第12話 うわ、コイツ……キャラ設定、盛りすぎ?
その日は晴天で、陽気も暖かく過ごし易いものだった。
大学の中庭の気に入りの樹に凭れながら、柊夜はウトウトと舟を漕ぐ。芝の感触と日差しが心地よい。今日も今日とて柊夜は陽葵を待っていた。昼からの講義が互いに休校になったため遊びに行くことになったのだ。
柊夜の誘いに陽葵は大いに喜んだ。柊夜は朝一の講義のみ受ければ予定はなかったのだが、陽葵は午前中いっぱい講義があったので陽葵の受講が終わるまで時間を潰すことになった。初めこそコーヒーでも飲みに行こうかと思っていたのだが、大学からブラン・ノワールまでは駅五つ分はあるのでゆっくりする時間がない。他店のコーヒーを飲みに行けばいい話なのだが市場調査という名目以外ではそれは避けたい。他店のコーヒーは正直な話、味が好みに合わないことが多い。祖父母や貴匡の入れる味に慣れてしまったがための弊害だ。もちろん好みの味の他店もあるが、極少ない。そして大学近辺にはない。仕方がないので大学の購買でペットボトルのほうじ茶を購入して気に入りの樹の下でちびちび飲んでいたが、昨夜ゲームのイベントミッションを完遂すべく夜更かししたためか睡魔が襲ってきた……というわけだ。
中庭を行き来する生徒たちの声が遠くに聞こえる。完全に眠りに落ちるというよりは夢と現の境にいる感じだ。もうこのまま寝てしまいたい、意識を完全に手放しかけたところで突然肩を掴まれた。
「こんなところで寝てると風邪ひきますよ」
そのまま揺すられる。
「!?ふぇあっ!?……うおっ」
反射的に触れてきた手を振り払った勢いで柊夜は横に倒れてしまった。ペットボトルのほうじ茶がコロコロと芝生の上を転がっていく。それに気づいてペットボトルに手を伸ばそうとしたが、目の前でひょいと拾い上げられた。そして目の前に差し出される。
「はい、どうぞ」
「あ、ども」
受け取って、礼を述べつつ拾ってくれた人物の顔を見上げる。
(げ)
声にこそ出さなかったが、顔は盛大に引きつった。
「どういたしまして」
にっこりと爽やかな笑顔を向けてきたその人物は、避けていた学園の王子様その人だったのだから。
じっとりと脇に嫌な汗が滲む。柊夜は知っている、こういう汗は臭くなるのだ。それはいいとして早くこの場を去らねばならない。
「じゃ、俺はこれで!」
片手を上げてそそくさと立ち上がる。慌てて去ろうとしたが腕を掴まれて阻止された。
「柏木くん、だよね?」
都村に名を呼ばれ息を飲む。何故名前を知っているのか、何故自分を引き止めるのか。疑問はあれどとりあえず冷静になろう。
「ナニカ ゴヨウ デショウカ」
返事がカタコトになった。全く冷静になれていない。明らかに動揺している。接客モードでないときの柊夜は感情が表に出てしまうのだ。
「オレ、都村藤真って言うんだ。君と同じ二回生だよ」
「ゾンジアゲテ オリマス」
「嬉しいな。君とは前に見かけたときから話したいな、仲良くしたいなって思ってたんだ」
「!?」
関わったことがないはずの都村から認識されていた上に謎のロックオンをされていたと知り、驚愕する。
「表情がくるくる変わって可愛いなって思ってたんだよね」
「はぁ!? お前何言ってんの!?」
ついにカタコトを脱出した。『可愛い』と言われて気持ち悪さのあまり思わず怒鳴ってしまった。すぐに後悔した柊夜だったが、目の前の王子は怒った顔も可愛いねなどと言ってニコニコしている。後悔して損した気分だ、殴りたい。
「気になってたから君の特徴を説明して人に訊いたりいろいろ調べたりして探してたんだけど、なかなか本人に会えなくて。たまに見つけたときは嬉しかったなぁ。ゲーム好きの友達が言ってた『レアなモンスターに出会ったときの気持ち』と言うのがわかった気がしたよ」
「誰がレアモンスターだ」
大学の王子様は饒舌に語る。学内で見かけるときの印象でははあまり口数が多そうではなかったので意外だった。カフェに来るときは言葉を交わすけれど、柊夜は仕事中なのでそんなに長々と会話を続けることもない。だからこんなに話すタイプだったことに驚いた。驚きつつも最終的なレアモン扱いに光の速さでツッコんだ。その前に聞き捨てならない発言があったような気がするが、都村の発する爽やかなオーラに阻まれて思い出せない。思い出さない方がいいような発言だった気もする。
「はは、ごめん。それくらい嬉しかったってこと。今日はやっと一人でいる君を発見したからどうしても話したくて声かけちゃったんだ」
「は、はあ……」
都村が頬を掻きながら笑う。王子様の照れ笑いは破壊力がすごかった。美の暴力だった。柊夜ですら『うわっ、顔がいい』となったので、女子がこの場にいたら卒倒するレベルだっただろうーーーーそう思って柊夜が周囲を見回すと、離れたところからこちらを伺っていたらしい女子が何人か胸を押さえて苦しんでいた。都村はどこぞの怪盗なのだろうか。
「……とりあえず腕離してくれませんかね」
「ああ、ごめんね」
都村に捕らえられていた腕がようやく解放された。別に痛くも何ともなかったのだが、何となく掴まれていた部分を摩る。
「あの、さ」
都村が遠慮がちに声を出した。
「何スか」
「これから柊夜って呼んでいいかな?」
「ダメです」
柊夜は即座に拒否した。都村は残念そうに項垂れる。
「じゃあ、なんて呼べばいいかな」
「柏木でいいんじゃないですかね」
これからも『柊夜』として関わることもほぼないだろうし、名前も呼ばれる機会もそうはないだろうから苗字で十分だろうと思ってそう言ったのだが、都村の表情が曇った。背後から殺気を感じる。こちらを伺っている都村ファンたちからの圧がすごい。おそらく『都村様を悲しませてんじゃねーよ、下民が!!』ということだろう。怖い。しかしながら親睦を深める気はないので、柊夜としてはそこはきちんと線引きをしたいのだ。
「それじゃ他人行儀で嫌だな」
ポツリ。都村が言う。内心他人だからいいだろうとも思ったが、周りからの怒りのオーラが更に増したのでそんなことを口にすることはできなかった。
「『ひいちゃん先輩』」
「!!」
「……ってあの後輩くんには呼ばれてるよね?」
柊夜の体が強張る。陽葵を知っている?どうして?しかも呼ばれ方まで?
「な、なんで」
「女装、趣味なの?」
バレている、柊夜がブラン・ノワールの看板娘と同一人物だということが。脇からだけでなく、全身から嫌な汗が噴き出す。
(なんだ!?コイツユニークスキル『真実の眼』でも持ってやがるのか!?王子で怪盗でユニークスキル持ちとか設定盛りすぎだろうが!!いや、そんなことはどうでもいい。それよりも女装していることがバレ……バレ……終わった……)
ふらり、ショックのあまり柊夜の体が傾ぐ。倒れかけた身は目の前の男に受け止められた。
「大丈夫?」
大切そうに柊夜を抱えながら心配そうな声音で都村が問いかける。
「あ……悪い……」
柊夜が体勢を立て直して都村とわずかに見つめ合った瞬間、
「ひいちゃん先輩!!!!!!!!」
中庭に叫び声が響き渡った。
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