第4話 ただのファンorストーカー

 姉の風無に「あなたの妹さんと付き合う気はありませんよ」と伝え、全てが解決した気になって迎えた朝。


 俺にとっては比較的健康的な午後一時頃に目を覚まし、軽くSNSを見る。

 そこで目に入ったのは、一応フォローしていた八坂のツイート。


 『もうそろそろ闇也先輩の配信始まらないかなー!』『今日は一時頃だと闇也先輩マスターの私は予想するのです』『おはようございます、と先に言っておきます』


「…………………」


 こええこええこええ。


 俺こんなストーカーのアカウントフォローしてたっけ? ブロックしよ……。


 若干閉じかかってたはずの眼が一瞬にして開眼した。めざましテレビよりよっぽど目が覚めるコンテンツ。


「……というか」


 あいつは、こういうキャラでいくことにしてしまったらしいけど、その先のことは考えてんのかな。


 俺が先にVtuberやめた時とか、リアルで仲が険悪になった時とか。


 このキャラがいつまで保つのか先輩は心配になる。

 心配だから今度やめさせよう。


「……とりあえず、配信するか」


 誰かの予想通りで癪だけどな。



 ◇◆◇◆◇



「ふー……」


 バトルロワイヤルゲームで何とか一位になった後。

 「いぇーい」と喜びつつ、時計を見ながらキリがいいな、なんてことを考える。


「あー、じゃー、飯食うかなぁ」


 もう六時間やってるしな。

 配信のアーカイブ動画が長すぎると後から見る人がうんたらかんたら。


 『おつかれー』『配信しながら食えば』『次いつやる?』と流れるコメント欄に


「じゃ、一旦やめるわ。多分夜もやる」


 とだけ言って、配信を切る。

 いつも風無に「闇也は配信の終わり方が雑すぎる」と言われる理由。


「あー……パン……カップ麺でいいな」


 もはや食事など腹に入れば全て同じもの。

 早く某ゼリー飲料に人間に必要な全ての栄養素が入らないかと思ってる今日この頃。


 とりあえず電気ケトルでお湯を沸かし始めて、お湯が沸くまでにもう一戦やるか迷いながらパソコンの前に戻る。


 すると、つけっぱなしにしてたゲームのロビー画面に何故か映る、俺以外のキャラ。

 プレイヤー名は『sumire_yasaka』。


「…………」


 興味本位でボイスチャットをオンにしてみる。


『せんぱーいせんぱーいせんぱーいせんぱーいせんぱーいせんぱ――』


 即オフにする。


「はぁ……」


 俺、この行為の証拠取っといて、ストーカー被害を訴えたら八坂のこと炎上させられるんじゃねーかな……。


『ぱーいせんぱーいせんぱーいせん――』

「…………」


 どうやらこの前このゲームでフレンドになったせいで入ってこれるようになってたらしく、八坂はゲームで合流した上でずっとボイスチャットで喋り続けてるらしい。


 これ、俺がボイスチャットオフにし続けたらずっと向こうで喋ってんのかな。

 それはそれで面白そうだけど風無が見たら妹の正気を疑うだろうな。いや、恐らく既に疑ってる最中か。


『せんぱーいせんぱーいせんぱー――』

「うるせぇ」

『先輩!』

「うるせぇ!」


 急に声のボリューム上げるんじゃねぇ!


『気づいてくれないかと思いました』

「気づいてた。返事はしなかったけど」

『先輩!?』

「わざとやってるだろそれ」


 ツッコむと八坂は『音量って言ってくれるかと思ったので』と笑う。

 あれはそんな微笑ましいやり取りじゃなくて俺の耳を守るための注意だ。


「というか……なんだ、急に」

『そういえばこの前フレンドになってたことを思い出したので入ってきました。配信が終わった頃を見計らって』

「中途半端に常識のある迷惑行為をするな」


 そこで配信中に乱入してきたら迷うことなく叱れたしブロックできたのに。


「残念ながら……今から飯だ」

『あ、それです! うちも夕食なのでこっちで三人で食べませんか? って言いたかったんです』

「嫌だね」

『なんでですかぁ!』

「俺は飯のために部屋から出たくない」


 行ったら面倒くさいことになることくらいわかるし。

 その面倒くささを風無と共有するのも嫌だ。


『美味しいですよ!』

「メニューは?」

『それはお姉ちゃんに聞いてください』

「自分で作ってるんじゃないんかい」


 よくそれで人呼ぼうと思ったな。

 単に風無の負担が増えるだけだろそれ。


「とにかく……今日はカップ麺が俺を待ってるからいい。あと、ロビーに入られてもこの後も配信する予定だから一緒にはできないぞ」

『大丈夫です! 通話の代わりに使っただけなので』

「何も大丈夫じゃない」

『この後の配信も見ますから!』

「はいよ……」


 そう言って、八坂は無駄に粘ることもなく潔くゲームから抜けていく。


 なんというか、ただのファンと通話した気分。

 ただのファンが間違って入ってきて礼儀正しく抜けてった気分。


「……もしかして、これからずっとこういう生活なのか、俺」


 だとしたら配信中以外休まらないな、なんて不安を憶えつつ、俺は次の配信に向けてカップ麺を啜った。

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