第26話 平坦VOICEは心にクるものがある

(ハルが、俺を、好き……ハルが、え、ハルが、好き……俺を?)


 陽葵に告げられた言葉がぐるぐると頭の中を回る。好かれていることは当然知っていた。陽葵は自分にべったりだったから。けれどそう言う意味で想われていたとは思っていなかった。だから陽葵が口にする好意を示す言葉も軽口としてしか受け止めていなかった。ちょっと(?)行き過ぎているけど懐いてくれて可愛い後輩だな、というくらいの認識だった。


「……マジかぁ……」


 まさか恋愛的な意味で好かれていたとは。そう思うと、じわじわと柊夜の頬は熱くなってくる。今まで陽葵からはたくさんの『大好き』を受け取ってきたが、正直なところ陽葵のことを恋愛対象として見たことは一度もない。

 想いを伝えられて最初こそ困惑したものの、ならばどれが『ただただ純粋な好意』だとわかるのでありがたいし嬉しい。だから、答えはどうであれ真剣に想いに向き合いたい……と思ったが、その考えに到達する前に陽葵は去ってしまったーーーー泣きそうな顔をして。


「……」


 柊夜はポケットからスマホを取り出し、陽葵にコールする。


『おかけになった電話番号は、現在電波の悪いところにおられるか、電源が入っていないためかかりません』

「Oh……」


 事務的な口調のアナウンスが流れ、遠い目になり思わずアメリカナイズな反応になる。壁に掛かった時計を見遣ると二十一時を過ぎたところだった。電話も通じない。電話が通じなくなるのは柊夜の経験上、初めてのことだった。喧嘩したり拗ねさせたりしても柊夜が電話をすればワンコールで出て不貞腐れながらも嬉しさが隠せない様子を見せるのが今までの陽葵だったのだが。

 柊夜はスマホをパンツのポケットに突っ込み、バッグを肩にかけて更衣室を後にする。連絡がつかないならば自宅を訪ねればいい。陽葵が暮らすマンションへと夜道を急ぐことにした。

 陽葵が暮らすのは柊夜の地元の駅のすぐ側にあるマンションだ。陽葵の実家は近くにあるのだが、高校に上がった時から実家を離れて一人で暮らしている。

 マンションの下から陽葵の部屋を見上げるが、電気はついていないように見えた。店を飛び出してからさほど時間は経っていないので寝てはいないだろうから、おそらくまだ帰宅していない可能性が高い。こうなってくると最早打つ手はなしだ。柊夜は溜め息を一つ落とすと踵を返し、帰路に就いた。大丈夫、また明日は普通に話せる。そう思って。しかしその考えは甘かったのだと思い知ることになる。

 翌朝になり目覚めた柊夜は掛け布団を蹴り飛ばしながら体を起こすと、すぐにスマホを手に取った。よく使う連絡先に表示されている家族以外の唯一の連絡先をタップする。


『おかけになった電話番号は……』


「……」


 抑揚のないフラットな音声を耳にしてそっと終話ボタンを押した。スマホを手放して力無くベッドに倒れ込む。ガッカリ感が凄まじい。柊夜は魂まで抜けていきそうな盛大な溜息を吐いた。朝一番で仲直りをしようと意気込んでいたのに出鼻を挫かれてしまった。

 寝転んだまま先程手放したスマホを手繰り寄せ、メッセージアプリを確認してみる。昨日送信したメッセージに既読はついていない。追加でメッセージを送り待つ。いつもならば用事がない限り即既読がつくところだが、半時過ぎても全くつく気配がない。電源が入っていないのか、未読スルーなのか判断しかねるところだ。


「ま、今日バイトだしその時にまた話せばいいか」


 スケジュールアプリを立ち上げて予定を確認する。自分のシフトはそれ則ち陽葵のシフトである。日にちも時間も全てにおいて完全一致だ。陽葵の希望でそのように組んでいる。シフトの確認をしつつどうやって声をかけようかを考えていたら一階から母親の声が聞こえてきた。


「柊! あんたいい加減に起きてこないと授業遅刻するよ!」


 その声で時計を見遣ると、表示されている時刻に目を見開く。出発予定の時刻が迫っていた。慌てて飛び起き着替えると、階段を駆け降りた。










 壁掛け時計の秒針の音だけが小さく響く真っ暗な部屋。寝台のヘッドレストに背をあずけ、俯く影。機内モードにしたスマホを手にぼんやりとホーム画面を見ていた。そこに表示されているのは楽しそうに身を寄せて笑い合っている自分と大好きな人。指先でそっと大好きな人の顔に触れる。画面の中の彼は笑顔なままのはずなのに、脳裏に浮かぶのは困惑した顔だ。恋敵から告白を受けたのではないかと指摘した時とは全く別の反応。あの時、自分の心に罅が入った気がした。


(ああ、言うんじゃなかった)


 嫉妬で頭に血が昇って、喚き散らして、勢いで告白して。それで勝手に傷つくだなんて、自分の阿呆さ加減にうんざりする。告白するにしてもあんな形で言いたくなどなかったのに、柊夜のこととなるとどうしても抑制が利かない。次に柊夜に会った時に自分が冷静でいられる自信も、都村を目にした時に殴りかからずに済む自信も陽葵にはなかった。その結果柊夜を傷つけてしまったら、柊夜に嫌われてしまったらと考えるだけで身が竦む。

 ぽたり。画面の上に大粒の雫が弾けた。柊夜の笑顔を守りたいのに、それを壊す可能性のある自分が怖い。


(遠ざけなければ)


 大事な人を守りたいのなら。


(遠ざからねば)


 嫌われたくないのなら。


 機内モードのままのメッセージアプリを立ち上げ、友達リストにある『ひいちゃん先輩』を表示させ通知をオフにし、電話の方は着信音をサイレントに設定しておく。長い間コールしないようにすぐに伝言メモに切り替わるようにもしておいた。柊夜が伝言メモを残すのが苦手だと中学生の頃に聞いた気がするからだ。メッセージアプリはブロック、着信は拒否すれば簡単なことなのだが、どうしてもしたくなかった。大切に思う人相手にそんなことをできるはずがない。避けたくない、会いたい。けれど都村と仲睦まじくしている姿なんて見たくない。目の前で奪われていくことに耐えられない。

 スマホを手放し、枕を手に取って顔を埋める。


「ひいちゃん先輩……っ」


 血を吐くように吐き出した愛しい人を呼ぶ声も涙も、枕へと消えていった。


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ご注文は俺ですか?俺はメニューに載ってません! 鳥埜ひな(とりひな) @cnrw12

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