第八話

 ムスッとした表情をしながら、ダボ、ダボ、のサイズの合っていない衣服を振り回しながら。


「道理で動きにくいと思った」


 言動と行動の順番が、バラ、バラ、です。アートさんこのひと……。

 今さら、なにを言っているのでしょうか……、ほんとうに……。

 その動きにくい身なりで、散々、好き勝手に暴れた挙げ句の果てに、セクハラまでしておいて。

 "動きにくい"って! どの口が言う。

 と。

 偉人ぽいなぁ~、という感想をもちました。

 なんとなくなのですが。わたしのなかで、偉人イコール破天荒なイメージがあります。(個人的見解、反論は受け付けません)

 こう、独特の物事の捉えかたからくる行動。

 常人の人たちと、大きく異なった角度から観察――観測して導き出しているから、常人から見ると奇異に見えているのかもしれません。

 そう考えると、アートさんの行動に納得できます。

 ――わたし。


「言っておきますが、ワートさん。マスターは、行き当りばったりの出たとこ、勝負が基本ですよ」 


 こ、これが! 女性の第六感! またも、わたしの心のなかを見透かされてしまいました。


「そ、そんな、そ、尊敬の目で、見られても……」

「ナ、ナニを言ってるんですか! 師匠!」

「ワートさん。わたしのこと、馬鹿ばかにしてませんよね」

「尊敬する師匠を馬鹿にするなんて!」

「……、……」

  

 悪意なし、計算なし。

 自分の心に素直に行動しているだけの天真爛漫てんしんらんまんなワートさん。性格は明るく、裏表のないことは、一目瞭然いちもくりょうぜんで、理解することができる。

 とは言っても。

 それなりの年齢に達している、ワートさん。

 いくらなんでも、いま、自分の体勢がどんなことになっているのか、ぐらい分かっている……、はず……。

 どっからどう見ても。

 首、折れてませんか? ってほどに傾いており、それと同じ角度に身体を横に傾けながら、マスターを見据える。その後ろ姿を見ていれば、よほどの鈍感な人、以外、ワートさんの思考など容易に読み解くことができると思うのですが。

 わたしの考えが正しければ……。

 そう、ワートさんは。

 ――天然。

 そして、とどのつまり、ワートさんは。

 ――子ども。


 最終的結論から言うと!

 

 アートマスターとワートさんは。

 ――類友るいとも


 アートを観察しているワートを観察していたウパニシャッドは、同類だと判断し終えた。

 とき。

 女としての第六感なのか? 天然の野生の感なのか?


「ししょう。わたしのこと、いま、アートさんと似てるなって、思ったでしょ」


 と、問うたのだった。


「……あらまぁ~」


 

 またもや、かしまし娘たちの会話に花が咲いていた。話のタネの当の本人は、というと……。

 真剣な表情をし、獣のように唸りながら、黙り込んでいた。

 ――パチン!

 心地よい、音が空間を弾く。

 両手のひらを強く叩き合わせたときに、生じる衝撃音だった。

 ワートとウパニシャッドが、音のしたほうに、おずおずと確かめると。

 悪い心証しんしょうしか与えない、口元のほころびかたをした人物が。ほころんだ口元の一部を手で隠しながら。人をからかう、軽い、笑い声を出していた。


「マスター。ろくでもないことを思いついたみたいですよ、あの感じだと」

「な、なんですとぉ!」


  

 アートさんの足元から急に風が巻き起こり始めると、風の渦が身体を包み込む。その中心にいる、サイズの合っていない衣服が風に勢いよくなびきだす。

 すると風の刃たちが、一斉に、採寸したように衣服の生地きじを裁断していきます。

 着ているというよりも、奇抜なファッションとしてまとっていた衣服は。あっという間に、アートさんの幼い体躯たいくにピタリと合うサイズの衣服へと生まれ変わりました。

 裁断された生地は、高く風に舞い上がると。ひら、ひら、と花びらになり、地面へと、舞い降りました。

 

「す、すごぃ」

「ほめても、なんもでんでぇ~」


 ……、……。

 素直に人の言葉を受けとるという行為ができないのでしょうか? このひとは。ちょい、ちょい、と皮肉交ひにくまじりな、物言ものいいをします。

 アートさんは――ひねくれ者さんです。

 素直になれない人っていますよねぇ~。とくに、あの年齢の男の子に多いです。年上の女性からすると、かわゆく、母性本能を刺激し、好かれますが。

 同年代の女の子からは、嫌われます。(ほんとうです!)

 


 クルッと一回りして、自分の身なりを確認し終えると。


「とりあえず、服はこんな感じでいいやろ。あとは、ベルトをキツく締めれば、ズボンは問題なし、と。靴は、さすがにサイズ変更は、無理やからな。裁断した生地を隙間に詰めれば、歩く程度には問題ないやろ。最悪の場合は、脱いで行動すればいいしな。残すは、証拠隠滅ミノタウロスだけやな!」


 ん? アートさんの最後のセリフに、物騒が混入してましたけど。

 んん? なぜでしょう? ぃ、胃が痛くなってきましたよ、わたしの……。

  

 

 わたしの背後で邪教の儀式が現在進行形で、行われておりやがりました。わたしの話しかたが、オカシイ? わたしはいたって、正常ですよ。

 ほんとうに、オカシイのは、わたしではなく。

 ――アートさんとウパニシャッドさんたちです。

 グチュ、ジュル、ズッー。グチャ、ジュルジュル、ジュー。ズズズズー、グッポ! 質量のある液体が吸い込まれている音色ねいろが、わたしの耳朶じだを感化させてくれます。

 いろいろな意味を含めた想像力がです。

 わたしが、音色と表現しているのは、おとと表現したくないからです。だって、生々し過ぎて!

 ――想像力が!

 ――想像力が!

 音色ではなく、音として、聞けば、聞くほどに。わたしの想像力が勝手に補完して、 身の毛もよだつ行為が背後で、進行していることを頭のなかで、それも具体的に想像させてしまうからです。

 こ、これなら……。

 どんなことをしているか? み、見てるほうが……ま、まし、だったかもしれ……ません……。

 


「あれ? どこにいった? さすがに、で持ち歩くのは……」


 ミノタウロスの死体が綺麗サッパリと消えていました。ミノタウロスの死体が綺麗サッパリと消えていました。

 大事なことなので、二回、言ってます。

 肉体を液状化させて吸収するということだけでも、十分過ぎるほどに、狂気じみてるのに、ミノタウロスが倒れていた場所にくぼみができていました。

 ――証拠隠滅しょうこいんめつ

 そう、アートさんは、ミノタウロスが"存在"したということを"全て隠した"のです。

 この窪みが、その証拠。わたしが、目撃者だからこそ、窪みの意味を知ることができる。

 第三者には、崩落したときに出来た、ただの窪みにしか、見えない。

 ミノタウロスの大量の血液が染み込んだ地面を隠すことはできない。そう、判断したアートさんは。ミノタウロスの肉体と一緒に地面の一部を液状化させて、ウパニシャッドさんに吸収させたのです。


 ……、……。


 アート・ブラフという人物。

 一二〇〇年前の対魔大戦時、人類側に居たから英雄と呼ばれる存在ですが。魔族側に居たら、間違いなく、魔王と呼ばれる存在です。

 ――ごっくん! (喉が鳴る音)



 わたしの目の前をせわしなく、ちょろ、ちょろ、動いています。

 小動物が。

 あれですかね。餌を探しているんでしょうか?

 ミノタウロスの死体が消え去り、窪みができたところを重点的に調べていましたが。すぐにあきらめて、次の場所に移動していきました。

 そのあと、ミノタウロスの死体が無くなったことで、少しだけ広くなった空間の各所にできた崩れた瓦礫がれきの山の隙間を覗き込んだりしています。ときたま、上から小さな瓦礫が落ちてきたときは、華麗なバックステップを披露してくれます。衣服が身体のサイズに最適化され、俊敏性が上がっていらっしゃいます。

 わたしとしては、もっと慎重に瓦礫を動かしてほしいです。上から瓦礫が落ちてきてるということは……万が一のことが発生したら、大量の瓦礫が崩れ落ちてくるということです。

 そうなれば、下敷き確定です。

 ――わたし、だけ。

 

「ないなぁ~」

「ありませんねぇ~」

 

 しかし。 

 アートさんとウパニシャッドさん、何を探しているんでしょうか……?


 ……、……。……、……!

 

 あ~! "抜き身"でと、おっしゃっていたので。さやを探していらしゃるんですね。


 こうして、お二人の姿を見ていると。とてつもない力を持った方たちには、これっぽっちも見えません。

 アートさんは、街で見かける元気な十歳前後の男の子です。ウパニシャッドさんは、街で見かける武器屋さんで販売されている一般的な片手剣です。

 "人は見かけで判断してはいけない"と、両親がよく言っていた意味が。いまなら、よく理解できます。

 英雄譚えいゆうたんに登場する聖剣や魔剣に匹敵する切れ味を誇り、それだけでも凄いうえに、物質を液状化させ、吸収するという神話に登場する神器じんぎのような力を持ち、剣でありながら意思疎通いしそつうできる。

 ――ウパニシャッドさん。

 ミノタウロスの強烈な一撃を片手剣一本で、簡単に受け止め、倒してしまう力量に、専門的な医療知識を持ち、魔法のなかでも、高難度な風の刃をいともたやすく意のままにあやつり、ウパニシャッドさんの所持者でもある。

 ――アートさん。

 


 ――ガン!


「くぅ~」

「マスター、すみません」

「き、気にするな。俺が悪い」


 なんで起きるんでしょうね。 

 机の下に物が落ちて、拾うために潜り込んだのはいいのですが。拾い物を見つけると、反射的に頭を上げて、ぶつけてしまう現象。

 謎です。

 地団駄を踏むんでいます、アートさん。

 よっぽど悔しかったのでしょう。探しものは見つからいうえに、痛いだけの成果に。

 

 

 さっきも、想像してましたが。

 もし、一二〇〇年前の対魔大戦のときに、アートさんが人類側ではなく、魔族側に居たら、どうなっていたのでしょう?

 英雄ではなく、魔王と呼ばれる存在になっていたのでしょうか?

 う~ん。魔王のアートさん……。

 ――「俺さまが、魔王だぁ~!」

 

 ……、……。


 男の子たちが、英雄ごっこ遊びをしている光景が浮かびます。

 魔王の配役はいやく、アートさん――妥当だとう

 目つきも悪いですし、図々しいく、横柄おうへいな感じ、適役てきやくです。

 でも。

 あくまでも、ごっこ遊びの魔王さまなら、問題ないのですが。実際のところは、脅威きょういになる、たぐいの実力の持ち主。

 では。

 ほんとうに、アートさんが魔王だったときのことをイメージしてみましょう。

 

 ……、……。


 あの無邪気むじゃきな姿で、世界征服だ! と壮大な野望を公言こうげんするだけで、何もしない。

 最悪、めんどくさ! とか、あの独特のイントネーションで、言ってそう。

 街に襲いに来ても、お菓子をあげたら、魔王城に帰ってくれる。毎日、お菓子を魔王城に献上けんじょうしに行くから、おとなしく魔王城で待っていて下さいって、伝えたら。ちゃんと、言うことを聞いて待ってる。

 たまに、子どもたちを連れて、魔王城に遊びに行くと。あれこれ文句を言いながらも、面倒を見てくれる。

 無理難題なことでも、"魔王さま、バンザ~イ~! "と調子に乗せると、的確に解決してくれる。

 悪いことをしたとしても。

 近所の子どもを引き連れて、悪戯いたずらする程度。

 人の家をノックして走り去るとか、落とし穴を掘るとか、隠れ家(新魔王城)を作るとか。

 あと、女性のスカートをめくり上げるとかでしょうか。


 ……、……。


 アートさんが魔王だったら、人類の敵になることもなく、友好関係を構築できたかもしれません。

 ちっこい魔王こと、ち魔王として。

 ――台無しだ! わたしのなかの魔王のイメージ!


 ……、……。


 ま、まだ、です!

 アートさんには、魔王の素質が全て備わっています。

 不思議な魅力がある。(魔族から人類を救った、対魔大戦の英雄の一人)

 同族をかばう。(わたし、身をていして庇ってもらった。ミノタウロスから)

 圧倒的な戦闘力。(わたしを襲ってきた、ミノタウロスを簡単に倒す)

 頭がいい。医療などの専門的な高度な知識がある。(わたし、診察と治療してもらった)

 まさに、魔王です。(十三英雄、筆頭ひっとう。ウパニシャッドさんと話してるときに、教えてくれました)

 

 ……、……。

 

「はぁ~。(ダメだ……)」


「はぁ~。(やっぱり、ち魔王ではなく、英雄なのでしょうか……? アートさん)」


「はぁ~。(わたしのなかの魔王のイメージが……、壊れていきます……)」

 

「はぁ~。(わたしのなかの英雄のイメージが……、壊れていきます……)」



 痛い、痛い、です。(物理的ではなく精神的に)

 グサッと! わたしに鋭く冷たい視線が刺さってます。

 

「じぶん、好き勝手に妄想するのもいいけど。ちょっと隠す努力しろな、心の声、ダダ漏れやで」

「ち魔王さま、バンザ~イ~!」

「じぶん。俺のこと、小馬鹿こばかにしてるやろ」

「バンザ~イ~! ち魔王さま!」

「ち魔王さまは、もうええ! アホなこと考えてる暇あったら、さっさと一緒に探せ、鞘を!」


 いま、魔王ぽい!

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