変異体ハンター、ホテルのスピーカーにキレる。

オロボ46

変異体ハンターは氷を回す。無理に自分を演じて。

「ついたよお、“大森おおもり”さん」


 運転席に座っている女性に起こされて、助手席に座っていた男性は跳ね起きた。

「お、俺っていつから寝てました!?」

 “大森”と呼ばれた男は、窓の外を見渡しながら慌てふためいていた。

「そんなこと、気にする必要あるう?」

「いや、特にないですけど……“晴海”はるみ先輩、無意識に眠った後って、なんかモヤモヤしませんか?」

「時間を無駄にした……的なやつとかあ?」

 車のキーを抜きながらだるそうに話す女性に向かって、「そう、それですよ!」と大森が指をさす。

「撮っていた写真をSNSで投稿していたら急に眠くなって、ちょっともたれかかったら、こうですよ……最近、昼間に眠るのはちょっぴり怖いのに……」

 リュックサックにスマホを放り込む大森を見ながら、“晴海”と呼ばれた女性は眉をひそめた。

「……それは大森さん個人の問題だよねえ?」

「……確かに」






 街中にある、30階建ての建物。


 外側は黒塗り、玄関から見えるフロントからは豪華な装飾ながらも、嫌みを感じさせないような配置、色合い。


 そう、ここはホテル。それも有名人ぐらいしか訪れそうにもない、最高級のものと推測できる。


 ただ様子のおかしいのは、そのフロントから明かりが一切見えないことだ。




 玄関から向かって右側に、地下駐車場の入り口がある。


 その中で唯一駐車している、ココアカラーの車。


 運転席側の扉が開き、レースアップ・シューズとすらりとした脚が現れる。


 次に現れたのはショートパンツ、薄着のヘソ出しルック、手に握られた大きなハンドバッグ、そして揺れる黒髪のロングヘアー。


「チェックインは近くのファミレスでおこなうよお」


 その女性、晴海のスタイルは、まさに素晴らしい。




 助手席の扉が開き、スニーカーとジーパンに、太い脚が現れる。


 次に現れたのは横に広がった体形に合うポロシャツ、背中に背負われた大きなリュックサック、そしてショートヘアーにキャップ。


「ここのホテル……まだ営業前なんですよね」


 その男性、大森のスタイルは、ある意味素晴らしい。






 18:30






 ホテルから徒歩数分ほどの距離があるファミリーレストラン。

 席に立った一人で座っている、やや年配の男が新聞紙を広げて誰かを待っていた。


「やってきましたよお」


 その声に男は新聞紙から目線をのぞかせる。

 目の前にいる晴美と大森に気づいた紳士は新聞を閉じ、「どうぞ、お座りください」とふたりを席に座らせる。




「あのホテルに変異体が住み着いている……という話でしたね?」

 大森は依頼主である男……ホテルのオーナーに確認をする。

「はい。あのホテルは金のなるk……げふんげふん、私の長年の夢でした。しかし、まもなくオープンとなる時に、従業員がひとりを残して失踪したのです。そのひとりが、変異体を見たという報告をしていて……このままでは、変なウワサが流れてします!!」

「そこで私たち“変異体ハンター”にお話しが回ってきたわけですかあ……でも、それなら警察に頼めば早いんじゃあないですかあ?」

 その言葉に、オーナーは言葉の主をにらんだ。言葉の主である晴美はアイスカフェオレのストローをつまみ、氷をかき混ぜている。

「警察に頼んだら、このウワサが広まってしまいます。そうなったらお客さんも足を運ばなくなって……ああ……大赤字に……」

 頭を抱えるオーナに大森は「まあまあ」となだめる。


「ところで、その変異体の特徴はお聞きですか?」

「いえ、それが……」と顔を上げて、「変異体と出会った事実以外、何も覚えてないみたいなんです。出会った場所さえも」

 その言葉に晴美はストローを回す手を止めて、オーナーを見た。

「……耐性がなかったんですねえ」

「……は?」

 理解できないように目をゴマにするオーナーの顔を見て、晴美は片手で口を隠し、ストローでカフェオレを吸うとまた氷を回し始めた。

 するとオーナーはこぶしを数回ほど震わせたのち……


 バンッ!!


「君!! さっきからなんだその態度は!? 女子高校生同士のウワサ話じゃあないんだぞ!?」 


 堪忍の尾が切れる一撃。オーナーの握りこぶしがテーブルから鈍い音を鳴らした。

 晴美の反応はチラリとオーナーの顔を見た後に、また氷を回し始めた程度。


「まあ、まあまあまあ、いったん落ち着きましょう。彼女の言っていることは俺が説明しますから」


 なだめる大森の言葉で、オーナーは晴海をもう一度にらんでから、落ち着きを取り戻して大森を見た。


「変異体を普通の人間が見てしまうと、恐怖の感情を呼び起こしてしまいます。しかし、一部では影響のない人間もいます。その反対で耐性がより弱く、記憶などに症状が出てきてしまう人間もいると言われているんです」

「……そういうことでしたか。それならあなたたちは大丈夫なんですか?」

「ええ、こちらの女性はもともとから耐性が強いんです。俺はそこまであるわけではないんですが、きちんと対応策をとっているんで、任してください」


 もう一度、オーナーは晴海をにらみ、心配そうにため息をはいた。

 晴海は顔をそらしてカフェオレを飲んでいた。






 19:00






「晴海先輩って、交渉するの苦手ですか?」


 きらびやかではあるが、どこか優しさのある装飾で飾られたエレベーターの中。

 大森からの質問に、晴海は意外だと言わんばかりに口を開いた。


「……そこは普通、あの態度は何なんですか? とか言わないのお?」

「いつも心の中で言ってますよ。でも今日見ていて気づいたんですけど、あの態度……普段では見せていませんよね? まるで無愛想に見せないように努力した結果、逆効果になっているみたいで……」

 晴海は数回うなずいた後、階数を知らせるランプを見上げた。

「警察に所属していたころの先輩のアドバイスなんだよねえ……聞き込みする時は、無愛想じゃあだめだ、キャラクターを持てってえ……だからといって、あたしは愛嬌あいきょうを振る舞うのが性に合わないんだよねえ」




 ポーン




 最上階である30階に到着したことを知らせるチャイムが鳴り、エレベーターの扉が開いた。






「す……すっげえ……」

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