第13話 煽り耐性なんてそうそうつくものではない
大音量で名を呼ばれ、振り返ると中庭と講堂を繋ぐ通路に陽葵の姿が見えた。
「お、ハル。終わったか」
待ち人の登場に柊夜はひらりと手を振る。柊夜が手を振れば陽葵は大きく腕ごと振り返すのが常だが、それがなかった。その代わりに無言のままズンズンと大股で二人の元へ向かってくる。その眼光は鋭い。
(え、なんで)
今朝会った時はあんなに上機嫌だったはずなのに、いつの間にこんなに不機嫌モードになったのか。と、ここで柊夜は自分が今一緒にいる相手が最近の陽葵にとってイラつきの種であることを思い出す。思案に暮れていると耳の近くで舌打ちが聞こえた。
(え、今王子舌打ちした?)
驚きのあまり都村を見ると、それに気づいた都村は柊夜に笑いかけた。王子スマイルが眩しい。舌打ちは幻聴だったのだろうかとすら思えてくる。眩しさに目がチカチカしていたら身体を引っぱられ、次の瞬間には陽葵の腕の中にすっぽりと納められていた。否、羽交い締めにされていた。
「ぐ、ぐぇ……ハル、ぐるじい」
ぺちぺちと陽葵の腕を叩くと、謝罪と共に込められていた力が緩まる。
「柏木くん、大丈夫?」
心配げに都村が柊夜へと声をかけると、陽葵は都村を睨め付けた。
「アンタ、先輩に何してたんスか。何の用ッスか」
柊夜からは陽葵の表情は見えないが、言葉に棘がある。
「話したくて声を掛けただけだよ。柏木くんとはずっと仲良くなりたいなって思ってたから」
「ーーーーは?話すんのに抱きしめる必要がどこにあんだよ」
「ハル、それ誤解!都村は俺がよろけたのを支えてくれただけだ」
後輩と同級生の間を漂う不穏な空気を緩和しようと柊夜が声を上げる。しかし柊夜の訴えは虚しく、陽葵から溢れる刺々しい雰囲気は変わらず、都村も王子様というより不遜な王様のような表情を浮かべていた。雰囲気は依然最悪なままだ。二人とも普段とキャラが違い過ぎではないだろうかと困惑気味ではあるが、強引でもこの場を収めるしかないと、柊夜は気合を入れる。
「ーーーーでも」
「いいから! 都村ごめんな、コイツ先輩思いで可愛い奴なんだけどちょっと心配性で。悪気はないんだよ、許してやってくれ。……ハル、謝んなさい」
陽葵が何か言いたげにしたが、柊夜はそれを遮った。この件に関しては都村に落ち度はないからだ。柊夜の声調が落ちたことに、陽葵は俯いて下唇を噛む。柊夜の肩口に陽葵の前髪がかかった。
「……誤解してスンマセンした」
「謝罪は受け取ることにするよ」
ひどく不満そうなその声音に柊夜は小さく笑う。都村は謝罪を受け入れた。何はともあれ一応これで一件落着と、柊夜が肩に乗った陽葵の頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。すると陽葵がそのまま頭をグリグリしてきたのでよしよししてやった。その様子を眺めていた都村が目を細める。
「立花くんって、何だか乳離れできない赤ん坊みたいだね。柊夜くんとオレの邪魔しないで欲しいな」
笑っているのに、紡ぎ出される言葉は毒を含んでいた。そして許してもいないのに名前で呼ばれた。二重の意味でぎょっとした柊夜の目が大きく見開く。
「あ?」
顔を上げた陽葵の目に再び怒りの色が灯る。殺伐とした空気が戻ってきてしまった。
「ちょ、つ、都村……」
柊夜が慌てた声を出すが、都村はそれを手で制され口を閉じた。言葉がせっかく大人しくなったのに煽るなとか勝手に下の名前を呼ぶなと言いたいことはあれど、とても言い出せるような雰囲気ではない。黙って成り行きを見守ることにした。
「オレは柊夜くんのことが好きなんだ」
「――――潰す」
「ハル、待て!イケメンにあるまじき形相になってる!落ち着け!!」
「ひいちゃん先輩に迷惑かける奴は許さない」
「ただの後輩くんには関係ないかな。ね、柊夜くん。オレと付き合おう、大事にするよ?」
「お前は!!煽んな!!!コイツは煽り耐性ねぇんだよ!!つーか、王子性格違わねぇか!?俺は男だぞ、謹んでお断りいたします!!!」
人を一人くらい殺しているのではないかと疑いたくなるような顔つきの後輩と、その後輩を笑顔で煽りつつ人を口説いて来るキャラを変更した(?)王子に挟まれている状況に頭痛を覚え、柊夜はこめかみを押さえた。
「アハハ、いつもこんな感じだよ?オレは男女どちらでも大丈夫なんだ。お断りする前にもっとオレのこと知って欲しいし、オレも君のこともっと知りたい。お互いに知り合ってから返事でも遅くないんじゃないかな」
そう言って都村はにこりと笑う。これに噛みついたのが陽葵だ。
「振られたんだから今すぐ消えろ、似非王子」
シッシと手背で追い返すジェスチャーをする。
「告白しない人間よりマシだと思うけどな。それに柊夜くんには決まった相手はいないようだし、まだまだあきらめる気はないよ」
「……っ」
都村の言葉に陽葵が苦々しい表情を浮かべて押し黙る。
(ハル……?)
唐突に勢いを失った後輩を怪訝に思い声をかけようとすると、都村から小さく笑う声が聞こえた。
「まあ今日のところは引き下がろうかな、初日だしね。またカフェにもお邪魔するね」
「え?」
「じゃあね、柊夜くん……と、後輩くん」
そう言い残して都村はひらひらと手を振ると、去っていってしまった。険悪なやり取りがあまりにあっけなく終焉を迎えてぽかんとしながらその背を見送る。すると再び肩に重みを感じた。陽葵の頭だ。
「ハル?」
「…………何でもない。けどもうちょっとこのままにしてほしい」
「了解。でもとりあえず座らせろ」
柊夜と陽葵は芝生の上に腰を下ろすと、無言のまま四半刻ほど中庭で過ごしたのだった。
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