は『闇也先輩、私と付き合ってください!』と、普通に隣の部屋の住人として聞こえてきそうな声量で俺に告白した。
一応しらばっくれようとしたんだけど、その隙も与えずゲームに再接続した後も八坂は『付き合ってください』という第一声を放った。
恋愛小説家が聞けば今の時代の「付き合ってください」という言葉の軽さを嘆くだろう。
「一応、あの告白が本気だったのか確かめたい」
『本気に決まってるじゃないですか。何言ってるんですか?』
「ああ……だよな、悪い」
一応本気じゃなかったと言われたら俺が恥をかくから聞いておいたけど、そこまで当たり前のように返されると逆にこの質問の方が恥ずかしくなるな。
ただ、八坂が当然のように本気だったとしても、俺の答えは変わらない。
「じゃあ……その、話したいことについて話そうと思うんだけど」
『はい!』
「俺は現状恋人を作る気はない」
『…………』
言った後、数秒経っても八坂は声を発しない。
なるべく穏便に済ませるために回りくどい言い方にしたのが裏目に出たかとも思ったけど、楽になりたい一心で俺は畳み掛ける。
「俺は闇也として配信して生計を立てる今の暮らしをなるべく長く続けたいと思ってる。そしてVtuberは人気商売だと思ってる。別に恋人がいたって活動はできるだろうけど、きっと文句も出るし、変な疑いを持たれるかもしれない。Vtuberとして人気がなくなったら、俺達は会社に雇えませんと言われても仕方ない立場だしさ」
『…………』
「だから……まあ、八坂が好きだって言ってくれるのは、Vtuberとしては嬉しかったけど、付き合うとか……そういう、Vtuberの活動に影響が出るかもしれないリスクは、俺は取れない。それは、伝えておく」
『…………』
そこまで言っても八坂は何も言わない。
こういう経験がないせいか、冷房のおかげでいつもは無縁の汗がバンバン出る。
化け物だなんだ言って茶化してたけど、八坂だって普通の高校生の女の子だ。
もしかしたら、俺が思ってるより本気の恋を、俺は壊そうとしてるのかもしれない。
そう思うと、途端に怖くなる。
「いやっ……全然、八坂のことは嫌いじゃないんだけど。良い声してると思うし、Vtuberとしても伸びていくだろうし、そういう意味では八坂にもリスクはあるし……俺のファンだったってところで、勢いで決めてる部分もあると思うけど、冷静に見てみたら世の中には――」
『――私、頑張ります!』
「は?」
え、なに。
八坂の声だけボイスチャットミュートになってた?
めちゃくちゃ落ち込んでるんだろうなと思ってたらなんか急にめっちゃ元気そうな声聞こえてきたんだけど。
『闇也先輩を超えるVtuberになってみせます!』
「……悪い、今なんの話してるところ?」
『闇也先輩を超える決意をしてるところです』
「ああ、そう」
俺のしてた話はいつの間にか過去のものになってたのかな。
「あの、一応確認するんだけど今俺は八坂のことをフッたという認識でいい?」
『はい。フラれました』
「落ち込んでる?」
『落ち込み終わりました』
「マジかよ」
あんなに真剣な声で「本気に決まってるじゃないですか」って言ってたのに。
どんな再生能力だよ。
『それにお姉ちゃんから何となくその話は聞かされて、覚悟はしてたので』
「ああ、風無も一応言ってたのか?」
『その時は「余計なこと言わないで」って言っておきました』
可哀想。シスコンなのに。
まあ、言わせたのは俺なんだけど……ってことは、八坂は大体察してた上であのテンションでいたのかよ。
フラれる可能性の方が高いって薄々気づいてたのに? メンタルまで化け物か。
『覚悟してても体力の20%は削られましたけど、もう大丈夫です』
「せめてもっと削られろ」
『いーや削られません。私の心はもう闇也先輩に並べる大きなVtuberになることに向かって動いてますから』
「いやだから……」
普通にスルーしてたけど、さっきからなんなんだ、そのVtuberとして成長する決意は。
「……Vtuberとして大きくなったらどうなるんだ?」
『闇也先輩と付き合えます』
「……俺そんなこと言ってないよな?」
『言ってないですけど情報を整理したらそうなります』
「いやならないよな?」
『なります』
そういうネタだよな? と確認するように問う俺に対して、冷静を飛び越えて冷酷と言ってもいいくらい真面目な声で断言する八坂。
八坂はその冷酷な声でまだネタで言ってる可能性を信じたかった俺を地獄に叩き落とす。
『確かに今の私と闇也先輩が付き合い始めたら主に私が反感を買うと思いますし闇也先輩も新人に食いついたみたいな印象になると思います』
「お、おう」
『でも私が闇也先輩を超えるくらい大きくなった後ならその心配はありません。Vtuberの大物同士の恋人となれば皆盛り上がること間違いなしです。いっそカップルチャンネルを作れば闇也先輩の生活ももっと安定すると思います』
「いや確かに今よりはマシかもしれないけどその根拠は――」
『さらに、私が闇也先輩より大きなVtuberになることで最悪の場合私が闇也先輩を養うことも可能になります。闇也先輩の人気がなくなるなんてことがあるとは思えないですけど、闇也先輩一人から、同じくらいの人気の私という保険ができれば闇也先輩の生活も安定すると思います』
「いや保険になるとしても二人で同じ業界の同じ会社っていうのはリスクしか――」
『つまり! 私がVtuberとして成長できれば! 闇也先輩にはメリットしかないということです! どうですか! こう見ると私は魅力的だと思いませんか!』
「俺の声は聞こえてないのか……?」
自信満々なところ悪いけどその理論も穴だらけだし。
大体魅力的って……今は付き合えないだけで俺だって相手を金だけで考えてるわけじゃないし……。
まあ、何を言ったって今の八坂は聞かないんだろうけどさ。
『なので、迷惑なことはしません! しばらく付き合いたいとかそういうことも言わないので! 恋人でも友達でもなくていいので、私が超人気バーチャルユーチューバーになるために師匠と弟子から始めさせてください! お願いします!』
「いや……師匠なら別に俺にする必要ないだろ……」
『だって私ほとんど闇也先輩の配信しか見てないんですよ!? 先輩に見捨てられたらどういう面白さを目指せばいいのかもわからなくなるんですよ!? 絶対迷走しますよ!? 闇也先輩は可愛い後輩を見捨てるんですか!?』
「急に脅す路線に変えるな」
いや、八坂が俺みたいな配信したいんだろうなってのは薄々感じてたけどさ……。
八坂とは性別も方向性も違うし、それならまだ風無を手本にした方がいいんじゃねーか……とは、思うけど、
「……って言って、これもどうせ断っても諦めないんだろ」
『諦めるという言葉が辞書にない系Vtuberなので』
「耐久配信とか得意そうな肩書きだな……」
迷惑な後輩が、迷惑な弟子になったと思えば、言うこと聞きそうな分こっちの方がマシなんだろうな。
迷惑なことはしないって言葉も、信じていいかはともかく、口にはしてるわけだし。
今日までと比べればだいぶいい条件ではある。
『お願いします! 師匠に歯向かいませんから! 師匠の言う通りに育ちますから! リアル育成ゲームになりますから!』
「それは逆に俺の責任がデカくなってんだよな」
『ある程度はオートで育ちますから! 水やりは一週間に一度でいいので!』
「サボテンかよ」
ちょっとコラボしてる風に俺からツッコミを引き出そうとするな。
「まあ……別に、それならいいけどさ」
『サボテンならいいんですか!? 私じゃダメなんですか!?』
「いやサボテンの話はもう終わってんだよ!」
『え?』
なんでここで急に察しが悪くなるのか小一時間問い詰めたいところだけど。こういうことについても、決めたなら俺はすぐに伝えて立ち去りたい。
「とりあえず……八坂のVtuber活動については、手伝ってやる」
『え、本当ですか? やったー!』
「俺の活動に支障がない……手伝える範囲でな」
『やったー! やったー!』
「うるせぇ」
風無から『うるさいんだけどなに言ったの?』ってLINE来たからやめろ。
「とにかく……そういうことだから、じゃあな」
『じゃあ記念に一戦行きましょうよ! 私にFPS実況の基礎を教えて下さい!』
「いや俺配信……」
『お願いします! 私も早くFPSでバンバンキル取るかっこいい実況できるように育ててください!』
「いや……」
――この時点で『迷惑なことはしない』という約束が守られないであろうことを察しながら。
俺はこの日から、諦めることを知らない八坂の師匠になったのだった。
そして後日。
「……なに盛り上がってんだこいつら」
何となくツイッターを覗いていると俺の話題で何やら盛り上がってる人種がいたから、気になって何の話の最中か辿ってみる。
すると、盛り上がってる連中が「師匠」とか「弟子」とか言ってるのと一緒に、八坂の配信を切り抜いた動画がツイッター上で見つかる。
既に舌打ちしそうになりながら動画を再生。
『闇也先輩と? いやぁ順調も順調で! 最近先輩が私の師匠になってもらうっていう――……あっ』
反応を見ると『普通に仲良くなってた件』『「あっ」がめっちゃリアルw』『言うなって言われてたんやろなぁ』『闇也裏ではちゃんとフォローしてたんだね』と、俺と八坂は実は普通に仲が良いけど、俺が仲悪いフリしたがってた、みたいな流れになってる。
俺が何言っても「はいはいw」で終わりそうな雰囲気。
「ふぅ……」
迷惑なことはしない……迷惑なことはしない……迷惑なことはしない、ねぇ……。
「……あいつあああああああああああああああ!」
俺の慟哭が隣の部屋まで届いたかはわからないけど、その日、八坂は『一緒に釈明配信をしませんか?』とツイッターから俺に提案してきた。
当然、するかバカ、と返しておいた。
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