第14話 家訓には従うべし!

 都村が帰った後に取り残された二人は当初の予定通り遊びに行……くことはなかった。陽葵の様子がおかしかったからだ。陽葵は都村の言葉を聞いてから様子がおかしくなった。そんな状態で遊びに行っても楽しめないし、可愛い後輩を一人にしておくこともできない。そう思って遊びの予定は後日に改めることにして、連れ帰ってきた。

 柊夜は負のオーラを放つ陽葵を自室のベッドに放り投げて、自分はその傍らに腰を下ろすと黙々と本を読み始めた。そうして一時間ほど経った頃、上着の裾を引っ張られた。そちらへと視線を投げる。陽葵だ。


「……ひいちゃん先輩、何も訊かないの?」


 陽葵が柊夜を見上げる。フッと口許に笑みを浮かべつつ、柊夜は本に視線を戻した。


「訊きませんねぇ」


 ペラリ。ページを捲り、目で文章を追っていく。


「何で」

「言いたくないか、言えないか、どっちかな気がしたから、かな」

「……じゃあ何で連れてきたの」

「俺がいた方が良さそうだったから?」

「…………何でわかったの」

「勘」


 柊夜がそう言い切ると陽葵がぽかんと口を開け、それから肩を大きく震わせて笑い出した。唐突に笑われて脳内に疑問符が浮かぶ柊夜だったが、ようやく陽葵が笑えるようになったことに内心ホッとする。ひとしきり笑った後、陽葵は柊夜の顔をじっと見つめた。そしてふわりと笑う。


「ひいちゃん先輩、ありがとう」

「別に何もしてねぇよ」

「この世に存在してくれて」

「そこから!?」


 陽葵が柊夜に向かって手を合わせた。








 翌日。柊夜は教室に着くと、窓際後ろから三番目の席に腰を下ろした。基本的に席は早いものがちだ。空いているときには柊夜はこの席に座る。ふと講義に疲れたときに外を眺められるし、講師とも程よく距離が開いているからだ。


「くぁ……」


 欠伸をしながら外を見遣る。この教室は中庭ではなく外周のプチ森ーと、柊夜は呼んでいるーに面していて緑が多いので目のリフレッシュにも丁度よい。

 ふと、机に影が落ちる。周囲が俄かにさざめき出した。柊夜が疑問に思い顔を上げると、


「おはよう、柊夜くん」

「うわっ!」


満面の笑みを浮かべた都村の顔が眼前に迫っていた。今日も今日とて顔がいい。しかしながら心臓に悪い。もう少しで顔同士がぶつかるところだった。


「顔が!!! 近い!!!!!」

「あはは、柊夜くんを見かけたから嬉しくて」


 柊夜は両手で都村の顔を押しのける。周囲から『ああ、王子の顔が!』やら『ご尊顔になんてことを!』やら悲鳴や非難が聞こえてきたが気にしない。押しのけられた当の本人は何故か楽しそうだ。距離を取れたので手を離すと、都村はいそいそと柊夜の隣に腰を下ろした。


「隣、いいかな」


 都村が机に片肘をつきながら首を傾げ、柊夜に向けて微笑みかける。


「座ってから訊くなや……」


 柊夜はため息交じりで呆れ声を漏らすが、拒否はしなかった。都村は一瞬目を丸くしたが、次いで目を細め嬉しそうに柊夜を見つめる。視線を感じて柊夜が都村を見遣れば、都村の笑みは深まった。


「……何」

「講義が始まるまでまだ時間あるし、話をしようよ。柊夜くんのこと色々聞きたいな。好きなものとかさ」


 そう言われ、柊夜は教壇側の壁掛け時計をちらりと見る。確かに時間はある。

 柊夜にとってどちらかといえば都村は避けたい存在だった。同じ学校で女装がバレたくなかったということもあるが、交友関係も広く目立っている人間がそもそも苦手である。その手の人間とは話してみても、考え方も話も合わない。付き合うことに疲れて疎遠になることもいいので、最初から関わらないことを心がけていたのだが……都村は寄ってきてしまった。


 ーーーー食わず嫌いはならず。挑みし先に光あり。


 柏木家の家訓である。とりあえずいっとけ、という意味の柊夜の母・灯が作った雑な家訓だ。説明を聞いた時はそんなビールやらドリンク勧めるみたいなノリで……と思ったものだ。そんなツッコミどころがある家訓に則り、柊夜は都村の提案を受け入れることにした。

 その日は二人の講義は全かぶりしていたので、休憩時間になるとずっと話していた。互いの趣味や好きなものの話、遊びに行く場所やバイトのこと、何故この大学にしたのかなど話題を変えながら色々話しているうちに苦手意識など何処へやら。すっかり打ち解けてしまった。話し始めはやや固かった柊夜の表情も、話を進めるうちに緩んだ。


「意外に話し合うな、お前……」

「はは、嬉しいな。でも意外にってこともないんじゃないかな?いたって普通の大学生だよ、オレは」

「いたって普通の大学生は大勢の取り巻きは連れて歩かねぇと思う」

「連れてるんじゃなくて、集まってきてくれるだけなんだけどな」

「言ってろ」


 おどけた様子で言う都村に柊夜が呆れたような視線を投げ、それから互いに顔を見合わせて笑った。いつの間にか都村との会話を楽しんでしまっている自分がいる、合わないと思っていた人種とこんなに話がはずむとは思っていなかった。


「従って正解だったな」


 ポツリ、と柊夜がつぶやく。固定観念に囚われたら損をするのだ。


「何?」


 それを拾って都村が聞き返した。


「うんにゃ、こっちの話」


 どんなに雑な家訓でも捨てたもんじゃない。今後も守っていこうと柊夜は心に誓ったのだった。




 

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